第10話 第1観測点 暗黒の山中

 ロッキングチェアーに座り、朝の一時ひととき揺蕩たゆたう。

 ぎし、ぎしと椅子のきしむ音が、時の流れをゆるめてくれる。


 BGMにトッカータとフーガニ短調、荘厳そうごんとうとい存在を感じる。

 窓から差し込む光がまばゆい。


 コロンビアコーヒーの香り、漆黒しっこくの液体の上を湯けむりが踊る。

 苦みと強めの酸味が味わい深い。

 嗚呼ああ、俺が求めていた職場がここに在る。

 あの重労働さえなければ。


 つかつかつか。「所ちょ、うぅん、失敬しっけい、マスター」

 ふっ、そのわなにはもう掛からない。

 「あ~明乃あけのちゃん、俺はマスタ」ばこっ。

 なっ、何故なぜだぁーーー。



 「・・・ぃ~たっ、明乃あけのちゃんっ、俺は何故なぜお盆でたたかれたのかな、かなっ」

 「所ちょ、マスター、習慣しゅうかんですよ、習慣しゅうかんめてっ。


 「毎回言うけどっ、うちのお盆は木だよ木っ、暴力反対っ」

 「はぁ~善処ぜんしょしますね」

 嘘つけっ。「それでぇ~何」


 「あっ、先週の量子探偵業務、報告書と3D動画が出来てます」

 「それでっ、どんな奴っ」

 ロッキングチェアーの定位置で頭を押さえながら聞く俺、もう慣れた。

 明乃あけのちゃんが向かいのロッキングチェアーに座る。


 「まずは桜花が再現した3D動画を見て下さい」

 明乃あけのちゃんが見せてくれたのは、川のせせらぎが聞こえる真っ暗な闇の中を、慎重に進むヘッドライト。

 そのあかりは、車1台がやっと通れる幅の、高さ2mほどの橋の上でまった。


 ばたん。ばたん。前方の両方の扉が開き、見誤みあやまれば川床かわとこに落ちるだろうスペースに足を置き、車につかまりながら橋の上に立った。

 それぞれ車の左右から後方へ移動し、ハッチバックを開けた。

 明かりはヘッドライトのみ、それが草木や地面で反射し、辺りを夜目よめくていどにらし出す。


 大柄の一人があごをしゃくる。

 もう一人がうながされ何かをかかえる。

 それを確認したのだろうか、大柄な者も何かをかかえる。

 二人で引っ張り出した、重力に引かれ“く“の字に曲がった物をすり、大きく振れた物を1、2、3と無言であるに見事なタイミングで投げ捨てた。


 どっしゃん。水音と重量のある物が地面に衝突した響きが、闇に中の木々に吸われ、反響する事無く消えた。

 ばたん。ハッチバックを閉め、二人は息の合った調子で車の前方に移動し、乗り込むとすぐさまエンジンをかけ立ち去った。


 「明乃あけのちゃん、暗くて分かんない」

 「待って下さい。輪郭りんかくを強調して明度をあげます」

 ぉぉぉおおお~~~、見える俺にも見えるぞっ。

 「ん~~~、この大きい方どっかで見た様な」


 「この案件の報告書にあった、γガンマおどしていた男αアルファです」

 「あ~もうこの二人で決まりじゃない。でぇ~、もう一人のこの男は、報告書には無かった様に思うんだけど」


 「所ちょ、うぅん、失敬しっけい、マスター」そのくだりもういいよぉ~

 「先にうちの者を使って調べさせました」「相変わらず仕事、早いねぇ~、でぇ」


 「直ぐにわかりました名前はΔデルタ、この事件の捜査にも関わっていて、例の恐喝きょうかつ事案の担当者でもあります」

 がたっ。思わず立ち上がっちまった。落ち着けぇ~、座るんだ。かた。

 「・・・御免ごめん、つまり現職の刑事が犯行に関与していた、てっ事」


 「そうなります」

 「じゃぁ~、被害女性から採取されたちつ液混合斑痕はんこん、そこからミトコンドリアDNA2パターンが検出されてたよね」


 「恐らく、この二人で間違いないかと」

 「え~、ちょっと待って、Δデルタはともかく、αアルファはDNAの提供を求めてないの」


 「当時、鑑識かんしきを担当していた者に聞き込んで来ました。提供を受けた、しかし結果は不一致だったそうです。従って最有力容疑者のγガンマで固まったそうです」

 「そんな事あり得る」


 「その者によると、提供を受けたサンプルが違っていたのでは、と、うたがってもう一度提供を求めたらしいのですが」

 「ことわられるわな、正式な手続きを踏んで提供したんだし、でもそれ可笑おかしくない」


 「ええ、それで内密にそのむねを上に上げたところ、緊急の内部監査をしたらしいのですが、その者からの情報提供はそこまでです」

 「あ~内通者ないつうしゃうたがったが、・・・わからなかった」


 「恐らく、内通者ないつうしゃがいて、サンプルをすり替えた事をうたがった。しかしその存在を明らかにできず、内内うちうちで処理する事が困難になった」

 「くっそぉ~、何て事をしてくれたんだ。内通者ないつうしゃどころか共犯じゃねぇーか」


 「γガンマ失踪しっそう前、自殺の名所の展望台で、警察らしき者と電話で話していたと言うのが事実なら、Δデルタと話していた可能性が高く、αアルファにその内容や居場所が筒抜けだったと思われます」

 「明乃あけのちゃん、γガンマの遺留品は展望台で見つかったけど、遺体は見つからず、だよね」


 「そうです。この後警察は、自殺を偽装ぎそうだと決めつけγガンマを容疑者と断定、賞金しょうきんまで掛けていますが、捜査は継続されていません。形だけです」

 「賞金しょうきん掛けても、容疑者が見つかる可能性はほぼゼロだよね」


 「はい、γガンマは何者かが連れ去り、殺害、遺体を山中にでも遺棄、海でなければ良いのですが、いずれにせよ、後2回ぐらいは量子探偵業務が必要かと」

 「何時いつの時代の警察なんだよっ、容疑者の失踪しっそうを利用して身内の汚点の隠蔽いんぺいに利用するとは。警察と犯罪者の利害りがいが一致してどうすんだよっ」


 「マスター」

 「所長でいいです、するよする。こんどはちゃんタオルと着替えを用意しとく、ジャージも着て来るよ」


 「速攻で帰って、用意して下さい」「えっ、今日するの」

 「え~~~まぁ~、ミス・テリーから要望が出てましてぇ~」「一応聞くよ」


 「『アニソン&ロックもあり』にして、と言う事で」

 「分かりました」「了解っ」いい返事、カウンターに向かって又親指立ててるよ。

 「じゃぁ~俺も、ビー」


 「だめっ、所長、税金なんですよ、わかってますっ」

 「はい、すみません、言ってみただけです。それで予算は確保できるの」


 「大丈夫です、見越して今回ともう一回、この前と同等の観測が出来ます」

 「苦労掛けるねぇ~」「私の妹達の為です」

 「そうか、じゃぁ~観測するポイントと手順はどう考えてる」


 「そこなんですけどぉ~、目撃者が見当たらない事から、αアルファの自宅が暴行の現場では無いかと。それを予備観測で確認すれば追えるのではないかと」

 「お~なるほど、遺棄現場からαアルファの自宅までどのくらい時間がかかるか分かる」


 「はい、分かってます。高速を使って約2時間です」

 「て事はだ、遺棄が7月1日午前2時半ごろ、引く2時間」


 「αアルファの自宅から7月1日午前0時半ごろに遺棄現場へ向かった」

 「暴行したその時間帯にΔデルタもいた」


 「ええ、それでαアルファの自宅の間取りなのですが」

 明乃あけのちゃんがタブレットを見せてくれる。

 「細長いね。玄関からリビング、奥に10畳の洋室、その奥に12畳の和室。明乃あけのちゃんさぁ~速いよねぇ~、俺、資料室に帰っていい、名前で来ちゃた見たいだし」


 「だぁ~めですよ。クッションになってもらう為に来てもらったんですから」

 「明乃あけのちゃんが俺の平温へいおんな日々を奪った犯人なの」


 「αアルファは奥の和室を寝室にしているみたいです。犯行現場もここではないかと」

 「わっかりました、やりますよ。それでこの日6月30日、Δデルタは何時まで勤務してたの」


 「21時半頃に勤務を終え、αアルファの自宅まで約1時間ですが、署の近くで食事に立ち寄り、22時半ごろ店を出たそうです」

 「するとαアルファの自宅に着いたのは23時半ぐらいかぁ~」


 「そうなります」

 「Δデルタαアルファの自宅に入る絵が欲しいね」

 「確実に確定させるために欲しいですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る