第2話 呪い殺すんだからねっ‼︎
どこからか漂ってくる香ばしい匂いで、気を失っていた幸仁は目を覚ました。何かを炒めているような心地良い音が、より一層彼の食欲をそそる。
いつの間にか辺りが薄暗くなっていることから察するに、彼は数時間程度眠っていたようだ。
(腹減ったな…。それより何か大事なことを忘れている気がするんだが…)
匂いを辿ってキッチンへと着くと、そこにはエプロン姿の雪音が器用に料理をしていた。そんな彼女の姿を見て、幸仁は昼頃のやり取りを全て思い出して腰を抜かせた。
「うわ…っ!幽霊が料理を…⁉︎てかまだ居たのかよ!」
「当たり前でしょー、ここは私の家でもあるんだし。どこか遠くに行っても気が付けばここに戻って来てるしねー。地縛霊ってやつ?…ほら、そろそろご飯出来るから、ちゃんと手洗って来なさい」
「あ…はい…そうさせていただきましゅっ…!」
情報があまりにも多すぎて、幸仁の脳がパンク寸前になる。一度考えることをやめた彼は、取り敢えず雪音の言うことに従うことにする。他のことは全てその後だ。
「『ましゅっ…!』って…ふふっ、噛んじゃって可愛い子ね」
洗面所で手を洗い終えた幸仁は、雪音との出会いを思い出す。洗面所と脱衣所を仕切る扉を開け、彼女は幸仁の前に姿を現した。そのときのことを再現するかのように、彼は扉に手を掛けた。
(最近の幽霊って物に触れるんだな…。先も料理してたし…。というか、めちゃくちゃスタイル良かったなぁ…)
「うへっ…うへへっ…うへっ…」
ふと彼女の裸体を思い出して鼻の下を伸ばす。そんな思い出に浸っていると、なかなか戻って来ない幸仁を心配した雪音がやって来た。
「おーい、幸仁くん何してるのー?ご飯出来たから早く食べよーよー。…って、何その表情、キモいんだけど…」
「…っ‼︎い、いやぁ、なんでもないぞ!幽霊さんが作った料理楽しみだなぁ〜!」
「ふーん、あっそ…」
なんとか誤魔化そうとする幸仁に対し、雪音は素っ気ない返事をする。
(あれ、なんか幽霊さん機嫌悪そう…?)
二人がリビングに戻ると、テーブルの上には綺麗に盛り付けられたいくつかの料理が並んでいた。一切料理の出来ない幸仁は、今日の夕飯はカップ麺のみで済ませることを覚悟していた為、このような光景に驚きを隠せなかった。
『美味そう…!』という台詞を
「「いただきます!」」
幸仁は、まず最初に
「こ、これは…もう…めちゃくちゃ美味い‼︎」
「良かったぁ…。お料理は結構得意なんだけどさ、誰かに食べてもらうのって久々だから凄く緊張しちゃったー」
雪音はほっと胸を撫で下ろす。やはり自分の料理を誰かに褒められるということは嬉しいもので、彼女は胸の奥が温かくなるのを感じた。
(これからちょっとずつ、この人と仲良くなれれば良いな…)
「これならいくらでも食べられそうだ。いやぁ、俺は一切料理が出来ないからどうしようかと思ってたんだが…幽霊さんが居れば安心だな!」
幸仁の言葉に反応し、彼女はそっと箸を置いた。その彼女の表情は、少し寂しげに見える。
「……ねぇ、どうして幸仁くんは、私のこと名前で呼んでくれないの?幽霊さんじゃなくて、ちゃんと名前で呼んでほしいのに…」
「えっ…あっ、えーっと…早瀬さん…だっけ?」
「合ってるけど、合ってない…。……雪音。雪音って呼んでよ…」
「でも俺、女の子はみんな名字で呼ぶし…」
「それなら、私を初めての女の子にしてよ…」
「えっ…そ、それって…」
シチュエーションによっては誤解しそうなその発言に、幸仁の胸がどきりと音を立てた。どうやって返事をしよう、どうやって対応しよう、何が正解なんだろうか、そんなことを考えていると、雪音が再び口を開けた。
「雪音って呼んでくれないと呪うんだから…。雪音って呼んでくれないと呪い殺すんだからねっ‼︎」
「……っ‼︎はい!分かりました、雪音さん!雪音さんの作る料理は最高です!これから毎日、雪音さんの料理が食べとうございます!」
幸仁は茶碗と箸を置き、勢いよく土下座をし始めた。頭を上げては床に額をぶつける程低く下ろすということを何度も繰り返した。すっかり雪音の呪いに怯えてしまっている様子だ。
そんなことをしているのにも関わらず、雪音からの反応が一切無いことが気になり、ゆっくりと顔を上げると、何故か彼女は驚く程に顔や耳を赤くして、白く細い指で頬を隠していた。
「ま、毎日って…そんなんプロポーズみたいじゃん…」
「べ、別にそんな深い意味で言ったわけではなくて!言葉の綾ってやつで!それくらい雪音さんの料理が美味しかったってわけで!」
「ふふっ…、分かってるわよ。ほら、冷めちゃう前に食べましょ?」
「そうだな!あー、どれも美味いなー!このスープも絶品だぁ!」
そうやって次々と料理を平らげていく彼の姿を見て、雪音の心は何故か幸福で満たされていた。
しばらくして片付けまで終えた二人は、再び向かい合って座っていた。話がある、と幸仁に言われたのだが、それはいったいどのような内容なのか。雪音は不安でいっぱいだった。
異様なまでに真剣な表情をしている彼に圧倒され、彼女はごくりと喉を鳴らした。
そして、言葉を繰り出そうとする幸仁の深呼吸に驚いて背筋を伸ばす。
「——雪音さんは本当に幽霊なのか?」
「…どうして疑うの?」
「いや、だって幽霊って普通浮いてるだろ?そもそも幽霊なんてよく考えたら居るわけないし…」
「…………はぁ〜。言ってることが矛盾してるよ、幸仁くん。幽霊が浮いているっていうことが事実だとしたら、幽霊が居ないってのは嘘になるし、幽霊が居ないっていうことが事実なら、そもそも幽霊が浮いているなんて話は出て来ないわよ。それにね、まだまだ人間の知識や科学は発展途上なんだよ。大昔では自然災害は神様のお告げなんて言われていたけども、今ではそんなこと無いでしょ?私たち幽霊もそれと一緒よ。いつかは存在が解明されるかもしれないけど、今はあなたたち人間が追いついていないというだけなの。幽霊もちゃんと地面に足をつけて歩くのよ」
「た、確かに…。常識は常に変わっていくもんな…。なるほど、理解した。それじゃあちょっと失礼して…」
「ん、どうして隣に来たの?」
「知的好奇心を満たす為だ。雪音さんは、先からこの世の物体に触れているようだが、俺たち人間は雪音さんたち幽霊に触れるのかどうか気になってたんだ…」
そう言って幸仁は鼻息を荒くしてゆっくりと手を伸ばす。それに気付いた雪音は、『その手はいったいなんなの?』と彼を止めた。
そんな彼の瞳は、獲物を見つけた猛獣のようになっており、彼女はただただ呆れるばかりであった。
「何って、雪音さんに触ってみるんだよ」
「はぁ〜…。はいはい、ちょっとだけね…」
そっと伸びた手が雪音の身体に近づいていくにつれて彼は手の形を変えた。まるでボールを握るかのような形から、インターホンを押すように人差し指と中指を伸ばした形に変えて彼女の
力を入れる程に指先が埋もれていく。最近巷で有名な、ビーズクッションよりも吸い込まれていく感覚がある。若干の反発力がありながらも、それは幸仁の指が沈むのを全肯定する。
(あぁ…これが幽霊の身体…いや、幽霊のおっぱい…‼︎)
あまりの感動に瞳を閉じると、どこかで聞いたことのあるバチン!という音が鼓膜に突き刺さった。
「…っ、どうしてそこを触るのよーっ‼︎」
半日に二度も異性のビンタを頬に喰らう者が居るのだろうか。もし居るのであれば、痛みの抑え方をご教示くださ、い……っ。
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