第32話 嬉しい言葉、嬉しくない言葉

「に、似合ってますかね?」


「いい!すっごくいい!」


 私の姿をまじまじと見つめた後に、アースがそう言葉を発した。…いつも勉強を頑張っているからと、突然髪飾りをプレゼントしてくれたアース。藍色の、小さな蝶々をモチーフにしているそれは、私には美しい宝石のようにさえ見えた。


「…」


「…」


 …ど、どうするのこの空気!!二人ともすっかり顔が赤くなってしまって、黙り込んでしまう。お互いに視線をちらっと合わせては、そらしてしまう…それの繰り返し。私がなんとか話題を変えようとした時、突然ジンさんがアースの部屋に押しかけてきた。


「おい二人とも、まずいことになった!!!」


 その迫真の表情から、ただ事ではないという事を私たち二人は瞬時に察する。


「どうした?何があった?」


 さっきまでの表情から一転、アースは非常に冷静に言葉を返す。


「カーサ皇帝府長が緊急の皇帝府会議を開くことが決まって、お前たちもお呼びだ。…その議題は…」


 私たちは固唾かたずをのんで、ジンさんの言葉を待つ。


「次期皇帝の妃候補、に関する議題…!」


「っ!?」


「…」


 驚愕きょうがくする私とは対照的に、アースは冷静な表情を崩さない。


「ついに仕掛けてきたか。カーサの性格からして、僕たちの関係をすんなり認めてくれるとは思っていなかったが…」


 カーサ皇帝府長は確か、前に隣国のラシア連合王国が帝国に侵攻してきたとき、攻撃するか防戦するかでアースと対立した人物だ…間違いなくアースの事を、快くは思っていないであろう人物…


「…で、でも会議だっていうのなら、私たちは堂々としていればいいんじゃ…」


 私の言葉に理解を示しつつも、少しだけくぎを刺すアース。


「…確かに会議という名目ではあるものの、その実態はおそらく僕たちの関係に難儀をつけるものだろう…それで、会議はいつだ?」


 間髪を入れず、ジンさんが返答する。


「それが、3日後だ」


「そ、そんな…3日後って…」


「…準備をするには、短すぎるな…」


 皇帝府長のあまりにも用意周到な奇襲攻撃の前に、一瞬言葉を失う私たち。しかしこんな状況にあっても、アースは冷静に行動した。


「ジン、急ぎ馬を用意してくれ。時間がない、それとこれから3日間の間、屋敷内での僕の商談や会議は、すべて先延ばしにするよう手配を頼む」


「承知した」


 ジンさんは急ぎこの場を後にする。彼はきっとこれらの指示を事前に予想していたのだろう。外にはすでに馬の姿が見えるし、部下たちへの指示もスムーズだ。

 …こんな時、私は自身の無力さを痛感する。


「ア、アース…私は、何をすればいいかな…」


 そんなこともわからないのか!…と怒られることを覚悟した質問だったけれど、その予想とは一転、アースは笑みを浮かべながら私に言葉をかけてくれる。


「そうだね。エステルには、僕のそばを離れず一緒にいていてほしい。お願いできる?」


 アースの言葉に力強くうなずき、返事をする。


「おいアース、馬の準備ができたぞ!いつでも出発できる!」


 …あまりにも早い。さすがはジンさんだ。


「さぁ、行こうエステル」


「い、行くって…どこへ?」


 どこか笑顔にも見える表情を浮かべながら、アースは私の疑問に答える。


「中央貴族にも顔の利く、あの人のところさ!」

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