第30話 伯爵家の日常

「ね、ねぇエステル、今日のディナーは…」


「もう!さっきも言ったじゃないですか!あともう少しですから、おとなしく待っててください!」


「は、はぁい…」


 アースが私に言葉を投げ、それに対し私が言葉を投げ返す。そしてそこにいるアースの友人の方たちが目を点にする。


「じ、次期皇帝にあんな風に強く言える女性なんて…!」


「ああ…話に聞いた通り、並みの人間じゃないぞ…!」


 そしてそんな彼らの後ろでジンさんが笑う。そこまでがこの流れのセットだった。


「さぁ、できましたよ!冷めないうちに召し上がってくださいね」


 料理を待っていたみんなが口を合わせて、頂きますを唱える。…無邪気に食事をほおばるその姿は、まるで少年のよう。この方々がゆくゆくの帝国の中枢を担う人たちだとは、とても思えないほどに。もちろん良い意味で。


「お好みで、こちらのソースもお使いになってくださいね」


「おおお!!!」


 雄叫おたけびを上げるみんなの声を聞くと、私もうれしくなる。自分の作ったお料理が、こんなにも喜んでもらえるとは。それも相手はかなりえらい人々…これまでだって、それはそれは美味しい食事を召し上がってきたに違いない方々。…私も少しは、自分に自信を持ってもいいのかな…?

 そんな時、後ろから私たちの様子を見ていたジンさんと目が合った。彼は私に手招きをし、こちらに来るよう合図を送ってきた。私はそれに導かれるままに、みんなの前から離れてジンさんの元へと向かう。


「すさまじい人気じゃないか。ここにいるよりも、帝国皇帝府直属ていこくこうていふちょくぞくのシェフの立場の方が向いてるじゃないか?」


 彼は笑いながら、からかいの言葉を投げてくる。


「もうっ!そんなんじゃないですから!からかわないでくださいってっ!」


「クスクス。悪い悪い」


 そんな冗談をはさんだ後、ジンさんは表情を一転させ、腕を組んで真剣な表情となる。これから話すことが本題なのだろう。


「さて。とりあえず報告しておくと、アースとエステル、二人の婚約の話はだいぶ固まってきてるようだ」


「ほ、ほんとですか!」


 自分でも、嬉しさのあまり顔が赤くなるのが分かる。


「ああ。どうやら宣言通り、ガザリアス侯爵が貴族院を中心に働きかけてくれているらしい」


「こ、侯爵が…」


 …侯爵へのお礼には、本物のサマリアを持っていくべきだろうか…?それとも、前と同じくサマリアに似せたお料理を用意して、もう一度からかってみるのもいいかもしれない。どちらの選択肢も魅力的だけれど、これはとりあえずアースと一緒に考えることにしよう。

 しかし浮かれる私にくぎを刺すように、ジンさんが忠告する。


「だが、アースは相変わらず身分を隠している身である上に、エステルも相変わらず貴族家を追放された身だ。アースが正式に皇帝の位を継ぎ、その上でエステルがその妃となるには、まだまだ時間がかかるだろう。…それどころか、何者かの妨害を受ける可能性だって十分にある」


「…」


 その通りだった。あくまでもアースは偽りの貴族の身、そして私は所詮しょせん、貴族家を追い出された身。このまま何も起きずに、事が進むようにはとても思えない。


「だからこそ、油断するなよエステル。アースはよく訓練されてるから大丈夫だろうが、お前はまだそういう経験が少ない。敵はどこから弱みを握ってくるか、分からないからな」


「は、はい!分かりました!」


 私は改めて、決意の意思を固める。せっかくつかんだこの幸せの生活を、壊されてたまるものか。


「じゃあ、俺たちも行こうぜ。話してたらすっかり腹が減っちまった」


 笑いながらそう言うジンさんに、私も続く。


「ふふふ。ですね♪」

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