第2話 倫理は投げ捨てるもの

 博士にこの水槽の中の少女の面倒を見るように言われてはや二か月。ヘルムは限界を感じていた。


 博士は面倒を押し付けたのか?最初の一か月はよかったさ。水槽の中の彼女は大人しいものだったしな。こちらに興味を持つこともあったが、自分がそこから出られない事を理解してもいた。

 唯一の問題は毎日の診察の時に全裸だという事ぐらい。その程度自分ヘルムが自制すればよい事だ、想い人だっている、耐えれぬ理由がない。そもそも水槽の中に異物は入れられない。彼女の身体は人工物つくりものなのだ。確実に安定するまで安全策をとらねばならない。


 そうして迎えた彼女の開放初日は散々なものとなった。


 泣いて喚いて、手当たり次第に物を持ち、投げるわ口に入れるわの大暴れ。その被害額は王立研究所の副所長じぶんの一か月分の給料が軽く吹き飛ぶ額であった。

 これがただの赤ん坊だったら止めるのに苦労は無かっただろうに、あろうことかこの少女は獣人ビーストに匹敵する筋力を持っていたのだ。ただの人間ヒューマンの自分にそれを止める術はなく、結果として、なついているレーヴ博士に止めてもらうことでその日は乗り越えた。

 博士がヘルムの言う事も聞くように、と言ってからは、自分の言う事もある程度聞いてくれるようにはなったが、依然として興が乗った彼女を止めるには博士だよりであった。


「…博士、なぜ私をこの子の世話係にしたのです?そもそも彼女は何者なんですか?核拡張型土人形ハイブリッドとは何ですか?この子の姿は土人形ゴーレムまとっているだけで、ほとんど人間に近い………分からない事が多すぎる…」


 ボロボロの姿のヘルムは、今は寝てしまっている、そうなった張本人の頭を撫でるレーヴ博士を質問攻めにする。博士は何かを聞かれてもその答えに辿り着くためのヒントしか教えない人であった。だが今回は例外であった。ヘルムの姿に同情したのかもしれない。


「この子はね……人造人間ホムンクルスを核にした土人形ゴーレムだよ。現状どちらも不完全なんだけど、それぞれ足りない部分を補い合わせているのさ」


 そう言うと博士は懐から一枚の紙きれを出す。それに書いてあったのは設計図。


「通常の土人形ゴーレムに、核として魔誘石まゆうせきの使用……?なるほど、魔力を集める性質を持つ物質、それを核にすれば土人形ゴーレム操作魔法の効率化が図れますが…彼女は人造人間ホムンクルス、魔法の使用者になれても、核にはなれないのでは…?」


魔誘石まゆうせき代替案スペア。大事なのは効率よりも魔法の継続使用の方だよ。裏面を見てごらん」


 ヘルムは言われる通り紙きれを裏返すと、その書き込みに驚愕する。よく表に移らなかったものだと思うほどギッシリ書かれている。遠目で見たら真っ黒に見えるだろう。そしていくつも重ねられた文字と計算式、その中に気になる文言を見つけた。


人造人間ホムンクルスにはが必要……?その場合人造人間ホムンクルスの寿命は従来の限界である二週間から大幅な延長が可能⁉」


「その通り、寿命は大分延びているよ。ざっと数十年ほどね」


「ちょっと待ってください⁉今までの人造人間ホムンクルスの寿命は極端に短かったのに、それを数十年も延ばすだなんて大発明じゃないですか⁉」


「寿命は単純に水槽の外に出たらの話だよ。水槽の中なら数年もった例もある。だけど外に出た瞬間寿命が尽きた例だってある。……それなら、自分の意志で動かせるゆりかご、それが殻の……土人形ゴーレムの部分の役目だ。そして核である人造人間ホムンクルスの役目は土人形ゴーレムを成り立たせる魔法の行使者、互いに互いを命綱とした薄氷の上の存在さ」


「……人造人間ホムンクルスは器を欲し、土人形ゴーレムは使役者を選ぶ…二つを組み合わせて独立した一つの生命に仕立て上げたと?」


 そう言ってから、恐ろしい事に気づいてしまう。


「……もしそうなら!彼女はこうして寝ている今もずっと!魔法を行使している事になるんじゃないですか⁉そんなの…脳が焼き切れてしまう‼」


 魔法を行使する際の注意点はいくつかあるが、最も発生しやすいのは使用者の疲弊。それによる事故。

 魔法は意思で発動する。相応に頭を使うのだ。そのため長時間の発動は避け、適度な休憩を取らねばリスクがあった。当然、寝ながらの行使など不可能。寝ながら食事をとるようなものだ。


「そうさ、常人ならね。この子は半分土人形ゴーレム……魔法そのものなんだ。魔法が魔法を行使する、これは矛盾にならない。意思で魔法を使えるのなら、魔法自体が意思を持ったとておかしくはないのさ。つまり、この子に負担なんてかからない。それこそ半永久的にね」


フタを開けてみれば……今まで人間ヒューマンの二割程度しか再現できなかった人造人間ホムンクルスの再現度を半分まで押し上げて、その短い寿命を延ばして、理論の中だけだった永続魔法の実現に成功した、と言うのですね……」


「それに、ロマンだった土人形ゴーレムの活用法も加えてくれる?」


 そう言い、レーヴ博士は寝ている少女の、く必要もないくらい滑らかな髪を撫でる。愛し子にするように、そっと、優しく。


「ああ、あとなんで世話係にしたのか、だね。単純な事だよ」


「何なんです?」


「君がフツーだから。ほんとに研究者?この子を実験体として見てないじゃないか。狂人マッドさの欠片もないね」


狂人マッドの最たる人に言われたくないですね!研究に熱中しすぎてたったの二年で夫と娘に逃げられた人に‼」


 ヘルムはこの残念な上司に呆れ返る。何よりも研究を優先する研究者に。

 そして、この完成品しょうじょができるまで、数百体もの素体きょうだい消費ころしたであろう狂人に。

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