第3話 名前を入力してください

「……そして魔王は勇者によって倒され、封印されました。しかしその犠牲も大きく、人々は栄えた文明を放棄せざるを得なくなったのです」


「おー。」


「ほんと、お前はその本好きだよなぁ。あ、レーヴ博士、今日はクッキー買ってきましたよ」


 王立研究所の別棟でこの子の世話をし始めて3か月。この生活にも慣れて来た。

 何より彼女が暴れなくなったのが大きい。本当に。本っ当に。

 好奇心の大きさは知識の吸収に繋がり、今では簡単な会話なら問題ないほどだ。

 この調子なら行動範囲を広げても大丈夫そうだな。

 …そう考えていると、とんでもない事に気づいてしまった。


 


 割と世界中にそういう者はいる、孤児だったりの理由があるのだが、通り名を自分で考えるくらいはしている。

 よほどの強者でない限り、群れる方が利点が大きい。群れるならそれぞれの名前が無いと不便だ。といった具合に。

 それに比べてこの蒼い少女はヘルムとレーヴ博士、そしてこの空間だけの狭い世界でしか生きていない。衣食住、すべて面倒を見てもらっていた結果、名無しで3か月もの時を過ごしてしまっていた。


「…博士、この子の名前は?」


「つけてない」


「やっぱりですか……」

「一応聞いておきます。名前を付けてはいけない理由は……ないですよね?」


「好きにしたまえ~」


 ニヤニヤして……多分、自分の付ける名前のセンスが微妙だって自覚しているから、人につけさせようとしているな。

 俺だってそんなに得意じゃないんだけど、まあ仕方ないさ。


「では、愛し子ラヴィーというのはどうでしょう?」


「……君も大概だな。兵器として創られたって知ってるくせに」


 そうとも、だから少し意地の悪い名前を付けさせてもらった。普通の名前としてはあまりいいものではないが、意趣返しとしてはかなりセンスがいいと思う。

 当の本人ラヴィーは好き勝手に本を読み漁っている。そう何冊も広げてちゃんと読んでいるのか疑問ではあるが、この先にある役目のために少しでも知識を得ようとしていると信じよう。

 そう、


「今現在、私たちは二度目の魔王の脅威にさらされているんです。ラヴィーにはその慈愛でもって、私たちを救ってもらいたいのでね」


「愛とは炎に例えられることもあるのさ。熾天使セラヴィーは何をもたらすかね」


「せら……?それ?」


「800年前にいたとされる種族…かな?断片だけしか遺っているものが無くてね」


 博士はそう言うと少女…ラヴィーの名前を呼び、クッキーを食べさせた。口まわりについた食べ残しをふき取って、頭を撫でて……親子のように。

 博士は一体何を考えているのか。

 ラヴィーに名前も与えず、兵器や実験体として見ているのだろうか。

 ならばなぜ、そんな風にラヴィーに愛情を向けているのか。

 どちらが本当で、どちらが建前なのか。俺には、分からないです…博士。


「ああ、そうだ。ヘルム君、魔物用の強化檻、準備できた?できたら傭兵に捕獲依頼を出しておいて。そろそろ、だからね」


「ラヴィーの戦闘訓練…ですか。戦えるのでしょうか?」


 言っては何だが、ラヴィーは戦闘に向いた性格ではない。

 身体能力は高い、その身の半分が魔法であるため、魔法もすぐに習熟した。

 だが問題なのは感情。

 3か月間過ごして分かった。表情のとぼしいラヴィーだが、それなりの感情はある。食事や間食の時が一番わかりやすく、口角がわずかに上がるのだ。

 本当にわずか、気のせいのように見える差異。

 その差異を見分けながら感情を推察した結果、ラヴィーの性格は楽観的、楽天的、ありていに言って、ただの子供と変わらない、純真無垢。


「心配性だね。情が移ったかな?」


 情がわかない筈もないだろう。ラヴィーの見た目は美しい少女だ。恋情は無いが親心のようなものくらいある。


「博士こそ、せっかくの最高傑作を壊されたくないでしょう?」


「まさか。そんなにヤワじゃないよ」

「じゃ、私は仮眠をとった後会議の予定なんだ。後はよろしくね~」


 博士はそそくさと本棟に行ってしまった。仮眠ならそんなに急がない筈だが…


「………そんなにラヴィーって名前が気に入らなかったのか?」


「…?。」


 ラヴィーは既にクッキーを一箱、食べつくしていた。

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