第60話 忍び寄る少年

「!!」


 後ろから気配もなく近寄ってきていた小さな男の子が、一瞬の間に私たちのカバンを奪い走り去る。…いや正確には、走り去ろうとした。


「っ!!」


 しかしアースはその気配を事前に感じていたのか、男の子がカバンを手にしたのと同時にその手をつかんで、強奪ごうだつを阻止したのだった。

 アースは男の子がケガをしない程度に彼の体を取り押さえ、口を開く。


「…君、どうしてこんなことを?」


「…」


 男の子は答えず、ただただうつむくだけだった。


「ね、ねえアース、この子…」


 私の言葉に、アースはうなずいて返事をした。私がこの子を見て思ったことを、アースもまた思ったのだろう。…この男の子、見るからにものすごく痩せている…それに身にまとっている衣装もぼろぼろで、足に至ってはなにも履いていなかった。ここに来る前に何人かの子供たちとすれ違ったけど、誰一人としてここまでひどい状態の子どもはいなかった。

 私が男の子に話しかけようとした時、アースがあることに気づいたようだった。


「…君もしかして、ハント伯爵の…?」


「っ!?」


 アースの発したハント伯爵という言葉に、分かりやすく反応して見せる男の子。…私もその名前は耳にしたことがある。確かイリエさんにも負けないくらい堅い性格の貴族家の人で、皇帝陛下からの信頼も厚かったけれど、最近突然病死してしまったって…

 …でもアースは、どうして彼がそうだと気付いたんだろう…?


「…そうか、突然ハント伯爵がご病気で亡くなってしまって、それで君は」「違う!!!!」


 それまで沈黙を貫いていた男の子は突然、アースの言葉を叫んでさえぎった。


「違う…お父さんは…殺されたんだ…!!!」


「「っ!?」」


 彼の口から放たれたとても穏やかではない言葉に、私もアースも驚愕きょうがくしてしまう。


「…良かったら、私たちに詳しく話してはくれない?私たち、必ず君の力になれると思うの!」


 気づいた時には、私は自然にそう言葉を発していた。男の子は少し考えるそぶりを見せた後、私たちに話を始めた。

 男の子の名前はスカイ君と言って、アースが見抜いた通りハント伯爵の子どもだった。お父さんとお母さんとスカイ君の三人で幸せに暮らしていたある日、突然伯爵の死の知らせが届けられたという。彼のお母さんはそれに大きなショックを受け、精神的にかなり削られてしまい、今はほぼ寝たきりの状態だという。

 しかも伯爵の死と同時に、見知らぬ男たちが突然伯爵家に押し寄せ、そこにあった金品などのことごとくを奪って行ってしまったというのだ。

 それで君はこんなことを?…と彼に聞こうとしたけど、聞く必要もないと感じた。彼の表情を見れば全てわかる。彼がこんなことをする理由は間違いなく、お母さんのためなのだろう。…子どもを雇ってくれる働き口なんて帝国にはどこにもないだろうし、こうするしかなかったのだろう事が容易に想像できる…


「…ありがとうスカイ君、すべて私たちに話してくれて」


 話すのは辛かっただろうに、スカイ君はすべてを私たちに話してくれた。私は自身の右手をそっと彼の頭の上に置き、私ができうる最大限の優しさで頭をなでた。…彼は私の言葉にうなずきながら、両瞳に涙を浮かべていた。

 私は一瞬アースの顔を見て、目で合図を送る。彼が少し笑いながらうなずいて私に返事をしてくれたのを確認して、私は再びアース君に言葉をかける。


「アース君、君の家まで案内してはくれない?今の私たちでも、何か二人の力になれると思うの!」


 彼は力強くうなずき、私たちの思いに答えてくれた。私とアースはスカイ君の案内の元、目的地を目指して足を進め始めた。

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