第2話 だれにも話せぬ正夢

 母が認めたことにより、私個人としての遠足旅行は取りやめとなった。母は担任に電話し、「体調の都合により、うちの息子は不参加」と連絡を入れた。

 しかし、遠足不参加の本当の理由をクラスの友人たちに告げないでいいものか、という思いが、一瞬、私の脳裡をかすめた。

 直後、私は首をふり、自分の思いを打ち消した。

 ――そんなことを言ったって、だれが真に受けようか。だれも本気にはしない。あいつ、バカだねえ、こんな嘘までついて目立ちたいのかよ、と失笑され、以後長く笑い者にされるのが関の山だ。

 私は病人らしく布団の中に入り、サマーセット・モームの『月と六ペンス』という暗い小説を手に取った。

 その本をほぼ読み終えた頃であった。

 隣戸となりに住む叔母が、わが家に駆け込んできた。

「大変だよ。お宅の息子さんが乗った遠足のバスが、崖に落ちたよ。いま、テレビでやってる」

「えっ、うちのバカ息子なら、具合が悪くなってさ。遠足に行かず、いま寝てるよ」

 そう言いながら、母はテレビのスイッチを入れた。

 翌朝の地方紙で、この事故は一面トップ掲載となった。


 あれから数十年が経過したとはいえ、いまでも事故の内容はここには書く気がしない。ただクラスの全員が重軽傷を負ったとだけ記しておく。死者が出なかったことが、不幸中の幸いであった。

 この不可思議な出来事には後日談がある。

 中学、高校と平凡な成績で卒業した私は、その後、大学へ通い始め、学費稼ぎのバイトにもいそしんでいた。

 日々、授業とバイトで忙しいものの、平凡過ぎるほど平凡な日常であった。そうした日々の中で気になることがあった。

 バイト先に通う途中の国鉄(いまのJR)ガード下に、いつからか手相占い師の姿見かけるようになったのである。だが、その前をいつ通り過ぎても、一回も客の姿は見受けられなかった。薄暗いガード下に、いつもぽつんと手相占い師の孤影がたたずむ。

 ある日、私は思い切って、その占い師の客となった。

 齢は五十路いそじに入った頃であろうか。を差し出した私に、初老の占い師が暗い声でぼそぼそと言った。

「悪いけど、あなたの手相は見ない」 

 思ってもみない意外な言葉に驚愕し、気弱な私はおそるおそる訊き返した。

「でも、手相の占い師さんなんでしょう?」

「そうだけど……」

 一拍の間をおいて、手相占い師が言葉をつづけた。

「あなたの後ろにいるお婆さんが、この子は私が守るから、手相なんか見てもらわなくてもいいとおっしゃっているんだ」

「えっ!」

 思わず私は背後を振り向いたが、だれもいない。

 占い師がぼそぼそと陰気な声を出す。

「気味が悪いから……帰ってくれないかなあ」

 それから数日して、突然、母が倒れ、私は緊急入院先の病院へと駆けつけた。




 

 


 

 

 

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