青い情熱はギターを爪弾いてうたう

あたらし うみ

プロローグ

「ほんと、ここのヒグラシの声はにぎやかだね」


 細い谷に添うように、あちらこちらからヒグラシの声が聞こえている。

 ベランダの柱ででも鳴いているのか、近くで大きな声もしている。


「哀愁どこいったぁ~」


 そんなヒグラシの声にくるまれるように、縁側に2人の男が腰掛けていた。

 2人とも若くは見えるが、おそらく還暦前後だろう。


 1人はアコースティックギターを抱えていた。


 60代も半ばだろうか。サラサラと流れる髪はその風貌を随分若々しく見せている。

 サラリと髪をゆらして、男はギターを鳴らした。


 聞き覚えのある音の重なりが谷を流れていく。


 落ち着いた分散和音に、静かに熱い歌詞をのせていく。


 やがてサビにさしかかり、アルペジオは情熱的なストラミングに。


 想いにからみつくような、力強いしっとりした言葉をひと節歌ったところで、隣家の家人が、雨戸を閉めに外に出てきた。


 唐突に歌の世界が終わる。


「こんにちは」


 もう1人の男が隣人に声をかけた。

 50代も半ば、ともすれば還暦も近いかもしれない。浅葱あさぎ色の藍染のターバンのような帽子を被り、ふわふわと波打つ長い髪が風になびいている。


 隣人は、軽く手を挙げ挨拶を返すと、てきぱきと雨戸を閉め始めた。


「・・・過ぎ去る夏のヒグラシ・・・って、ここでは7月からヒグラシ鳴いてるけどね~」


 男は、歌詞を反芻しながらにやりと笑い、空を見上げた。


 夕焼け空の見えないこの家の庭の上には、プルシアンブルーの空が夜を運び始めていた。


 

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