第3話 駅で出会う①

「じゃあ、行ってきます!」


 僕は玄関の扉を静かに開けながら、誰もいない静かな部屋に挨拶をした。


 時刻はまだ、4時を過ぎた頃。


 車通りのない道路横の土手の上も人通りはなく、世界はまだ眠りについたままだった。


 「はぁ〜」


 まだ、注文してから届いていない自転車のせいで、僕は一人暮らしの家から最寄りの駅まで、歩いて約一時間かかる道を歩いていた。


 ついたため息は4月でもまだ白く、寒さを僕に感じさせるには十分だった。


 僕はカバンからイヤホンを取り出し、音楽を聴きながら駅へ向かった。


 ー夢境駅ー


 「おはよう」


 突拍子もなくかけられた挨拶と触れられた肩に驚き、僕は後ろを振り返った。


 そこには、あの入試の時に受験票を見つけてくれた笑顔の似合う彼女が立っていた。


 「おはようございます」


 僕は彼女の挨拶につられて、ぎこちないながらも挨拶を返した。


 「ふふふ、久しぶりだね。えっとー……」


 「ハヤマ フユキ、葉山 冬樹です」


 「そうそう、葉山冬樹くん」


 彼女はそう言って、俺に右手を差し出した。


 どうして知っているように装うのかわからないが、彼女に倣ってその手を握り返して、


 「久しぶりです。先輩。えっとー……」


 「私は若月 凛花よ」


 そういった彼女の手は暖かくて、僕の手は徐々に元の体温を取り戻した。


 「若月先輩、どうして合格するってわかったんですか?」


 あの時からずっと気になっていた答えを聞ける嬉しさから、前ぶりもなく質問してしまった。


 それでも彼女は、優しく答えてくれた。


 「あー、あの時ね。うーん……、強いて言うなら『女の勘』かな」


 何か誤魔化されたような気がするけど、彼女の笑顔はそれを気付けなくするほどの魔法を秘めていた。


 「ほら、ぼーっとしてないで早く行くよ。電車に乗り遅れたら遅刻だよ」


 〈ジリリリリリリ……〉


 彼女の言葉を追うように鳴ったベルの音は、さらわれた僕の意識を取り戻してくれた。


 僕と彼女は階段を駆け降りて、「ドアが閉まります」の声がする寸前に列車に乗り込むことができた。


 

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