第29話 イリエの思い
…結局丸一日を
時間も時間なので、イリエさんたちには泊まっていくことを
「イリエさん、今日は本当に勉強になりました!ありがとうございました!」
私の言葉を聞いたイリエさんは、一瞬だけやや不思議そうな表情を浮かべた後、少し笑顔になった。
「…話に聞いていた通り、まっすぐな方なのですね、あなたは」
「?」
「クスクス。私の監査で勉強になったなどと言ってもらえたのは、生まれて初めてです。私を見ると皆一様に嫌そうな顔をするものですから」
イリエさんはやや苦笑いを浮かべながら、しかしどこか嬉しそうにそう言った。しかし一転、表情を引き締めて続きの言葉を発する。
「…これから先、いくつもの困難があなた方を待っていることでしょう。こんな監査など、生ぬるいほどに」
その言葉に、私もうなずいて返事をする。
「ですが拝見したところ、あなたにはそれを乗り越える力があるように感じます。こんな事は、私はめったに口にはしないのですが…」
「?」
「アース様を、お願いいたします、エステルさん」
そう言い、深々と頭を下げるイリエさん。私も反射的にイリエさんに対して頭を下げ、それにこたえた。このやり取りの後、イリエさんたちは屋敷を後にしていった。
2人きりになった門前で、ジンさんがぼそっと口を開く。
「…驚いたな。イリエがあんなことを言うなんて…」
ジンさんは自身の手を顎下にあて、どこか不思議そうにそうつぶやいた。
「そ、そうなんですか?」
思わずそう疑問を投げた私に、ジンさんは相変わらず不思議そうに言葉を発した。
「前にも言った通り、イリエはかなりの堅物だ。あんな風に笑ったり、ましてや誰かに期待してるなんて言ってるところを、俺は見たことがないんでな…」
ジンさんは一歩私の方に近づき、今度は少し笑いながら言った。
「もしかしたら、気に入られたのかもな、お前♪」
「わ、私なんかがですか!?」
ま、まさか…帝国の監査局統括ほどの方に気に入られるほど、私は人ができてない…全くジンさんは調子がいいんだから…
「と、とにかく戻りましょうっ!アースがダウンしたままですので、早く起こしてあげないと…」
「クスクス。ああ、そうだな」
何はともあれ、監査は無事に終わった。指摘されてしまった点は山ほどあったけれど、それは私たちがこれから一つ一つ乗り越えていく、いわばのびしろだ。私はイリエさんの言葉を裏切らないためにも、もっともっとがんばらなければ、と決意を新たにするのだった。
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