生食アブノーマル。


「普通はこんな事しないのだけれど……仕方ないわよね。あの子の頼みだし」


 僕を迎え入れてくれたのはブルネット色焦げ茶色の髪の、綺麗な女の人だった。冷ややかな琥珀色の目は長い睫毛に縁どられていて、クール系の美人だ。


「私はアナスタシア・アムニス。孤児院の院長をしているわ」


白い手袋に覆われた手を差し出されたので、握手だろうかと手に触れる。一瞬握ったと思った直後、ぱっと手を離された。


「え?」


 なんで手を一瞬だけ触って離すのだろうと、顔を見上げる。


「何か変だったかしら」


そう聞き返されて、「何でもないです」と首を振った。本当に、何もおかしくないと思っているような、堂々とした態度だったから。


 そして、孤児院にはたくさんの孤児がいた。


「託児場も兼ねてるから、預かっているだけの子もいるけれど」


最近はあの巨大樹木のせいで、孤児が増えているのだという。


「それはともかく。自立できるまで……分かりやすく言うと成人になる18歳までは、ここがあなたの家よ」


院長はにこりともせずにそう言った。この世界での成人は18歳らしい。


「それまでにあなたの家族が来てくれたら良いのだけど」


多分、あの惨状じゃあだれも助かっていないだろう。それが、酷く悲しかった。


 こうして僕は、孤児院の子となった。


×


 ちなみに、食事は焼き魚や貝を使ったものなどの海由来であろう食材が多めだった。


「知り合いで、海の上に住んでる子がいるのよ。それで、安く売ってもらっているの」


院長に理由を問うと、そう答えてくれた。


「あの、お刺身……ってありますか」


 孤児院で出される魚介類の食事は、すべてに火が通っていた。魚と言えば刺身だろうと思い、僕は聞く。というか、なんとなく刺身が一切出てこないことが不思議だった。


「え、刺身? あなた随分と奇妙なもの食べたがるのね」


意外な返答があった。刺身の文化がないのかと思っていたので、その返答に困惑する。


「奇妙?」


「あんなもの食べたがるの、ピスキスかフェレスの人、或いは物好きくらいよ」


「……?」


つまり、刺身という存在はあるけれど、一般的に刺身は食べられていない? 院長は苦笑と呆れに近い表情をしていた。


「まあ私も食べられるし否定はしないけど、あんまり人前で言わない方が良いわ。気持ち悪く思われてしまうから」


「…………そうなんだ」


そう言われて、なんだか気分が沈んでしまった。


「……生卵も食べたいとか、言わないわよね?」


僕の様子を見て何を思ったのか、そう問われる。


「生卵、あるの?」


「そっちは私も無理なのよね」


「無理?」


今度は「うわぁ」と言いたげな、ちょっと引いた顔をした。


「食べるのはアウィスかフェレスの人よ。……まあ、フェレスの人って海藻とか腐った豆とかなんでも食べるから」


「(腐った豆……納豆、みたいなものもあるのかな)」


フェレス、がどこかは分からないけれど、いつか行ってみたいかもしれない。


「それと。そう言う反応をすると転生者……特に日本とか言う国から来たって気付かれるわよ」


「え、」


思わぬ言葉に固まってしまう。


「ユリ……『大聖女カーディナル』様も、日本から来たって言っていたし、多分アイツも日本から来てるのよね」


「アイツ?」


「……『勇者ユウキ』。聖剣を失ってるからもう勇者じゃないらしいけど」


勇者がいるんだ。なんだか、不思議な感じだった。


「ここの人じゃない名前の響き……ですね」


タメ語で話しかけて、そういえばまだ4、5歳だったと思い出して慌てて敬語に直す。


「転生者だけど転生前の名前を名乗ってるとか。今は友人と旅に出てるらしいわね」


「へぇー」


転生前の名前……僕はもう忘れてしまった。


「あとは何も知らないわよ」


何か問う前に、牽制するかように言う。


「ありがとう、ございます」


「私は解説役やお守り役じゃないわよ。世話役だけれど」


院長は、はぁ、と悩まし気に溜息を吐いた。

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