第31話 風邪

「ゲホッゲホッ…」


「うーん…これはかなり熱があるね…」


 私は珍しく風邪をひいてしまい、朝からお部屋のベッドで寝込んでしまっている。…あんな環境で育った身だから、体の強さにだけは妙に自身があったんだけれど、ジンさんの言う通り油断大敵だったらしい…


「…ごめんね、エステル。毎日毎日無理をさせてしまったせいだね…」


「そ、そんなことはっ…ゲホゲホッ…」


 …なんだかみっともない気持ちでいっぱいになる。お屋敷の仕事の量も勉強の量も、アースの制止を破って増やしたのは自分自身だというのに、結局こうして体を壊してしまい、みんなに迷惑をかける結果に…


「エステルを頑張らせすぎちゃったね…屋敷の事は僕たちに任せて、今はゆっくり体を休めるんだ」


「で、ですが…」


 私たちの関係を妨害しようとしている連中は、明日にでも何かを仕掛けてくるかもしれない。…私たちには、こんなことに時間を取られている余裕はないというのに…

 しかし動きたいという意思とは裏腹に、体の方は正直だった。全身におもしをつけられてしまっているような感覚の前に、私は成すすべなく硬直する。


「…ごめんなさい、アース…」


 そう言った私に少し近づき、ほおに優しく手をえるアース。私の顔は風邪のせいで熱をびているせいか、アースの手がひんやりと感じられ、それがとても心地よかった。

 彼は笑みを浮かべながら、優しく言葉をかけてくれる。


「君が責任を感じることなんて何もないよ。気づけなかった僕の責任だ。愛しい人の不調なんて、本当なら僕が一番に気づかなくちゃいけない事なのに…」


「ア、アース…」


 私たちがしばらくの間見つめ合っていた時、不意に外から声がかけられる。


「アース、いるか?」


 ジンさんの声だ。…会議か何かの時間になったんだろうか…?

 途端、返事をしようとした私の口を、アースが自身の口でふさぐ。


「んんっ!」


 い、いくらなんでもこの状況を見られるのは…恥ずかしすぎるというか…!!!


「アース?…いないのか…」


 …返事がない事で不在と判断したのか、ジンさんの足音が少しずつ遠くなっていくのが分かる。…そもそもここは私の部屋だから、ジンさんはきっと私が風邪で眠っていると考えたのだろう。

 …しばらくその時間が続いて、私の唇はようやく解放される。


「っも、もう…あ、危ないったら…風邪、うつっちゃうかもしれないし…」


 …ただでさえ体が熱いのに、おかげで一段と熱くなってしまう。


「大丈夫大丈夫!むしろそれなら全然ありなくらいかな♪」


 いたずらっぽく、明るく微笑むアース。…公の場で見せる凛々しい彼の姿はどこへやら、私の前でだけは、こういう姿を見せてくれる。


「そんなこと言って、本当にうつっても…むぅっ!!」


 再び彼は私の唇をふさぎ、驚いた私の顔に満足したのか、そのまま去って行ってしまう。

 …おかげで体が火照ってしまい、全く満足に眠れなかった…


 そして数日後…


「あっ頭痛いいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」


「もうっ。キスは当分お預けですからねっ」


 案の定アースに風邪がうつってしまい、屋敷中が大混乱になってしまったのは、また別のお話。

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