第5話 十割コンボ

「博士、ラヴィーの戦闘訓練の準備が整いました」


「あー、やっとか。最近魔物が多いって聞いてたのに、魔物の捕獲に一か月も時間をかけられてしまったな。……よし、この案はよさそうだ。可、と」


「何をしていたんです?」


「みんなが出してくれた兵器の開発案のチェック。いい案が多くて逆に困ってしまいそうだけどね」


「研究熱心はいいですが、体調にも気を付けてくださいよ?」


 博士は今疲れがたまっているように見える。男なのに筋肉のない自分ヘルムより虚弱きょじゃくそうだ。それは研究に打ち込んでいるという証だが、彼女が倒れてしまえばこの研究所の柱は誰にも務まらないのだ。自愛してほしい。


「なんの、いつ魔王が攻めて来るかもわからないのに、うかうかしていられないさ」


「研究熱心もほどほどにして下さいね。…各計測器、計測開始。ではラヴィーに合図を出しますよ」


「始めたまえ」


 博士はまっすぐ見る。三重さんじゅうになった鋼鉄製の柵を、その向こうのラヴィーを。

 魔物を閉じ込めている、もはや鉄塊と言った方が良いぐらいの檻が装置によって開かれてゆく。

 心配だ。ラヴィーはここ二か月間ほど、戦うどころかマトモな運動すらしていない。もしもがあったらいけない。俺の魔法が効くかは分からないが、せめて準備はしておこう。


「VEEEEEEE‼」


 狼型の魔物が威嚇いかくとともに檻からまろび出る。

 なんだ?以前研究で見た魔物とは様子が違う。魔物は生物を見たら即座に攻撃するはずなのに……

 だがこの魔物は微動だに……いや!動いた⁉機会をうかがっていたのか⁉


「クソッ‼」


 ラヴィーは構えも取っていない!訓練は失敗だ!助けないと‼


「待て!ヘルム君‼」


「博士⁉何を⁉ラヴィーの身が危ないんだぞ⁉邪魔しないでくれ‼」


「VE‼」


 少女のその喉元に、キバが付きつけられる瞬間なんて見たくない。目をつむり、恐ろしい破壊音を聞くしかなかった。


 ドゴッ! ドゴドゴッ‼ ドガガガガガガガッ‼




 ……長くないか?いや、魔物は狼型だぞ⁉こんな攻撃音は…⁉


「とーーぁっ。」


 目を開けると、壁に叩きつけられた魔物が霧散するところが見えた。


「ほう…蹴り上げからカカト落とし、浮いたところを膝蹴りで更に浮かせて連撃に繋げる。フィニッシュに後ろ回し蹴り。見事な戦闘能力だね」


 俺はポカンとするだけで何が起きたのか分からなかった。

 ラヴィーは読書と食事以外に大した興味を持っていないと思っていた。それ以外をしているところを見た事が無かった。彼女は平和を好む少女だと。

 それは間違いだった。この少女は魔物を倒すためのだ。そう造られた。

 逃れようのない事実を、俺はそれを忘れていた。


「ぶいー。ほめてー。」


「よしよし。今開けるからねー」


「あ、ああ。よく頑張ったな、ラヴィー。今日はご飯多めにしようか」


「やったー。」


 そんな他愛のない会話の中で、戦慄せんりつした心を落ち着かせる。


 魔物を素手で倒した……⁉そんなバカな⁉魔物の堅さは訓練を積んだ兵士が武器を使ってやっとだ!個体によって差はあるが、弱くてそれなんだぞ⁉

 ……強すぎる。

 魔法も使わずに人間ヒューマンの兵士を軽く凌駕りょうがする戦闘能力があるとは。




「…博士は理解していたのですね。ラヴィーの強さを」


 食事が終わり、何事もなかったかのように寝息を立てるラヴィーを横目に、博士は計測結果を眺めている。


「ああ、想像より少し上だった。予想外がこんなに嬉しかった事はないね」


「そうですか。では今後のラヴィーの予定はどうします?」

「戦闘訓練を積ませるなら、こちらから魔物を探したほうがよさそうですが?」


「そう言うと思ったよ。ラヴィーを外に出したいんだろ?」


「バレましたか」


「分かりやすいんだよ。君は。だがそうするといいよ。こっちは嫌な予想外」


「魔物の発生は増えているのに、討伐隊が組織されて逆に出会いにくくなるとは…」


「そうだね。あまり人目に見せたくないが、背に腹…か」


「どうして人目を気にするんです?ラヴィーはどう見ても普通の少女でしょう?多少美人でもそう厄介ごとがあるとは……」


 ラヴィーとはもう四か月の付き合いだ。大分だいぶこの少女について知っている。

 何がある訳でもない、ただの少女に近いんだ。この閉鎖空間に閉じ込めるのは可哀そうだし、特に精神面の成長のために外に出してやりたい。

 読み書きをほとんど出来るようになったのに、未だに言葉が片言カタコトなのだ。それに表情ももっと豊かになって欲しい。

 兵器に求める事ではない。だがその命を危険にさらす使命に対して、があってもいいじゃないか。そうじゃないと…報われないじゃないか。


「執行官を知ってるかい?」


「…いえ?行政の職員ですか?」


「そっちじゃなくて、機密組織の方。国を脅かす者の排除…その執行官だ」

「奴らは鼻が利く。いちゃもんを付けられると面倒でね、最悪処刑されてさらし首さ。な?関わりたくないだろ?」


「…なんでの情報を知っているのかは聞かないでおきますが…確かにラヴィーについては、言い訳しようとするほど墓穴にはまりそうですね」


「だろ?狂人マッドとしては邪魔でしかないよ」


「わざわざ彼らの間合いに侵入はいって言う事ですか?」


 確かにこれは他言無用の機密事項だ。文字通り、首が飛びかねないとは。

 俺の鼓動は、ラヴィーが魔物を吹き飛ばした時以上に飛び跳ねていた。

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