第4話 トークデッキ

 金曜日に購入した本を読み、日曜には教会で祈り方を学んでいる内に休日が終わった。

 そして、月曜日がやって来る。

 週休三日になればいいのに。心の中で念じながら教室に入り、席に向かう。

 既に教室内にはかなりの生徒がいるが、誰も僕には話しかけない。否、話しかけることが出来ないのだ。

 この僕の覚醒した能力『ステルス・インビジブル』によって、誰一人僕を認識することは不可能!

 なんて、かっこつけながらそそくさと教室の後ろを背筋を丸めて通る。


「……お、おはよ」


 すると、突然、誰かに声をかけられた。

 バ、バカな!

 この僕の『ステルス・インビジブル』を見破るなんて……! まさか、このクラスにも僕以外の覚醒者が!?

 そんなバカなことを考えつつ顔を上げる。そこには、既に席についている神田さんがいた。


「あ、神田さん。おはよう」


 神田さんに挨拶を返す。そして、見つめ合う。

 挨拶をされたので、何か話すことがあるのかと思い、神田さんの言葉を待つ。だが、神田さんは何も喋らない。

 お互い喋らない無言の時間が流れる。


「あの……。席、つけば?」

「あ、うん」


 神田さんに言われて、漸く僕は動き出した。


 しまった。ただの挨拶だったか。

 人から話しかけられるときは大体、何か用事があるときだから今回もそうだと思ってしまった。


 少しだけ恥ずかしい思いをしつつ、席に着く。そして、いつも通りライトノベルを鞄から取り出して読み始める。


 神田さんに話しかけろよ! この意気地なし!

 そんな声が聞こえてきそうだが、生憎僕のトークデッキは切り札である”挨拶”を使ったため、もう使えるカードはほぼ残っていない。

 思いつくのはそれこそ今日の天気くらいだ。


 今日の天気って晴れ時々曇りらしいよ。降水確率は30%だって。

 へー。


 脳内シミュレーションの結果、会話のキャッチボールは一往復で終わることが分かった。

 どうやら、天気の話題を使うべき時は今ではないらしい。


 話しかける勇気はないが、神田さんの様子は少し気になる。チラリと視線を向けると、神田さんもこちらに視線を向けていた。

 バチッとぶつかる視線。慌ててライトノベルに視線を移す。


 どうしよう。何か言った方がいいかな?


 たまたま視線が会うなんて、僕たち周波数が合ってるね(ニチャア)。


 気持ち悪い。やめておこう。せめて、爽やかなイケメンスマイルが出来るようになってから言おう。


 ライトノベルを読みもせず、かといって神田さんに話しかけることも出来ず、悶々とした時間が過ぎる。


「……あ、あの小森――」

「神田さん!」


 神田さんが僕の名前を呼んだかと思えば、花宮さんの明るい声が響く。

 声のした方に視線をやれば、神田さんの席の横にいつの間にか花宮さんが来ていた。


「……なに」

「はうっ」


 びっくりするほど低い声で神田さんが返事を返す。

 ひえ……。

 神田さん、怖いよ! ほら、花宮さんも胸を押さえて俯いちゃってるし。


「ごほん! えっとね、神田さんの髪綺麗でいいなって思ってたんだ。何か髪の手入れでやってることとかあるの?」

「……べつに。それだけ?」

「う、うん。ごめんね。私ちょっと用事思いだしたから行くね」


 そう言うと花宮さんは小走りで教室を出て行った。その顔は少しだけ赤くなっていたような気がした。


 まずい。花宮さんは僕のアドバイスを聞いて、神田さんと仲良くなるために工夫をしたのだろう。

 でも、それが失敗に終わってぶちぎれているに違いない。

 僕なんかに話しかけてくれた花宮さんに恥をかかせてしまった……!


「「はぁ」」


 僕が漏らしたため息が誰かと重なる。横を見ると、そこには肩を落とす神田さんの姿があった。


 肩を落とす……? 神田さんが? 何で?


 神田さんの方をジッと見ていると、神田さんもこちらに視線を向ける。

 再び交わる二つの視線。


「なに?」

「あ、いや、何でもないよ」


 神田さんに向けていた視線をライトノベルに戻す。

 そして会話が終了した。



***



 午前中の授業が終わり昼休みが来る。

 午前中は英語の音読があったが、それ以外は特に隣の席の神田さんと話す機会は無かった。

 カバンの中からお弁当箱を取り出し、机の上に置く。それと同時にイヤホンとスマホを準備する。

 アニメを見ながらお弁当を食べる。一人だからこそ出来る至高のお昼休みの過ごし方だ。


 さて、今日は何のアニメを見ようかな。

 そう思いながら、イヤホンを耳に付けようとした時、ふと違和感を感じた。

 いつもと同じ教室。いつも通りワイワイ賑わうクラスメイト達。

 そんな中、いつもとは違うところが一つ。

 それは僕の隣の席だ。普段、昼休みは空席になっているそこに、今日は神田さんがいた。


「こ、小森」

「は、はい!」


 珍しいな。そう思っていると、丁度その神田さんに名前を呼ばれる。

 咄嗟に返事を返し、神田さんの方に顔を向ける。

 神田さんはお弁当箱を持って、やや俯いた状態でチラチラと僕の顔を見ていた。


「あのさ……小森って、いつも一人だよね」


 僕のガラスのハートにヒビが入る音がした。

 神田さんは事実を言っただけ。だが、事実は時に何よりも鋭利な刃物と化して人を突き刺すのだ。


「ま、まあね……」


 平然を装いつつ、笑顔を浮かべる。

 だが、動揺を隠しきれることは出来ず、若干声が震えた。


「そ、そうだよね!」


 そんな僕の心境も知らずに、神田さんは少し声のトーンを上げて、嬉しそうにしていた。

 酷いよ、神田さん。僕が一人だからって、それを喜ぶなんて……。


 心の中でめそめそと涙を流す僕。そんな僕を他所に、神田さんは胸に手を当てて何度か深呼吸した。

 そして、目つきを鋭くして、僕の顔を見る。


「あ、あのさ……よかったら、一緒にお弁当食べない?」


 何度か瞬きをする。

 僕はライトノベルに出てくるような難聴系主人公では無い。

 僕の聞き間違いでなければ、確かに神田さんは「一緒にお弁当食べない?」と言った。


「……え? 誰と?」

「あんた以外いないでしょ……」


 神田さんは若干呆れながらそう言った。

 僕と!?

 そ、そんなバカな。僕が誰かにお弁当を食べよって誘われる日が来るなんて! 今日はお赤飯だ。

 いや、その前に返事を返さないと。


「僕でよければ喜んで」

「本当?」

「うん」

「じゃあ、いい場所あるから付いてきて」


 神田さんはそう言って席から立ち上がる。

 そして、教室の扉に向けて歩き出した。それを見て、僕も慌ててお弁当とスマホを持って、席から立ち上がり、神田さんを追いかけた。


 一人の時間が至高? 知るか!

 一緒に食べてくれる人がいるなら、食べたいよ!


 神田さんが向かった先は屋上……ではなく、屋上の前の階段だった。

 うちの高校では、平時に屋上が解放されておらず、教員の許可が無いと屋上には入れない。

 だからこそ、屋上に続く階段は人が殆ど通らない。


「そのへんに座れば」

「うん」


 神田さんが座っている場所を見て、何処に座るか考える。横だと馴れ馴れしそうだし、斜め前だとスカートの中身が万が一見えた時にセクハラで捕まってしまうからだ。

 いや、でも斜め後ろもまるで、僕が神田さんよりも上だと言っているみたいで失礼な気がした。

 散々迷った末に、僕は斜め前を選んだ。僕が後ろさえ向かなければ問題ない。


「何で一段下に座ってんの?」


 神田さんはほんの少しだけ不機嫌そうだった。


「いや、だって横だと馴れ馴れしいかなって」

「教室だったらいつも横じゃん」

「そうだね」


 会話が途切れる。暫く、沈黙が続いた。

 とりあえず、お弁当を食べよう。そう思い、お弁当箱を開ける。次の瞬間、神田さんが階段を一段降りた。

 そして、僕の横に腰かけた。


「神田さん? いいの?」

「どこに座ろうと私の勝手でしょ。……文句あるの?」


 そう言うと神田さんは横目で僕を見る。

 あるわけがない、それを伝えるべく僕は首を横に振った。

 僕の様子を見てから、神田さんは小さく吐息を漏らす。それから、自分のお弁当箱を開いて食べ始めた。

 神田さんに続くように僕もお弁当を食べ始めた。



***



 黙々とお弁当を食べ進める。

 僕も神田さんもかなり礼儀正しいらしく、一言も言葉を発していなかった。


 ……あれ? 誰かとご飯食べるのってこんなに気まずいの?

 もっとワイワイ楽しいものだと思っていた。


 助けを求めるように神田さんの方をチラリと見る。すると、神田さんと目が合った。


 こ、ここだ! 話しかけるならここしかない!


「「あの!」」


 重なる言葉。

 生み出される気まずい時間。


「神田さんからどうぞ」

「いや、別に大したことないから。小森が話しなよ」

「いや、僕も大した話じゃないし……」

「そうなんだ……」


「「…………」」


 広がる静寂。行き場を失くした箸が弁当箱の上で円を描く。

 ここで黙りこくることも出来る。でも、それじゃダメだ。

 神田さんは僕に声をかけてくれた。なら、今度は僕が頑張る番だ。


「き、今日さ!」


 緊張のせいか、語尾が跳ね上がる。神田さんが僕の方を向いた。

 僕は真っすぐ前を向いたまま、続きを言葉にする。


「天気いいよね。晴れ時々曇り、降水確率は30%らしいよ」

「へ、へー。詳しいね」

「まあね。朝、天気予報見て来たから」

「わ、私も……見た」


 会話が途切れる。

 沈黙を無くすべく、次の話題を必死に探す。だが、僕より先に神田さんが口を開く。


「私は目覚めろテレビ。小森は?」

「ぼ、僕も目覚めろテレビだよ」

「そうなんだ」


 つ、次の話題!

 頭をフル回転させて、次の話題を探す。

 だが、時間がそれ以上の会話を許してくれなかった。いや、この場合は時間に助けられたと言うべきなのだろうか。


「あ、そろそろ時間だし、教室戻ろっか」


 神田さんはそう言って、立ち上がると、背中側のスカートについた汚れを軽く払う。


「うん」


 それを見て、僕もお弁当をしまい神田さんについていって教室に戻った。

 そして、席に着き教室を見渡す。

 教室ではいつも通りクラスメイト達がワイワイと楽しそうに会話をしていた。驚くべきことに彼らの間に沈黙は無い。


 皆、凄いなぁ。

 特に夏野君の周りなんて、ずっと笑顔が絶えないよ。

 僕にもあれくらいのトークスキルがあれば神田さんを楽しませることが出来たのになぁ。


「はぁ」


 思わずため息がついて出る。

 ため息をついても仕方ない。だが、今日の昼休みの調子だと神田さんに誘われることはもう無いかもしれない。

 それを思うと残念だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る