第3話 終りに、さらなる後日談

 母はすい臓の手術を行うことになった。

 手術は長時間に及び、私は控え室で手術の成功を祈りつつ、父とともに待機した。結果的に手術は成功したが、術後の治療と経過観察のため、入院は長期間にわたった。

 当然ながら、母の付き添いは、学生で時間のある私の担当となった。付き添いといっても、生来さして気の利かない私に何ができようか。母や看護師さんから申付けられた入院に必要な買い物や、その他、こまごまとした雑用をこなし、時折、訪れる見舞い客にお茶をれる程度の働きである。

 病院の窓からは、子供の頃から見慣れた川の流れが眺められる。

 いつしか冬の季節が過ぎ、春の陽射しが川面をきらきらと輝かせていた。

 母の容体も日増しによくなり、頬にあかみがさしてきた。

 昼の病院食を食べたあと、母は私に笑いながら言った。

「もうすぐ退院できると、先生もおっしゃってたよ。それにしても病院というところは、少しでも元気になると退屈なもんだねえ。もう一生分、寝てしまった感じだよ」

 その冗談を聞き、私は安堵するとともに、母は久しぶりにおしゃべりに興じたいのだと察した。

 私は以前から気になっていたことを訊くのは、この機会だと考え、話しはじめた。

おぼえてる? ほら、ボクが中学一年の頃だけど、遠足を当日になってドタキャンしたことがあるよね。で、バスが崖から落ちて、クラスでボク一人だけ助かった……あのときのこと」

「ああ、憶えてるよ」

 母は病室の天井を見上げて、遠い目になった。

「あのとき、なんで、すんなりドタキャンを認めたわけ。その日の遠足のために、にいろいろ準備したオフクロとしては、少しくらい体調が悪い程度で、それはないでしょとなるわけじゃない。たとえそうでなくても……」

 掛布団の上にのせていた手を左右にふり、母は私の言葉をさえぎった。

「あのね……」

「うん」

「あの夜、私もアンタと同じ夢を見たんだよ」

「………!」

「あの夜、しゅうとめさん、つまりアンタのお祖母ばあさんが私の夢枕にも現れたんだよ」

「で……」

「明日の遠足はあぶないって。行かせちゃ、ダメだって」


 それから半月後、母は無事退院した。

 私の日常は再び授業とバイトに明け暮れる日々に戻った。忙しいけど、平凡すぎるほど平凡な毎日のローテーションに私は埋没していった。

 国鉄ガード下にいた手相占い師を見かけることは、二度となかった。

 最後に断っておくが、これは実話である。

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