第4話 ウチに来ないか

まだ明るさの残っている道を柚木は黙ったまま歩いていた。


そりゃそうだ。

俺と会話なんかしていたら、見た目は独り言をいいながら歩いている変な子じゃないか。


俺はポケットの中でじっと息を潜めながら時々柚木を見上げた。

左斜め上の間近から見るあいつ・・・なんて初めて。

うっすら汗をかいて真っすぐに前を見て歩いている。

髭、薄いなぁなんて思っていたら、ポッケの中にまで流れ込んでくる。

緑と土の濃い匂い。

公園に入ったみたいだった。


柚木は人気のない場所のベンチに座ると一息ついてから俺を胸ポケットからそっと出してくれた。

柚木の手のひらに乗り、あらためてこいつの顔を見る。


黒い髪、筆で描いたような眉、切れ長の瞳は理科室に展示されている黒曜石みたいに煌めいている。

鼻筋がまっすぐに通っていてその下の唇は柔らかく結ばれてて。

思いがけず紅い唇。

俺は急に恥ずかしくなって黙りこんだ。


「城崎、家はどこだ?家族は?」


「俺、市内で一人暮らしをしている。両親と弟は親父の仕事の都合でアメリカにいるから」


「そうか。・・・でも一人暮らしとしてもその身体のままじゃ何もできないな」


「・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・。」


本当だ。

何もできない。

アパートの鍵すら開けられない。

それに飯はどうしたらいいんだ。

買いにも食いにも行けない。


途端に目の前が真っ暗になり、もう俺は押し黙るしかなかった。

今夜からどうしよう。

明日から学校も行けないのか。

俺は完全に八方塞がりだった。


が、


「城崎」


「・・・・・・。」

「俺の、、ウチに来るか?」


「・・・は?・・・えっ・・・?」


「城崎をこのまま放っておけない。でも俺もどうしたらいいか正直わからないが、何とかしてやりたいから」


「・・・っい、行く!行く!!頼む!連れて行ってくれ!!」


マジかよ、ほんと柚木がこんなこと言ってくれるなんて。

こんな嬉しいことないよ。

真っ暗闇の中で小さいどころか、大っきな光を見つけた。



こうして俺は再び柚木の胸ポケットにすべりこんだ。


やたらとゆっくり歩く柚木。

揺れないように、ポケットの中にいるの俺のためなんだろう。

心地よい揺れと温かいポケットの中は、仄かな匂いで満たされていて落ち着く。


さっきまで冷えきっていた身体は温まっていた。

指先まで血液が行き届いててあったかい。

不安が一気にほどけてゆく。


とてつもない疲れと真逆の安心感。

柚木の穏やかな心臓の音に包まれたポケット。


俺はいつしか眠っていた。

絶望しかないはずなのに、たまらないほどの幸福感に満たされながら。

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