第10話 すれ違う表裏

 ~~~~~~ 表 ~~~~~~


 ヘルムは自室代わりの物置部屋で、一枚の紙切れを穴が開くほどにらんでいた。


「博士が国を崩そうとしているなんてバカげてる…!」

「それを否定させてくれ!博士!」


 それはヘルムが造られた少女、ラヴィーについてただした時に返し損ねた物。

 片面は土人形ゴーレムについて、裏は核拡張型土人形ハイブリッドについて書かれている。


「俺だって研究者!知識の開拓者だ!博士の通った道筋を辿るだけなら!」


 疑念を抱いてから既に三週間が経っている。

 博士は一人、施設の奥に閉じこもっていた。恐らく核拡張型土人形ハイブリッドの研究の為に。

 最低限の食事と睡眠は取っているようだが、こちらへの接触は無い。

 意図的に避けている様子さえある。まさに拒絶。

 研究の中身を識るには、この文字が限界まで詰め込まれた紙切れだけが頼りだ。


「だから!手がかりを!魔物を倒す以外の目的を想定していないでくれ‼」

「ラヴィーは人類を救う兵器だ!叛逆の為に造ったと言わないでくれ‼」


 博士が書き残した数式と理論を道標として、ヘルムは知識の荒野を彷徨う。


『人造人間が外に出ずに死亡した例は少ない、死因は出た事?』――これじゃない。

『土人形は永続魔法の開発と同時に実現する。先にそちらを―』――これじゃない。

『永続魔法には使用者に負担が――なら使用者がいなければ?』――これじゃない。

『魔法が魔法の使用者。このねじれた輪を完成させるには……』――これじゃない。

 出てくるのは造るために越えねばならぬ問題についてばかり。


「だからこそ!手がかりがあるはずだ!」

「造るなら必ず目的がある!目的がなきゃここまで考えない‼」


 そこでふと、他より小さく、薄く書かれた文字が目に入る。


『意思を持つ魔法、魂持つ魔法の理論構築。 結果・不可能と判断』


 これは一体――?

 魔法は魔法を使える――魔法が意思を持てば、って博士自身で言ったはずだ。

 いや、それが嘘だった…?

 そもそも核拡張型土人形ハイブリッド。完全な魔法じゃない。

 だったら魔法行使の負担も半分背負っている……こんな嘘に騙されていたのか。


「仮定として、この嘘以外を真実として考えた場合…」

「永続魔法が存在しない以上、ラヴィーの存在をどうやって実現した?」


 一番のネックは睡眠時。

 負担を無視しても、魔法を持続的に使用しなければならない。

 その問題を突破してラヴィーは造られている。だったら――


「まだ何か見落としている…!」


 一度気付いてしまえば、小さく薄く書かれた文字が幾つも見つかる。

 中には本当にどうでもいい事が書かれていたりしていた。

 だが、意味を持っている物もある。それを辿ってゆくと―――


『そも、魔法とは何か。魔力とは何だ?』


「―――これは…魔法の研究の論文にも書いてあった……いや、少し違う?」


『ハダで朧気に感じとれるが、観測は不能なモノを便宜的にそう呼称しただけだ』

『魔力がないと思われる地点を発見した。体内だ』

『どうやら肉体は魔力を引きつけない性質を持つ』

『魔力は空気中にあるとされる。だから気付かない。にもあるだろうと』

『水中の魚の中身がすべて水である筈はないのにな』

『この発見で新しい発想に至った』

『跳ねた魚が水面を揺らがせる。この波を魔法とすると、ある可能性が産まれる』

『狭い範囲内に大きな波が立つと、折り返した波同士がぶつかり合う』

『そして飛沫を上げ、また波へと変わる。これが何度も続けば…』


「これは……新しい永続魔法のアプローチ⁉」


『ブランコを高く漕いでいる時、その高さを維持するのにかける力は大きくない』

『ひと漕ぎ毎の減衰と同等でいい。しばらく何もしていなくてもいい』

『これで眠れそうだ』


「繰り返しの魔法行使で魔法自体が発生しやすい力場を作る、という事か…!」

「減衰しきって止まらない限り、睡眠をとる余裕もできる!」

「じゃあ前提条件の狭い範囲は……土人形ゴーレムだ‼」

「しかも発動させている状態じゃなく、魔力を集めただけの状態か‼」

「集中が切れれば魔法の暴発がある…」

「逆に言えば少しの集中でも魔力が揺らぐ!それを利用して……」

「それならあの姿の説明がつく‼」


 前々から気になっていた点。

 見た目は人間だということ。

 人造人間だから似ているのは仕方ないが、土人形ゴーレムの要素が無かった。

 装備のように使ってはいたものの、大抵消えていた。


土人形ゴーレムの役割は…ゆりかごというより水槽なんだ」

「魔力でできた不可視不観測の水槽!」

「その中身を好きに動かせるならあの出力もうなずける‼」


 土人形ゴーレムである必要性も無かったのだ。一番形状の自由度があったという利点だけ。

 異形の魔物に見せた、暴走にも思える魔力励起。それは意図的なものだった。

 空間にあえて壁を造り、その壁を操作することでそれ以上の魔力の流れを操作する。

 そうすることで消耗を抑え、爆発力のある魔法も行使できる。

 そう、一度放った波の戻るタイミングで更に重ねて魔法を行使すれば……


「二倍どころじゃない…釘と金槌のように役割を分担すれば…」


 ―――すべての衝撃が一点に集中する。

 それは到底、有機物せいぶつでは受け止めきれない暴威。

 無機物であっても指折り数えるほどしか耐えられまい。

 文字通り、大地を揺るがしかねない存在を…俺は育てていたのか⁉


「博士はこの矛先を……どこに向けるつもりなんだ‼」


 物置を飛び出した俺の目の前にいたのは―――

 愛し子ラヴィーの名を付けた…暴威だった。

 そしてヘルムの意識は途切れた。



 ~~~~~~ 裏 ~~~~~~



(…へるむ………)


 ラヴィーという名の少女はある男を想う。

 自身の世話を甲斐甲斐しくこなす彼を。

 母親にも等しいレーヴ博士とは、少し違う感情を抱く彼を。

 しかし少女はそれに気づいてはいないが。


「れーぶもいない……さみしい。」


 いっそ暴れてしまえば、二人がそれを止めにやってくるかもと頭をよぎる。

 そんな考えを振り払う。


「あばれる…だめ。もの、こわす…だめ。」


 壊していいのは魔物だけ。そう教わったのだ。

 だが天秤はまだ揺れ動いている。

 彼女がただの…感情の無い兵器だったら、こんなことを迷わずに済んだ。

 迷えば迷うほどに深みにはまってゆく。


「でも、さみしい。でも……でもぅ……むー。」


 少女とて、馬鹿ではない。

 物事の帰結など承知している。それでも。

 理性では抑えきれぬ感情があった。

 造られた命たる彼女に、御し得ぬほどの大きな感情。

 いや、だからこそ制御の仕方など知らぬが故か。


(さいきん、ふたりともこわいかお、してる…)

(しずかにしたほうが…いい?)


 処女は揺れ動く天秤に要素を一つ、載せた。

 二人が何をしているか、少女は知っている。

 レーヴ博士は自分を研究し、ヘルムもそれを手伝っている。

 いや…いたが正しいか。

 博士は独り、研究に打ち込み。

 ヘルムはそれに危機感を抱いている。

 ラヴィーは感情の表現こそ乏しいが、感受性は人並みにある。

 彼女を掴みどころがないと、ぼうっとしているようだと、そう思うなかれ。

 生来、魔法で自らの命を繋いできた彼女の思考速度は、常人の数倍はある。

 今二人が何を行っているかなど、既に知っている。


「でも、ぜんぶれーぶの。そのにばん。」


 そのシナリオは、少女にとっては受け入れがたいものであった。

 、そのシナリオに従うべきだと考えている。

 従ったうえで、軌道修正の出来ないタイミングで邪魔をする。

 人類の最高到達点たる博士を妨害し続けることは不可能。

 だが一瞬だけなら可能性がある。

 ……機を窺うのだ。それが己が望む結果への唯一つの希望だ。


(なら……いま、へるむがれーぶのじゃますると、だめ、かも)


 博士とて万能ではない。予想が外れる事もある。

 得意なのは予想ではなく、そのリカバリだ。

 さりとて一瞬ででき得るものでもない。

 誤差の修正は、誤差が誤差たり得る範疇にある裡のみ。

 完全なる逸脱、破綻には打てる手など善後の策だけだ。

 現状、誤差が積み重なっている。破綻は近い。

 だが長期的に見ればリカバリは可能。そうなればシナリオも再開する。

 そして直後に……


「なら、へるむをすこし、あしどめする。」


 はタイミングが悪いのだ。

 だからずらさないといけない。

 具体的に、一週間。

 その期間は、博士が準備を終わらせるまでのリミット。

 博士が予想した最後の一瞬に、割り込む。


「わがまま、きいてもらう……!」


 こうして少女は、初めて人類への叛乱を始めたのであった。

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