第65話 監視《かんし》

 営業活動が、余程よほどのストレスになっていたのだろうか。

 明乃あけのちゃんが倒れてしまった。


 まぁ~、そうかもしれない。

 有名大学を出て、内閣情報センター次長クラスの人間が、営業をする羽目はめになるとは思わないでしょうよ。

 うちの女性陣は優しい人ばかりだ。口は悪いけど。


 その苦労にむくいる為にも、どうしてもこの案件を解決させたい。

 まがなりにも探偵を名乗っているのは、伊達だてじゃない。


 今までの案件も、事件の全容を明らかにして来た実績はある。

 じいさん達もそれは認めている。だから続けられている。

 ただし、ことごとく解決にはたらず。古すぎて物的証拠が出ないからだ。


 探偵であるがゆえに、依頼料と諸経費しか請求できなかった。

 だがこの案件は、可能性が残っている。


 契約上解決に至れば、成功報酬で10億+αアルファが入る。

 過去を直接見れるのだ、それだけの価値がある、しかも業務の性質上非課税。


 これまでの赤字を補填ほてん出来、皆の苦労をねぎらかたち、臨時報酬も出せ、次回案件の準備費用も用意できる。

 明乃あけのちゃんにも余裕が出来るでしょうよ。



 ぱたぱたぱた。「明乃あけのちゃん」「だいぶ血色けっしょくが良くなったわ」

 はじめちゃんやフランソワーズがあおいだり、声掛けをしている。


 「ぅん~~~」おっ、意識が戻った。

 がばっ。「ほぉ~ほほほ、わたくし様に解けない謎はないのよ、ないのよ!」

 ぱちんぱちん。「明乃あけのちゃん、戻って来てっ」


 「・・・フランソワーズ、痛いじゃない。何故なぜ私があなたに叩かれないといけないのかしら」

 突然とつぜん上半身を起こし、得体えたいの知れない事を口走くちばしった。

 「覚えてないの明乃あけのちゃん、訳のわからない事を話してたのよ、あなた」


 「・・・ええ覚えがないの。ただ、中世ヨーロッパの様な世界観の中にいた様な」

 別の世界に行ってたんでしょうよ。怖いなぁ~~~。


 「マイハニー明乃あけの」「明乃あけのちゃん、具合はどうかな」

 「ジム、所長、もう大丈夫よ、心配しないで、有難う。はじめちゃんとフランソワーズも隣のソファーに戻って。これは」

 「私がデスクワークの時に使ってるのよ」「しばらりていいかしら」「ええ」


 ジムが席に戻ろうとはしないので、俺も明乃あけのちゃんとテーブルを挟んで前に立つ。

 この方が話しやすい。


 「それで明乃あけのちゃん、4人で話したんだけど、防護服は3人で、2着を着まわすよ」

 「それで回るの」「北の方だけど、今からだと猛暑の中の作業になるでしょうよ」


 「考えたプランは、犯行現場となった12畳の畳に、入り口付近からナンバーリングをして、防護服を着た2名がそれに従って1枚表をお掃除するの。表が終わったら一人が畳の一辺をゆっくりと持上げるわ、この時浮き上がった畳の縁を丁寧にお掃除機を掛けて、裏面が見えたら今度はそこをお掃除機。それが終わったら、畳が無くなった床をお掃除。これが1プロセス。中身が漏れ出ない様に紙パックを交換。紙パックにナンバーを書き、透明のビニール袋に入れて封をするの。次の畳の表をお掃除している間に、封をした物を外に待機している者に渡して戻る。この手順を12回行うのよ」


 「他の警官の皆さんはどうするのかしら」

 「αアルファγガンマの殺人容疑で捕まった後でしょうよ。αアルファのお仲間マフィアが邪魔しない様に、またΔデルタが立場を利用して入り込まない様に、刑事君達や鑑識さん達には壁になってもらおうと思うのよ」

 「それが終わったらどうするのかしら」「通常のガサ入れでしょうよ」


 「それでね明乃あけのちゃん、お掃除機の1台は私の所でちょうど買い替える予定だから、それを貸し出す事にするわ」

 「はじめちゃん、その手があったのね。内閣情報部詰め所も買い替えようと思っていたところだわ。私のところからも貸し出すわ」


 「有難う明乃あけのちゃん、紙パックと手袋、シューズカバーは鑑識さんも使うだろうから、警察の方で手配できるでしょうよ」


 「ほっ、少し気が楽になったわ」

 「なははははぁ~~~もう一つ相談があるでしょうよ」


 「へっ、マッ、しょっ、マッ、所長、まだあるの。ぅ~~~」

 「パパっ、明乃あけのちゃんが泣いちゃったじゃないっ」「ダディッ」

 「明乃あけのちゃんハンカチよ、使ってないわ」

 「あいがとぉ~~~はじめちゃん。ぅ~~~」


 「所長っ、こんどは何ですっ。先ほどのプランで、生体情報が残っていれば、十分に成果をあげられると思いますがっ」

 うわぁ~~~、精神退行起こしたかの様、少女みたいに泣いてるでしょうよ。

 でも必要なのよ。


 「ぁ~~~、明乃あけのちゃん、聞いて、欲しいでしょうよ」「ぅ~~~」

 「αアルファ残忍ざんにん悪辣あくらつなマフィアの末端まったんである事は、明乃あけのちゃんも調べが付いてるでしょうよ」


 「うぅぅぅ」「警察はこの組織になかなか手が出せずに苦慮くりょしてる」

 「ぅ~~~」「ここの動きが工作員によって漏れたら、必ず国外逃亡するでしょうよ」

 「・・・」「だから警察がαアルファγガンマの殺人容疑で拘束するまで、監視かんししてたいのよ」


 「でもαアルファの家は、γガンマ消息しょうそくった崖から直線距離で2kmほど離れた、一帯が牧草地の中にったのではないかしら」

 流石さすが明乃あけのちゃん。


 「そうでしょうよ」「パパどうやって監視かんしするの、テントなんか張ったらばればれ」

 「ダディ、町中ならともかく、牧草地なんて身を隠せる場所はないよ」


 「だから相談してるでしょうよ」

 「はじめちゃん、洗って返すわ」「ええ」立ちなおったみたい、良かったぁ~~~。


 「広域捜査こういきそうさ本部は何処どこに置かれるのかしら」

 「あの旧ルートATの地域は、γガンマ失踪しっそうと同じ管轄かんかつだったと思うからK警察署かな」


 「K警察署、Δデルタの足取りを追っていたのですが、1年ほど前に確か副署長として戻って来ていたと思うのだけれど」

 「「WOWワオ」」「本当なの明乃あけのちゃん」「嘘でしょうよ」


 「マッ、所長、知っていて話したのではないのかしら」

 「いやぁ~~~、αアルファが捕まれば、聞きつけて妨害ぼうがいしてくるだろうと思って、ファミリーらしいからね。βベータ1の事件では、αアルファのDNAサンプルを誤魔化ごまかしたぐらいだ」


 「でもパパ、24時間ずぅ~~~と見ている訳には行かないんでしょう」

 「フランソワーズそうなんだけど」

 「ダディ、日中はΔデルタのいるK警察署に出向でむいているんだろう」

 「ジムそうなんだけど」


 「無理なのではないかしら、マッ、所長」

 「ん~~~、Δデルタについてはかえって都合つごうが良い。事件当時は巡査部長のノンキャリアが、14年で昇進し副署長のポジションについているのは、警察組織の中では相当異例でしょうよ。目立っているはずだから、人の目が有って簡単には逃亡出来ないでしょうよ」


 「となると、αアルファを止めて置く方法が必要な訳ね」

 「はじめちゃん、何か思いつかない」「と、言われても専門外だし」

 「ダディがK警察署に行った時点で、Δデルタからαアルファに情報が伝わるんじゃないのかい」

 「パパの目的が分らなくても、警官が近付いて来たら警戒すると思うけど」


 言われてみればそうかも、いや、確実に警戒するでしょうよ。

 しかし悪事を重ねて来たと言う事は、それだけ場数を踏んでいると言う事でしょうよ。

 だとしたら、警戒はされても軽率な行動はとらずに、こちらの動きを見て来るでしょうよ。

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