第8話 妹の来襲
3時間前までは互いに噛み付き合うくらいの口喧嘩をしてて、2時間前まではパニックで大混乱してた俺だけれど。
今俺は犬猿の仲だった柚木の部屋で、めちゃくちゃ寛いでいる。
これから風呂にも連れってもらう。
俺のための荷物、すごい量だ。
重かっただろうに。
こいつの意外な面倒見の良さを。
こいつの口には出さない優しさをあらためて見直していた。
ガチャ ──。そろーりと自分の部屋のドアを開けて左右を確認。
廊下に誰もいないことを確認してからそろりと廊下に出る。忍者か俺は・・・!
着替えのパジャマの間に城崎を隠して足早に風呂場へ向かった。
っっっとっ!!
「あ〜っ♪お兄ちゃん」
「あっ、
《 はっ?お兄ちゃんってか?》
「お兄ちゃん〜、ユキ、一緒にご飯食べたかったのに」
「ごめんな雪子、試験が近いんだよ」
「えー、つまんなぁい。じゃお風呂一緒に入ろうよ」
《 えっ女の子と風呂?柚木が?えー!? 》
「き、今日は風邪気味だから治ったらな。雪子に移したらいけないだろ?」
「そっかー。お兄ちゃんお薬飲んで早く寝るのよ!」
スキップする足音が廊下を遠ざかってゆく。
柚木も城崎もホッと胸をなでおろした。
やれやれ、脱衣場も念のため鍵をしておこう。
俺が服を脱ぐと、素っ裸になった城崎が俺の足元をちょこちょこついてくる。
俺の家は古い日本家屋なので風呂は木造りで床はタイルだ。
城崎は珍しそうに風呂場をきょろきょろ見まわすと
「すげぇ。お前んち旅館みたいだな」
と楽し気に微笑んだ。
邪気のない笑顔。
一瞬ドキンと胸が鳴った。
さすがに湯舟にはつかれないので檜の洗面器に湯を入れたところへ城崎が入る。
俺の目線の先で気持ちよさそうに洗面器風呂に入るこいつ、なんだか可愛く見えてきた。
少し気分が紛れてきたのか?
ならいいんだ。
「なぁ柚木」
「あ、なんだ?」
「お前、何人兄弟?」
「3人。10歳上の兄貴と12歳下の妹」
「じゃさっきのは・・・」
「妹の雪子。幼稚園の年中かな」
「ひと回り離れてるのか。そりゃぁもう、パパだな柚木」
「ハハ・・・確かに。両親が仕事で忙しいし、必然的に俺に懐いてるんだけど、妹も寂しいんだよな」
学校ではクソ真面目で冷徹にもみえる柚木が、笑顔で幼い妹の面倒を見ているなんて誰も知らないだろう。
二人だけの秘密ができたみたいで、少し嬉しくなってる俺。
妹の話を聞いて和んだのか、城崎は俺が泡立てた石鹸の泡を両手ですくい取ってせっせと全身を洗っている。
途中で滑って湯舟に落ちてきたときは慌てたが、楽しそうに泳ぎだしたから思わず笑ってしまった。
風呂のついでに着ていた服を洗濯しながら鼻歌。
一人暮らしをしているだけあってマメだな。
風呂からあがると、タオルに包んだ城崎を抱えて急いで部屋に戻る。
自分の家なのに何でこんなにドキドキしているんだか。
部屋に鍵をかけてやっと一安心した。
俺はドライヤーでこいつの服を乾かし、こいつは下着だけ着けると腹筋したり部屋の中を走ったり運動をしている。
城崎の普段の生活が垣間見えるようで俺は久しぶりに楽しくて仕方なかった。
風呂上りにベッドの中で読書を始めた俺の近くで城崎も一緒に本をのぞき込む。
なんだこいつも読書するんだ、なんて思っていたら・・・俺の枕に寄りかかったまま眠っていた。
ゆっくり身体を布団におろしてやって、初めてこいつの顔を間近で見た。
明るい茶色の髪、染めているのかと思ったら生まれつきだとさっき風呂で教えてくれた。
この髪色のおかげで小中学校はしょっちゅう生活指導で呼びつけられたから誤解されるのも慣れっこだと笑った。
流れるような眉に濃く長い睫毛。
くっきりした二重瞼。
すっと通った鼻筋のすぐ下に思いがけなく肉感的な唇。
女の子にモテるのわかるような気がしてきた。
小さく寝息をたてて下着一枚つけただけの恰好で丸くなって眠る。
まるで子供だ。
しばらく顔を見つめていたがこのまま俺もベッドで寝たらこいつを潰しかねないな。
城崎に薄めのタオルを掛けて、指先で背中をそっと撫でた。
俺はタオルケットとクッションを持ってベッドから降りた。
灯りを消した俺のいつもの部屋。
でも今日はいつもと違うあたたかさに満たされている。
それは城崎の眠るベッドの上から部屋中に満ちてくる。
それが一体何なのか、
まだ俺にはわかっていなかった。
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