第十九話 人形と紅の目的
部屋の中央に、何かがたくさん転がっている。
「な、何あれ」
思わずそっと近付くと、それはたくさんの人形だった。
何体もの人形や人形道具が、小さい
「あの時は不意を突かれて回廊から脱出したが、この部屋の奥から
紅は部屋を横切り、続きになっている小部屋から外へ出た。
◇
「誰かいるのか!」
尚玲は夏妃の寝室の扉を大きく開けた。
人の気配がしたような気がしたのだ。
夏妃の好きな香の匂い。整えられた部屋には誰もいない。
「……これらのせいかのう」
整った部屋に違和感をかもしだす、出しっぱなしの人形たちを見下ろして、尚玲は溜息をついた。
今朝、夏妃が遊んでいたものだ。
「あっ、いけません夏妃様!」
そのとき侍女の声とともに、夏妃が部屋へ入ってきた。
「何をしているそなたら! 華憐様を部屋へ入れてはならぬと言うたであろう!」
「も、申しわけございません!」
そうこうしている間にも夏妃は大喜びで人形に駆け寄ってきた。
「いかん、大広間へ戻らねばならぬのに……ええい、薬じゃ! 薬を持て!」
ばたばたと慌ただしく動く侍女たちは、
◇
新緑の木々が奥までずっと続く裏庭院には、人影がない。
しばらく小走りに駆け抜けると、紅は速度をゆるめて花音と並んで歩き出した。
「ここまでくれば大丈夫だ」
「あ、ありがとう」
迷ったとはいえ、貴妃の私室の近くをうろうろしているのを見つかるのはまずい。今回も、紅に偶然会ったことで図らずも助かった。
「見たか? さっきの」
何を、と問うまでもない。あの人形のことだろう。
「あれって……夏妃様の
「まあ、そうだろうな。夏妃はどうやら、人形遊びが好きなようだ。一つ話題ができたな?」
花音は横を歩く紅を見上げた。
「話題って」
「夏妃に予習用の本を探せとでも言われているんだろう? 七夕の宴での話題作りのために」
花音はどきりとする。
「な、なんでそのことを」
「おまえがややこしい言い方するから」
紅はちょっと花音を睨んで、そっと花音と手をつないだ。
「最初からちゃんと言えよ。頼るなら正面から頼れ。まったく」
ぶつぶつ言うが、花音の手を握る手は優しくて、その温かさにまたもや心臓が高鳴ってしまう。
「だって……」
「で、見つかったのか? 本」
花音は首を振った。
「だろうな」
「夏妃様はたくさん本をお持ちだけど、あまり目を通されたことがないみたいで。その蔵書の中から夏妃様が興味を持てる本を選んでほしいって言われたのだけど……」
「夏妃は、本を見るか?」
「えっ」
「見ないんじゃないか?」
花音は紅を見上げた。
「なんでそのことを知ってるの?」
「知っているというか、予想しているというか。そのことを調べに来ていたんだ、オレは」
「調べる、って」
「花音が押しつけられた面倒事の核心部分をな」
「面倒事って……やっぱり気のせいじゃなかったんだ……」
最初から自分などにお鉢が回ってきたことが不思議だったが、やはりこの件には裏があるようだ。
「尚玲様が、夏妃様は勉学が嫌いとおっしゃっていたけど、それだけじゃない気がするの。夏妃様の御様子も、本とか勉学が嫌い、っていうのとも少し違うような気がして」
「さすが花音。よく見てるな」
紅が花音の頭にいい子いい子、とするようにぽんぽんと手を乗せた。
「ちゃんとわかったら花音にも報告するから」
「う、ん……」
(やだな、あたしなんでこんなにドキドキしてるんだろう)
ふいに、紅が立ち止まった。
「ここから右に折れて真っすぐいけば蔵書部屋のある棟がある。真っ直ぐにしか行けないから、迷わないと思うが大丈夫か? 宦官のフリして付いていこうか?」
半ば冗談、半ば本気で心配している紅を花音は睨む。
「迷いませんてばっ。失礼ねっ」
「そうか? なんせ一度来た場所で迷子になっているから――」
「うるさいっ」
花音は怒って踵を返す。背中からくすくす笑い声が追ってきた。
「そっちは左だぞ。蔵書部屋へは右に真っすぐ」
「もうバカバカっ、紅の意地悪っ!!!」
いろんな意味で恥ずかしくて、花音は振り返らずに走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます