第3話 救いの手

あまりの驚きに飛び上がった。


突然俺の遥か上空からあいつ、柚木の声。

恐る恐る見上げると柚木が驚愕の表情で俺を見下ろしている。

いつも憎たらしいほど冷徹な奴が、子供のように驚いた顔して、目をまるく見開いて。


ああ、こいつの目、綺麗だ・・・



「本当に城崎なのか.......?」


心配するような、今まで俺に向けられたことのない気遣うような声。


胸がドキンと鳴った。

あいつが俺の名をまともに呼んだのは初めてかもしれない。


柚木は周囲を見回してからその場にゆっくりしゃがむ。

俺の側まで降りてきた。

ふわりと柔らかい匂いがした。

シャンプー?柔軟剤?

警戒心なくここまで近づいたのは、はじめてだ。

どうしたんだ俺、胸の動悸が・・・

なんだか落ち着かない。


「城崎、いったい何があったんだ」


「・・・っわからない、気づいたら周りが大きく見える。

俺の目か頭がおかしくなったんかもしれん・・・」


「周りがデカくでなくって、お前が小さくなっているんだ」


「俺が?俺が小さいのか?まさかそんなバカな・・・」


「お前・・・何をしたん・・・」


「わからない、本当にわからないっ!

何もしてないっ!目眩がして気づいたらこんなことに・・・・・・!!」


「落ち着け、城崎」


「これが落ち着いていられるかっ!

俺は夢を見ているんだ・・・そうだ、現実にありっこない。な、そうだって言ってくれよ柚木」


蝉の声が耳鳴りのようにわんわんと響いて頭が割れそうだ。

さっきまで蒸し暑かったはずなのに、今は背筋が凍るほどに冷えて全身がぶるぶると震えはじめた。

俺は一体どうしちまったんだ。

思わず目をぎゅっと瞑る。

でも視界が真っ暗になると思考が停止して不安と恐怖で爆発しそうだ。


その刹那。


温かいものが俺の髪に、俺の背に触れた。

こわごわ目を開けると穏やかな柚木の顔。

白く柔らかい指が慰めるように俺をそっと撫でてくれている。

泣きそうになる。



「城崎、とりあえず学校を出よう。

誰かに見つかったら大変だろ。お前もここにいたら危ない」


確かにそうだ。

この身体では教室の扉を開けることも階段を下りることもできない。

俺はもう一度目をとじてから、小さく頷いた。


柚木はほっと息をつくと俺の目の前に左の掌を差し出した。

俺は一瞬戸惑ったが、柚木がニコっと笑ったので、そろそろと手のひらによじ登る。

俺を載せた左手を覆うように両手で身体をそっと包まれ一気に上昇すると、


「悪いがここに入っていてくれ」


俺は柚木の制服のシャツの左胸ポケットに滑り込んだ。

確かにズボンのポケットじゃ狭くて暗いし、カバンの中では教科書に圧し潰されるよな。


柚木は俺のデイパックを右肩に掛け、自分のカバンを左手に持って。

教室の扉をガラガラと開けた。

誰もいない廊下を歩く硬い音が遠くまで響く。


昇降口で俺のスニーカーをデイパックにしまうと一気に校門からでる。

どうやら誰にも会わず学校から出たようだ。



遠ざかる学校の方からはもう蝉の声は聞こえてこなかった。

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