第18話 第3観測点 朝の崖

 夜の星空のきらめきを、またたきを、小さなささやきを、朝の光は圧倒的なまぶしさで掻き消してしまう。

 そのかがやきが窓から差し込み、息吹いぶきが目覚め、時が加速度を得る。


 新たな世界が始まる。

 BGMはドヴォルザーク、交響曲第9番新世界より、第4楽章へ入る。


 力強く甘く香って来るモカコーヒー。

 フルーティーな強い酸味は、香りを楽しんでいる合間にも新世界の様に、あっと言う間に変わってしまう。

 一刻も早く味合わなければ、・・・嗚呼ああ、上手い。


 ロッキングチェアーに座り、揺蕩たゆた一時ひととき

 俺が求めていた職場がここに在る。


 つかつかつか。「所ちょ、うぅん、失敬しっけい、マスター」

 ふっ、俺の学習能力を見くびるんじゃない、明乃あけのちゃんっ。

 「あ~、俺」ばこっ。

 ・・・ぅ~~~、ぃ~~~たぁ~~~い。何故なぜだぁ~~~。


 「明乃あけのちゃんっ、俺は何故なぜお盆でたたかれたのかな、かなっ、善処ぜんしょするって言ってたよねっ、ねっ」

 「所ちょ、マスター、しましたよ、角はめました。ほら、この平たいとこで」

 角だったのかよっ、もう本当にめてっ。


 「本当に毎回言うけどっ、うちのお盆は木だよ木っ、暴力反対っ」

 「はぁ~、でも四角いお盆の角はさすがに痛いでしょう」

 血が出るわっ、今まで良く血を見なかったな。


 今でも痛いっ。「それでぇ~何」

 頭を押さえる俺、ねぇ~~~、これはパワハラにならないのぉ~。

 「おっ、この前の量子探偵業務の結果が出来ました」

 丸テーブルを挟んで向かいのロッキングチェアーに、大変立派なお尻が収まるのを待つ。


 タブレットが丸テーブルの中央に、立てて置かれた。

 「見て下さい。これです」

 明乃あけのちゃんが操作をすると、3D動画が再生される。


 「ん~~~、ナイスだね。1分後には一人目が来たね。誰、明乃あけのちゃん」

 「はい、先に調べさせて頂きました。γガンマの友人でした」

 ふん~~~、これはやっぱり明乃あけのちゃんが当たりだねぇ~。


 「早送りしてくれない。次の人物が現れるのって、確か8時55分ぐらいだよね」

 「そうです」「あっ、そいつ」

 明乃あけのちゃんが動画を止めて、がけのデッキの前に現れた人物を拡大表示する。


 「αアルファ、だね」「はい、間違いなく」

 「やっぱりΔデルタαアルファに連絡を」

 「この段階ではそうとは限りません。友人の可能性も」「ん~~~、どう言う事」

 「αアルファγガンマも、その弟、友人も観光タクシーが出ている同じ地域に住んでいるんです」


 「じゃぁ~以前観測したαアルファの家も」

 「ええ、このがけに近いです。それにγガンマαアルファを先輩と呼んでいる事を考えると」


 「γガンマの友人も、αアルファと顔見知りの可能性がある」

 「はい、まぁ~こう言う言い方は良くないかも知れませんが、狭い中の地域内ですから、可能性は十二分じゅうにぶんにあるかと」


 「そうか、まぁ、αアルファが捕まれば、そこはおのずと明らかになるでしょうよ。あ~γガンマの遺留品は誰が置いたのか見たいんだけど」

 「分かりました」

 明乃あけのちゃんが動画を動かすと、少し言い争った後、αアルファが手にしていた靴をデッキに置き、続いてγガンマが財布を出し、中に運転免許証が入っている事を確認した後で靴の上に置いた。

 そしてαアルファγガンマの腕をつかみ、強引に連れて行く。


 「それでは駐車場に移りますね」「お願いするよ」

 「8時55分前後と空間的にも時間的にもかつかつでした」


 「お~車のボンネットとフロントガラスしか入ってないね」

 「あっ、来ました」「これ見る方向変えても車全体は入らないの」

 「無理です、この座標を1回しか本観測してないので、予備観測でもたまたま入ったんです」


 「だよね。この駐車場幅だけでも20mは有るよね」

 「はい、長さは約60mです。今後の課題です。こんなに広い場所を1回の予備観測で見るのは現状では無理です。重力子の密度を上げないと」


 「無理無理無理、俺死んじゃうよ」

 「そ~なんですよぉ~、で、さくたんとはじめちゃんに話したんですけど、所ちょ、うぅん、失敬しっけい、マスターがぷちっ、とか、ふわぁ~、とかになってもいい様にクローンを造ろうかと」


 「そんなの隣じゃないんだから許されないでしょうよ」

 「いえ、そう言う問題ではなくてですねぇ~。マスターの子供を育てるみたいで嫌だなぁ~って、満場まんじょう一致で否決されました」

 何だよぉ~それぇ~。


 と、あほな話をしている間に、αアルファγガンマが車に乗り込み発進した。

 「明乃あけのちゃん、交差点」「ちょっと待って下さい。・・・ここです」


 「あっ、めてっ、明乃あけのちゃん車の正面は見れない」

 「出来ますよ」さすが3D、視点を変えるとフロントガラス越しにαアルファγガンマの顔を見て取れた。

 「間違いないようだねぇ~、動かしてくれる」

 動き出したハッチバックの車は、がけから見た時、T字路を右折していった。


 「βベータ1殺害に使用された車みたいだね。今はどうなってるの」

 「うちの者に調べさせました。かなり周到しゅうとうで、行方は分かりませんでした。しかし7月4日以降この車を見かけたと言う人は見つからず、いつの間にかαアルファの車は今乗っている物に変わっていたそうです」

 「そうかぁ~、じゃぁ~やっぱりこの先どこへ向かったのか、観測するしかなさそうだねぇ~」

 あれ、何時いつも喜ぶのに。


 「明乃あけのちゃぁ~ん、量子探偵業務をするよぉ~」

 「それがぁ~」「えっ、予算無いの、あれ、この前取ってなかったけぇ~」

 「あ~一応前回と同じ分の予算はあるのですが、ちょっと」


 「何、何時いつに無く歯切れが悪いねぇ~」

 「ん~~~これを追跡するには、交差点毎に予備観測をしないと駄目ですから、予算もそうですが、ミス・テリーとかぴたんが可哀そうかな、30分毎に途切れるのでいつも以上に疲れるのではないかと思うと、うっ、・・・ぅ~~~~~~」


 泣くかね。「そ、そうねぇ~、具体的に二人はどのぐらい持ちそうかなぁ~」

 俺もまだ死にたくないしねぇ~。

 「ぅ~~~、ロングの時は継続してカラオケで楽しんでいますので、余り苦にはなっていない様なのですが、ショートは30分毎に途切れるので、逆に長く感じている様なんです」


 「あ~~~、なるほど。で、ショート何点ぐらいになりそう」

 「正直何とも、何処へ向かうかで変化するので」


 「ん~~~、何回ぐらいなら集中できそうかな」「ひぐっ、ぅ~~~3回ぐらい」

 「そうかぁ~、予備観測って座標は変えれてたよね、時間は」「ぅ~私では」


 「さくたぁ~ん、はじめちゃぁ~ん、ちょっと来てぇ~、明乃あけのちゃん、お店閉めて」

 「いいんですか」


 「喫茶店の売り上げも大事だけど、実績と報告書を上げないと、どんな難題を押し付けられるか分からないかね。これ以上面倒なのはお断りだよぉ~」

 「閉めますね」たたたたたた。


 「何おっちゃん」「何です。閉めるのですか」

 「まぁ~ね。技術的な意見をね、欲しんだ。桜花、いてたね。課題を説明して上げてくれる」

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