第76話 神に問う

 「何だ、番犬がいるのか」ぅ~~~ん、と首をうしろにそららすと、αアルファ

 「あ~、何か用ですか」「あんたには用はねぇ~よ」

 「じゃぁ~」「そうだよ、女を襲いに来たんだよ」


 「そりゃぁ~」「部屋をのぞいたら、どっちの部屋にもいやしねぇ~」

 明乃あけのちゃんの策略さくりゃく通り、本当に襲いに来るとは、それもあっけらかんと。


 「てっきり、いい女相手によろしくやってるなら、ぜてもらおうと思って来てが、犬っころになって、追い出されてるとは、あんた何やってんだ」

 「残念でしょうよ。あっ、折角せっかくですからビールでもどうです。3日分を食べられちゃいましてね。ベーコンぐらいしか、あてはないですが」

 「いいのか」

 「真ん中のリクライニングチェアの前にクーラーボックス置いてるんで回って下さい」


 俺の反対側に回り虫よけネットをくぐる。

 「せまいな」3つも置いてるからでしょうよ。

 「お~、こりゃ、なかなかいい」


 リクライニングチェアに座るのを見て、クーラーボックスのランプを持ち、ふたを開ける。

 「どうぞ」「おう」じゃがざぁ~。


 「お~冷えてるな、ん~~~、バドワイザーか。ここいらじゃもう見かけないが」

 「持って来たでしょうよ」


 かぽ。「・・・あ~、久久ひさびさだが美味い」「このベーコンかりかりですよ」

 「ごちになるか」新しく、もう一枚。

 「ん~、美味い油だ。だがここの物にはかなわねぇ~な」「そんなに美味いんです」


 ごくごく。一気飲み、少しは味わうでしょうよ。「待ってな、ちょうどいいのがある」

 お~、住んでるだけあって、夜目よめが凄いでしょうよ。走っていたよ。


 かちゃかちゃ。がさがさ。あ~、良く見えないけど戻って来たでしょうよ。

 「おう、クーラーボックス開けてこれを入れてくれ」

 俺の方に来て、手にしている物を受け取れとジェスチャーするでしょうよ。

 クーラーボックスを開けて、まず両手に握っているボトルを受け取り入れる。


 「これは隣の椅子にでも置いてくれ」と食パンと、おっ、チーズか。

 「あいにく、バケットは喰っちまった」

 そう言いながら、反対側に回って虫よけネットの中に入り、リクライニングチェアに座る。


 「切るもんあるか」「あ~小さなナイフなら」

 バーベキューコンロの横、ベーコンを置いている付属の台の上に有った物を渡す。

 バーベキューコンロに手をかざし。「これならじかでもいいだろう」

 チーズを切って置き、隣に食パンも置いた。

 「これを飲んでみな」がざり。ボトルを1本取って差し出してくる。


 「コルクは抜いてある」「コップを」

 「ラッパ飲みでいいだろう。早く酔って寝ちまえよ。そうすりゃ女を襲える」


 「それは寝れませんね。受けて立つでしょうよ」

 「おっと、溶けて来たか」チーズを食パンに乗せる。


 「う~ん、安心しろ、最近の感染症騒ぎで、手を洗う習慣しゅうかんが付いちまった」

 生きていると、自分の身には気を使うんだな。ごくん。「!美味いっ」


 「だろう。山ぶどうを使って、趣味で作ってるのがいてな、畑の管理やら何やら、必要な金を稼ぐ分だけしいか売らねぇ~んだ。残りは全部自分で飲みやがる」

 「赤でも邪魔になりそうな雑味ざつみ絶妙ぜつみょうな味わいをかもし出してるでしょうよっ」


 「お~わかるか、俺は甘口はこのまねぇ~んだが、こいつはいい。これも食ってみろ」

 炭火にあぶられ、裏がかりかりになった食パン、その上でアイスの様にとろけている、先ほどから風が吹くたびにあまぁ~い香りをただよわせていたチーズ。


 ナイフを使い、半分に切り分ける。上手いもんだ。

 渡された物を口に近付けると、もう衝動しょうどうめられない。

 ばり。ん~~~程よい塩味、パンのさくさく感、鼻孔びこうに届く芳醇ほうじゅんな匂いが甘さを感じさせる。

 「美味いっ、何ですかこれっ」「もう一回ワイン、飲んでみろ」ごくん。


 「口に残るチーズと相俟あいまって、旨味が増し、飲み干したあとすっきりっ。このワインとチーズとパンがあれば、ほからないでしょうよっ」

 「だろう。チーズ馬鹿ばかがいてな、これでもかと言うぐらい手間をかけて作りやがる。だから数はできねぇ~。ここいらじゃ取り合いだ」

 田舎いなか、恐るべし。



 ワインとチーズの販売所を聞き、酒は再びバドワイザーに、さかなはかりかりのベーコンに戻った。

 四方山話よもやまばなしきたが、寝る訳には行かない。


 「人、殺した事ありますか」「今日会ったばっかりの人間に、随分ずいぶんな事を聞くな」

 「なははは、酔いが回ったでしょうよ」「あるよ。俺が生き残る為にな」

 なっ、なんなく認めたでしょうよ。


 「ほぉ~、余りおどろかねぇ~な」そらまぁ~知ってるから。

 「なら自首じしゅした方が」「証拠はね」

 その通り、自首じしゅしても、物的証拠が無ければ、事件にならない。


 「俺は神を信じている。だが、俺の前に1度も姿をあらわさず、救いにも来ねぇ~。そんなのに懺悔ざんげもしねぇ~、許しもわね」

 「では、何を祈るんです」「今俺がこうして生かされてる事に対しては感謝する」

 なるほど、普通に生活出来ている事自体が、許されているあかしと言えなくもない。

 だが、殺された方は、その遺族は納得いかない。


 「なぁあんた、俺はずっと神に問いかけている事がある。命に優劣ゆうれつはない、鳥もけものも魚も人も、等しく何物なにものにもがたとうとく重い。それは真理しんりか」

 「俺はそう思いますが、いえ・・・そうであって欲しいと思っているでしょうよ」


 「あんた今日、肉をらったろう、今もらってる。ここいらの牧草はおもに牛にあたえる。数はいないがに羊やヤギもいる。こいつ等と家にわれている犬や猫と何が違う」

 言わんとするところは、何となくわかるでしょうよ。


 「まぁ、家畜とペットですか」

 「同じ命だ。片や産まれる前から殺される日が決まってる。片や殺さなくとも、痛めつければ罪になる。なぁあんた、これは真理しんりか、俺にゃ傲慢ごうまんな人間の強弁きょうべんとしか思えね」


 「今の人は他者の命をかてにしないと生きていけない。はっきりとしているのはそこだけでしょうよ」

 「それは人が食物連鎖の頂点ちょうてんって、捕食者がいないからだろう。違うか」


 「先は分かりませんが、現状はそうです」

 「ならその捕食者が、同じ人と言うだけだろう」


 「中世まではそうだったかも知れません。いや、大戦中まではそうだった、と思う事も。でも権力を目指めざす者以外の人は気付いた。知識だけを拡大させた捕食者を容認すれば種が滅ぶ。人間だけじゃない地球環境自体をこわし、地上の生命全てを滅ぼす」


 「ふっ、ふふふ。こりゃ、でかい話だな」

 「いいえ、人が知識だけでなく知恵を持って文明を維持いじし、科学と言う真理しんり探求たんきゅうの先に必ずあると、俺は神以上に信じているでしょうよ。今はその過渡期かとき矛盾むじゅんを無くせませんが、きっと到達できる。・・・と信じたい」


 「がはははははっ、弱いなあんた。機会があったら屠殺とさつ場へ行って、おのれらった肉が、どうやって作られているか見て来るといい。涙を流しながら、尻込しりごみをして、こっちを見て懇願こんがんするっだ、止めてくれってよ。捕食者がいようがいまいが、生きてる者がみずかこのんで死にたい奴はいねぇ~。神父も牧師も坊主ぼうずも、まともな答えをくれなかったが、あんたみたいに神以外のところに答えがあるのかもしれねぇ~な」


 まさか殺人犯に、命の重さをさとされるとは思わなかったでしょうよ。

 「ちっ、今日は俺の負けだな、空がしらじんで来やがった。ワインとチーズは、紹介と言えば、俺の予約分を分けてくれる様に言っといてやる。話の礼だ」


 「有難う御座います。あっ、灰はどうすれば良いですかね」

 「お~灰を勝手にまくと、土が変わるからな。大きめのバケツと何か適当なふたを持って来るからそれに入れてくれ。燃えるゴミは月曜、今日と水曜だ。場所は俺の家の前の町道に置いとけば持っていてくれる。資源ごみとかはコピーをとびらにでもっといてやる。長くいる様なら回収業者と契約をしてくれ」



 虫よけネットを出ていった。今日はって、毎日これをするつもりなのか。

 「あああぁぁぁ~~~」たまらん。少しでも寝よ。

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