遠出ショッピング。


 程なくして、僕は初等部へ入学する年になった。

 ……本来なら、モルスと一緒に入学する筈だったのに。


 そう思っても、過ぎた事は仕方がない。寂しいのを堪えて、入学準備を始める。


「まず、手袋を買いに行くわよ」


 そう言い、アナスタシアは僕の手首を掴んで外に連れ出した。

 最近気付いた事だけど、手を繋ぐ時は手首を掴む方が。思い出してみると、お父さんやお母さんと手を繋いでいた時も、手首を掴まれていた気がする。


「手袋?」


 どうしてだろうと首を傾げると


「危険だからよ」


そう、アナスタシアは答えた。


 一体、何が危険なのか。それは分からなかったけれど、この世界で生きていく中で、いずれ知ることになるのだろう。


 とにかく、初等部6歳以上の年齢の子供と大人は手袋を付けている。きっと、それがこの世界の常識なんだろうと思うことにした。


「どこで買うの?」


「ピスキスの街。ベアトリクス……魚をくれる人の所よ」


 つまり、アナスタシアの友人に僕の手袋を見繕ってもらうらしい。

 ピスキスといえば、魚の刺身を食べる場所……だったっけ。


「お魚のお礼、言ってもいい?」


そしてあわよくば刺身が食べたい。醤油とかあるかな。


「好きにしたら。きっと喜ぶだろうから、会えたら言ってあげて」


アナスタシアはそう冷たく言うけど、楽しみにしているのか少し嬉しそうだった。

 一体、どんな人なんだろう。


×


 遠距離の移動には、魔術式を使うようだった。

 昔は汽車や車があったらしいけど、巨大樹木が生えて魔獣が凶暴化してから、魔術式での移動が一般的になったらしい。魔獣が汽車や自動車を襲いまくって運航が困難になったのだとか。

 この魔術式は魔女やフェレス家の悪魔とか、色々な人が研究に携わって出来たものだという。


×


「あ。おーい」


 ピスキスの街に着くと、僕達を見て近付く人影があった。


「ナーシャ、久しぶり! 元気にしてた?」


 満面の笑みで出迎えたのは


「……鱗?」


皮膚に少し、魚のような薄い鱗が生えた人だった。


「お、亜人を見るのは初めてかー? アタシは『鱗人』の亜人なんだ。ま、王都っていうかこの国アウルムだと変化がゆっくりだしなぁ」


亜麻色の短い髪の女性は、深い瑠璃色の目を細めて快活に笑う。


「……あの木が生えてからそうなっただけで、アンタはアンタじゃないの」


 アナスタシアは声を低くして、少し不機嫌そうに呟いた。


「んー、ま、ナーシャはそうかもだけど。周囲はそう思ってないみたいだよ?」


アタシは気にしてないけど、と呟きつつベアトリクスは周囲を見回す。


「で、何の用?」


「この子が初等部に入るから色々を買い揃えなきゃなのよ」


「へーぇ、この子が例の」


「……こんにちは」


 なるべく丁寧に、お辞儀をした。


「こんにちは。ちゃんと挨拶できて偉いねー」


するとベアトリクスはしゃがんで目線を合わせてくれ、にこにこと笑う。


「でもさ、それならナーシャの実家とかそこいらの方が良いモン揃ってるでしょ?」


そのままアナスタシアを見上げ、問い掛けた。


「折角だから、会わせてみようと思ったのよ」


「ふーん。……ま、それなりに良い品揃えてあげようじゃないの」

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