第7話 おやすみダメージ

「おかえり、ヘルム君。研究者というより被検体のような格好で戻って来たね」


わひゃごほじゃなよ……」


 異形の魔物に襲われた後、俺と傭兵二人は治療院に担ぎ込まれたのだ。

 傭兵たちは怪我には慣れているのか、運ばれている最中に気が付いた。一応診てもらったらすぐに動き回ったのは流石だ。俺なんて体中痛いのに。

 医者からは、鼻が折れて左腕も骨折、右腕も肉離れ。入院した方がいいと言われたが断った。だがしばらく不自由な生活を送ることになりそうだ。


仕事ひごほにならなさそはほうなで、はへせてへへますはふ


 自分でも何言ってるか分からん。きちんと伝わっただろうか。


「おいおい、帰る前に顔を見せてあげないと」


 どうやら伝わってはいたようだが、誰に?


「へ、るむ……。」


 博士が指さした方を見ると、物陰からこっそりとこちらを覗き込む少女が見えた。


「心配させるなよ?パ~パ♪」


「…………」


 ため息をつきたくなる。


 感情とは一言で言い表せない。だから俺が持っている感情は父性によるものかと問われたら、すぐには答えられない。

 研究対象として大事だとも思うし、一人の少女として扱ってあげたい気持ちもある、魔物と戦って欲しいという願いもある。だからこそ。


 この少女と、どう付き合っていくべきか。

 兵器であって、人でもあるこの少女と。

 兵器じゃない、人でもないこの少女と。


 いや、考えるべきは俺の心じゃない。彼女の…ラヴィーの心だ。

 傭兵が倒れても動かなかったラヴィーの感情は、俺が怪我をしたら大きく揺れ動いた。ああも声を荒げたのは初めてだった。

 それだけ俺を大切に思ってくれているんだ。裏切る訳にはいかない。


「だい、じょうぶなの?。」


「ああ」


 格好悪いところは見せられない。短くハッキリと、とびっきりの笑顔で。

 駆け寄ってくる愛し子ラヴィーを、ボロボロになった腕の中に迎える。

 ラヴィーは泣かなかった。まだ死という概念を理解していないのだろう。

 。それに当てはめて、そうはなって欲しくないだけ。

 悪く言えば子供の愛着。おもちゃを取られたくない駄々。

 それでいい。この子が兵器として戦場に立つ運命がある事を忘れるな。本来の立場を忘れるな。研究者と研究対象だと、努々ゆめゆめ

 両方が不幸にならないために、この一線は越えちゃだめだ。

 ラヴィーにはいつか、弟や妹が出来るだろう。

 そして戦場に立って…死ぬのだろう。

 俺は…責任を持ちたくない。

 散っていくであろう命に、怨嗟えんさの声を浴びせられたくない。

 どうしてラヴィーだけ……と。

 それはいまだ存在しない妄想だ。

 だけどいつか現実となる大罪だ。

 造られた命は命と言えるのか、なんて…答えが目の前にあるのに今更じゃないか。

 殺したくも、死なせたくもないのに……どうしてそんな道ばかりが目の前にあるのだろう?


「さ、ラヴィーも疲れただろう?今日はゆっくりお休み」


「うん…。」


 博士が連れて行く背中を見ながら、俺も休まねばと踵を返す。

 全身の痛みは湿布で誤魔化しているが、どうしても動かしにくさは感じてしまうな。こんな時、治癒魔法があれば…なんて思ってしまう。

 人造人間は一から造るから誤魔化せるが、既にある人間の肉体の一部を造るのは難しい。

 今の顕微鏡の技術だと、身体の構成を観測できない。魔法は対象への知識と理解が無いとうまく行使できない。

 だから治癒魔法も行使できない。できても血を乾かしてカサブタにする程度。


「両手が使えないんじゃ、どう過ごしたものか……」


「研究所に泊まっていけばいいじゃないか」


「博士⁉」


「そんな腕でどうする気だ?ちょっと目を離した隙にウロウロされちゃ困るな」


 困ると言うならこっちの方が困る。

 歳が離れているとはいえ、男女が同じ屋根の下というのはおかしな噂が立ちかねない。第一レーヴ博士は離婚したとはいえ娘もいる身だ。


「別に構わんだろう?そも、私は君を信頼している」


「周囲の目を気にしてほしいのですがね……」


「狂人を自称する者にそんな事が出来るとでも?」


「そうですか。ではお言葉に甘えさせてもらいます」


 言い出したら聞かないだろうしな。とあきらめ気味に返事をする。

 ラヴィーからしたら、ずっと一緒に居られるのはいい事だろうしな。

 俺はそう、思ってしまった。

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