第1章 1
うちの町内は、すっかり雪景色なのに、こっちは降ってもいないんだな。
そんなことを考えながら、緩やかな坂道を上っていく。
道々に植わっているサトザクラは、葉を落とし寒々しく佇んでいる。
吐く息も白く、ふと顔を上げると、前庭の掃き掃除をしていた年配のドライバーのおっちゃんが、人懐っこい笑みを浮かべて片手を挙げる。
「おはようございまーす」
一言二言くだらない冗談を交わしながら職員通用口をくぐると、別のドライバーさんが、おはようと言ってよこす。普段と変わらない冬の朝だ。
寒い時期、感染症を持ち込んではいけない。手洗い場で手洗いをすませ、階段室へと歩を進める。重い扉を開けると、バックヤードの洗濯場。そこで、洗いあがった自分の仕事着をピックアップして、職員室へ。
「・・・ざいまーす」
すでにデスクで仕事をしていた施設長に、愛想のない挨拶をすると、施設長も顔も上げず「おはようございまーす」と返す。あきれるほどのルーティーン。
職員室のわきの更衣室で仕事着に着替えて、再び職員室に戻り、タイムカードを押したり、熱を計ったり。そんなことをしながら、ふと机の上の書類に目が留まった。
フェイスシート。次に入所予定の人の名前や生年月日、これまでの暮らしぶり、体の具合、家族構成。そんな、その人が生きてきた軌跡、生きていくのに必要な情報が書かれているもの。
あぁ、あの空き部屋に次に来る人ね。
気軽に覗いたその書類の、名前にふと目が留まる。
小坂和正。
あれ?何この既視感・・・
え!うそっ!
・・・いやでもまさか・・・
彼の本名は公開されていない。しかし、このインターネット時代、彼の本名を「知って」いた。
青い情熱はギターを爪弾いてうたう あたらし うみ @NovaMaro
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