第20話 エステルの思い

 侯爵の一件がなんとか無事に終わり、私たちは作戦がうまくいったことにほっとしていた。


「それにしてもまさか、マガイ料理を使ったトリックとはな…話には聞いたことはあるものの、本当に作れる人間がいたとは…」


「そうだろうそうだろう♪僕のエステルはすごいだろう?♪」


「も、もう…アースったら…」


 アースが得意気とくいげに、私の自慢をジンさんにしている。アースってば自分の事のように嬉しそうに話すものだから、なんだか恥ずかしさと申し訳なさが同時に心に来る…


「それにしても、よく知ってたな。サマリアの味と食感を似せる食材の組み合わせんて…」


「は、はい…向こうにいた時に、ちょっと…」


 私が少しだけ沈んだ表情になるのを、二人とも見逃さない。私のその言葉だけで、あまり思い出したくない出来事があったのだろうと、察してくれているようだった。


「…あの二人の事だ。どうせ、客人をもてなすのに高級な食材を用意する金がないから、なんとかしろってお前に言ってきたってんだろ?用意できなかったらお前のせいにするって脅しでも入れて」


 そのジンさんの言葉に、私は頷いて返事をする。二人ともまた一段と、あの二人にあきれた表情を浮かべる。


「なぁアース、前から聞きたかったんだが、お前あの二人をどうするつもりなんだ?」


 ジンさんのその問いに、アースは瞳を閉じて腕を組み、少し間をおいて返事をした。


「…仮にも、僕の母親と妹だ。これまでの行いを反省して、これ以上罪を重ねないというのなら、ここまでにしてあげてもいいと思ってる」


 アースのその返事に、ジンさんがかみつく。


「おいおい、良いのかよ。あんなにエステルを傷つけたやつらを放っておいて…」


 ジンさんはそう言葉を発すると、私の方へと視線を移した。私はジンさんに視線を合わせると、やや重い口を開いた。


「…確かに私は、あの二人を心の底から憎んでいました…ですがここに来て、こうして皆さんと一緒に楽しくお話をして、一緒にお食事をしていく中で、空っぽだった私の心がどんどん暖かさで満たされていって…生まれて初めて幸せを実感して…そんな毎日を過ごす中で、二人への憎しみはどんどん消えていったんです。…完全にゼロ、というわけではありませけれど…」


「エステル…」


「…」


 二人とも真剣なまなざしで、私の言葉を聴いてくれている。


「…だから私も、アースと同じなんです。二人が反省して心を入れ替えるというのなら、私も二人を許してもいいと考えています…」


 …本当にそう思っているのかは、正直なところ自分でも分からない。…やっぱり私は、お人好しが過ぎるんだろうか…?


「だが」


 その時不意に、アースが強い口調で言葉を放つ。


「もしも再びエステルを傷つけようとしたなら、今度は容赦はしない。徹底的に叩き潰すまでだ」


 アースはそう言うと、私の方に右手を差し出す。私もまたそれにこたえ、彼の右手に自身の右手を添える。


「…はいはい、相変わらず仲のよろしい事で」


 そう言って背中を向けるジンさんを見て、二人で微笑み合う私たちであった。

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