第8話 かたくて、しぶとくて、くろい

「ほ~らヘルム君~。お薬ですよ~」


「あーーん。」


 ラヴィーが怪力で口をこじ開け、博士がビンに入った液体を流しこもうとする。

 両腕が封じられた俺はロクに抵抗も出来ない。


「ひっ……いや、やめ……ごげゃばぇおおおォぶぐ……!」


「ふむ。特製の強力治癒促進かいふく薬はお気に召さなかったかね?」


 俺は今、食後の投薬ごうもんを受けている。

 名目上は怪我の治療のため治験をしているのだが、この苦痛は堪え難い。

 良薬口に苦し、と言うがこれは本当に薬か?なぜかを感じるのだが……薬は度を越せば毒物なのだし、その促進薬の中身が気になる処だ。


「すききらいはだめだよー。」


「……ラヴィー、これは好き嫌いじゃない」


 虚ろな目で天井を見上げながら、彼女たちが片づけをする音を聞く。

 異形の魔物に折られた腕はすぐには治らない。まだ一週間も経ってないしな。

 左腕は軽い物ぐらいなら持ち上げられるが、右腕は完全に折れたままだし、鼻もしばらくは包帯が外せそうにない。

 薬もありがたいと言えばそうなのだが、効いているような、効いていないような……


「薬…いっそ自分で作ってしまおうか……」


「ああ、そういえばヘルム君は薬草学も学んだのだっけ?」


「そうですね。博士も学んでいたと聞きましたが、あの薬は何を使ったので?」


生薬しょうやくになるもの大体」


「大雑把ですがありきたりですね」


「キノコ、香辛料、肝油」


「だから辛かったので……」


「あと黒い昆虫ゴキブリ


「バぁぁぁぁあアアアああ⁉」


 今すぐ喉奥に手を突っ込んで吐き出したい気持ちに駆られる。

 な ん て も の を ‼

 確かにしぶとい生物だが、霧散しない魔物とまで言われるようなを使うか。

 余計に具合が悪くなりそうな薬の内容を聞いて後悔した。おのれ博士。


『ハァイ』


 薬に使われたGの声を聞いた気がする……


「栄養は満点だろう?」


「他が0点なので平均赤点です」

「というか…それただの栄養ドリンクじゃないですか……」


「何をするにも体力だよ。君は少しばかり貧弱だ、薬効よりも治癒のために必要なものが足りていない。それともマムシでも入れてほしかったのかい?」


「結構‼」


 逃げるようにその場を後にする。

 博士は本当に掴みどころのない人だ。

 反応を見て楽しんでいる節もあるが、何か目的があるのかもしれない。そうじゃないと何度も繰り返すような事はしないと思う。

 ラヴィーの件にしても、兵器として見ているような事を言ったり、本当の娘さんより愛情を向けているような事をしたり。

 俺にあまり執着しないようにとクギを刺すクセに、それを良しと思っているそぶりも感じている。まるでバランスをとるように。


「つっても何のバランスなんだか…」


「ヘールームーーっ。」


 ラヴィーが後ろから抱き着いてくる。俺が怪我をしてから甘える事が多くなってきたな。だけど今は少し遠慮してほしかった。


「ラヴィー、あんまりはしゃぐと危ないぞ」


 主に俺が。両腕が不自由な状態で転んだらまた治療院に行かねばならない。別に治療院が嫌いな訳ではないが、そう何度も行きたくなるほど楽しい場所でもない。


「えへー。おこられたー。」


 はにかむラヴィー。これで許してしまうと教育に良くない。だがとやかく言うべきじゃないな。ラヴィーには自分勝手に育ってほしいから。

 教育熱心な世の親たちには悪いが、あいにく自分は独り身だし、この子も特異な存在。常識で語って欲しくはない。

 何より、今のラヴィーに必要なのは感情だ。わがままでいい。他人に褒められなくとも、れっきとした感情なのだから。

 だから俺も、せめて今だけは、自分勝手に甘やかすことにした。

 この先にある、戦場という過酷な場所を通らねばならない運命に、彼女が負けてしまわないように。

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