第9話 疑いがこぼれ出す
「あー。やっと右腕も治って来たか。薬のおかげか一月ちょっとで治ったな」
博士とラヴィーとの生活は特に何事もなく順調に進み、少し前に家に終わりを告げたのだった。
と言っても怪我が治っただけで、見方を変えれば元の生活に戻っただけ。
まだまだラヴィーの世話係は続きそうだ。
「ヘルム君、ちょっといいかい?」
レーヴ博士が手招きしている。
さっき休憩すると言ったばかりだろう、あまり根を詰めないで欲しい。
「何です、藪から棒に」
「そい」
ジャギン
目の前でいきなりハサミが鳴る。
人の冷や汗など気にせずに、切り取った前髪をしげしげと見つめる博士。
「……い、ったい。なにを……」
「なに、
「それと髪を切るのに何の関係が…」
心臓が止まるかと思ったんだ、相応の誠意を見せてもらいたい。
「単に素材だ、
博士の言う
それを
それは双方が不完全ゆえに両立する個。
割れ鍋にとじ蓋というが、ここまで倫理的に逸脱したものも少ないだろう。
「作り方は簡単。AとBの体細胞、ないし分泌物を密閉した空間に入れておくだけ。空間を高栄養の液体で満たしておけばなおよし」
「へぇ…そんな簡単に造れるんですね。初めて知りました」
俺は
薬品や物理化学を主に研究していた俺には関係ないだろうと思っていたしな。
今現在もその
「元は動物の内臓や皮で、今は高価とはいえガラスが流通しているから水槽で。疑似的な
「だけどおかしいとは思わないか?」
「何についてですか?」
「こんな簡単に命が造られる事について」
「私とて一児の母、命を生む辛さは知っている。人間と比べて
「私たちにとってはいい事じゃないですか。魔王の脅威に対抗しやすいのですし」
「というか…いいんですか?国に秘密でこんな事して」
「国としては良くないが、研究者として行動するのさ」
「……執行官に目を付けられないようにしてくださいね」
「ヘルム君…?やけに真剣な顔だね」
「何かあったのか」
正直、言いたくない。
だが言わねばならない。
俺の気分がどれだけ悪くなっても。
「先ほど、噴水前広場にて罪人の処刑が行われた、とのことです」
「罪状は国家転覆の画策。恐らく執行官がらみでしょうね」
「あの綺麗な噴水のある広場で何て事をするのか……」
「人通りも多いというのに、これでは民意にそっぽを向かれてしまうぞ」
頭を抱え、ため息を吐く博士。
その口は喰いしばられ、まるで何かに失敗したかのような……
「すまないヘルム君。二か月…いや一月でいい、あの子を一人で世話してくれ」
「私は研究を進める。……ほんと、嫌な予感は当たるものだ」
「ちょ…博士⁉」
博士は脇目も振らずにドアの向こうに消えていった。
焦って、いる?あの博士が?
前々から感じていた違和感がどんどん大きくなる。
博士は何故、この研究を始めた?
博士は何故、この研究を隠した?
博士は何故、執行官を知ってた?
博士は何故、こんなに焦ってる?
まさか、博士は例の罪人と同じ……⁉
ざわめく疑念はその実体を見せないまま囁く。
だが博士は何も語らないだろう。語る訳もない。
そこには分厚い壁があった。水槽の中を区切るように。
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