第23話

 卒業試験の課題に追われて、日々は慌ただしく過ぎていった。

 エルもシェリーも卒業に向けて頑張っていたし、早寝遅起きが信条のシェリーでさえ、夜遅くまで起きて課題達成に向けて頑張っていた。講義はもうないので、大図書館と部屋を往復する日々が続き、あっという間に3ヶ月近くが過ぎた。

 もう卒業試験は間近と言う頃になって、シェリーは不安になったらしく、「エル、どうしよう……」なんて弱音を吐くことも多々あったが、そのたびにエルの励ましに元気づけられ、最後の追い込みに全力を傾けていた。

 そうして迎えた卒業試験の日。

 エルは主に発表で、シェリーは実技で無事3人の教師から卒業資格を得ることができて、ふたりして喜びを分かち合った。

 夜には食堂ではなく、ドリンの街に出てささやかな打ち上げもして後は卒業式を待つだけだった。

 もちろん、魔術具も完成してドリンの街の端と端くらいならばクリアに声が聞こえるペンダントになり、残る問題はどこまでの距離が離れていても会話できるかの一点のみになっていた。

 こればかりは実際に試してみないことにはわからないので、シェリーは卒業して帰る旅程で毎日話しかけるねと言っていた。エルもこの魔術具についてだけは無事成功してほしいと願ってやまない。

 シェルザールに入学して出会えた一番の親友とこれからも繋がりが継続できるかどうかがかかっているのだから、成功してほしいに決まっている。

 そうして迎えた卒業式。

 退屈だろうと思っていた卒業式だったが、2年間シェルザールで暮らしたことを思い返すとあっという間に終わるくらいだった。それくらいシェリーとの日常は何事にも代え難い財産でもあったし、それが続くのであれば宮廷魔術師になった後ももしかしたら会社勤めを2年で辞めたくらいの根性も少しは保つかもしれない。

 卒業式が終わって講堂の外に出ると、同じく卒業資格を得て卒業していく2年生たちと最後の別れをすませる。

 もちろん最後はシェリーだ。

「うわーん!! やっぱりエルと離れたくないよー!!!」

 そんな風に叫びながらエルのない胸に顔を埋めて泣きじゃくるシェリーに、卒業生たちはみんな微笑ましい視線を向けていた。大柄なシェリーが小柄なエルの胸で泣く、と言う構図は1年生から見れば不思議な光景に映ったかもしれないが、2年生はこうなることを予想していたのだろう。エルはと言うと苦笑しつつもシェリーの頭を優しく撫でて言った。

「村に帰ってみんなの役に立つ立派な魔術師になるんでしょ。それに話ならきっとペンダントがある限り、いつだってできるわ。だからそんなに泣かないで」

「でもぉ……、でもぉ……」

 それでもぐすぐすと泣き止まないシェリーに、ここまで慕われる相手と言うのは前世ではいなかったなと思わせられた。

 しかし、いつまでも卒業式の余韻に浸っている場合ではない。

 退寮しなければならないのだ。

 卒業式の日と新入生が入寮してくるまでの期間は極めて短い。だから卒業式の前の日には荷物をまとめておくのが慣例だった。それに元々の荷物が少ない。トランクケースに収まる程度の衣類しかなかったし、ジャクソンの放火事件のせいで制服以外の服も全部燃えてしまったので、新たに買った数少ない衣服しかない。

 シェリーは元々衣類がほとんどなかったからエルより荷物は少なかったし、退寮するための準備も半日もあれば終わってしまった。

 そうして退寮の日には、退寮する学生が揃って2年間暮らした寮にお別れを言い、それぞれ自分の決めた進路のために旅立っていった。

 エルは馬車の都合で1日宿を取ってドリンに残ることになったが、馬車の手配がすんでいたシェリーは退寮したその日のうちにドリンを出ることになっていた。

 「エルー……」と馬車に乗り込む直前まで涙ぐむシェリーを宥めて送り出す。

 ペンダントがあるから平気。

 エルもその気持ちを胸にシェリーを送り出すと、いったん宿に戻った。

 翌日からは故郷の村ジャーナに戻ることになる。約1ヶ月の旅程を挟んで2年ぶりの故郷。きっと両親は少し老けただろうし、弟のジルは立派に成長していることだろう。

 手紙を出すだけでしか繋がりがなかった家族とようやく再会を果たせる。

 シェリーとの別れは寂しかったが、同時に家族と会える嬉しさも感じていた。


 グラハムは卒業試験に向けて忙しくしているエル先輩と、時間があれば立ち話をする、と言うくらいの関係にはなれていた。

 しかし、知れば知るほどルーファス先輩が特別視するほどの人材である確証はついぞ持てなかった。

 だが、エル先輩も宮廷魔術師になると言う。1年後、グラハムがシェルザールを卒業すれば同じ宮廷魔術師になるのだから、そこでの活躍を見てからでも遅くはないと思い直して、今度は自分が先輩になるのだと言う気持ちで寮の部屋を移った。


 グラハムと同じように、ルーファスもまた、エルが宮廷魔術師になると聞いて安心していた。

 どこかの街の魔術師にでもなると言うのであれば、互いに切磋琢磨できる相手がいなくなってしまう。

 ルーファスも宮廷魔術師になるから、王都で再会することもあるし、同じ宮廷魔術師なのだから会う機会などいくらでもあるだろう。

 シェルザールでの2年間ではエルを革新派に引き入れるまでには至らなかったが、同じ宮廷魔術師になればそのチャンスはいくらでもある。

 あの才能は古式派などにはもったいない。革新派にいてこそその才能を開花させることができるのだと信じて疑わなかった。


 馬車に揺られて故郷の村に帰る途中、シェリーは頻繁にペンダントを通じて話をしてきた。

 向こうも退屈な馬車の旅の最中だから話し相手がいて嬉しいのだろう。今日はどこまで進んだ、昨日はどういう宿に泊まって、どういうご飯を食べたなどなど、他人が聞けばつまらない話だったのだろうが、エルにとってはペンダントの性能を確認するいい機会だったし、シェリーの声が聞けて満足だった。

 そうして約1ヶ月の旅路を経てジャーナの村に戻ってきたエルは、久しぶりに見る故郷に、もう10年以上も帰ってきていなかったかのような感慨を覚えた。

 早速家に帰り、「ただいま」と言うと夕飯の支度をしている途中だったらしい母親のアンナに驚かれ、次の瞬間には料理の手を放り投げて抱擁してくれた。

 弟のジルは父親のクレイを手伝って畑にいるらしく、まだ帰ってきていないとのこと。

 2段ベッドにしてジルとともに使っていた部屋もほとんどそのままらしいので、寝るのには困らない。何せこの2年間でも全く成長していないのだから。

 畑仕事から帰ってきたクレイとジルは、自宅にエルがいることに最初は驚いたが、無事卒業して帰ってきたと告げると「久しぶりだね」と涙ぐむ姿が見れた。

 その日は久しぶりに家族4人で夕食の団欒を過ごし、「姉さんが帰ってきて狭くなる」と冗談交じりにぼやくジルに笑いながらその日は就寝した。

 翌日、セレナの元へ行こうと思って治療院のことをアンナに尋ねると、セレナはもう引退して村長の家を間借りして暮らしているらしい。では治療院はどうなったのかを尋ねると、セレナの伝手でドリンにある治癒魔術を専門とする魔術学校を卒業して何年も別の町で治療院の手伝いをしていたというホルスト・ビーグルという中年の男性が、今は治療院を切り盛りしているとのこと。

 おそらくはエルがいなくなって村の治療院の跡を継ぐ者がいないかセレナが探して、ようやく来てくれる魔術師がいてくれたことで安心して引退することができたのだろう。長年結婚もせず、村の治療院を切り盛りする魔術師として欠かせない存在だったセレナは、その功績もあって村長の家に快く迎え入れられ、そこで余生を楽しんでいるらしい。

 もちろん、エルもセレナには卒業の報告をしたかったのですぐに村長の家に向かった。

 エルが昨日帰ってきたときは夕暮れ時だったので、まだエルが帰ってきたことを知っている村人はほとんどいなかったため、見慣れた小柄な姿を見た村長の娘はビックリしてセレナではなく、村長を呼びに行ったくらいだった。

 村長もシェルザールと言う名門を卒業して帰ってきたエルを喜んでくれて、すぐにセレナに引き合わせてくれた。

「まぁまぁエル、久しぶりね。少しは成長するかと思ったけど、全く変わらなかったのね」

「久しぶりです、セレナおばさん。残念ながら2年前から全く変わってないですね」

 そんな笑顔の挨拶をしてからセレナはシェルザールでの日々を知りたがったので、簡潔にシェリーと言う親友ができたことや、学校生活のことを語り、その日はセレナと過ごして終わった。

 またその翌日からは村人と旧交を温め、すっかり成長してエルよりも大きくなった幼馴染みたちとも会ったりして、「やっぱり故郷はいいなぁ」と思うこともしばしばあった。

 だが、そんなに長い期間故郷の村にいられるわけではない。

 宮廷魔術師になるために今度は王都へ旅立たなければならないからだ。

 そのことは帰った最初の日に家族には伝えていた。セレナにも今後の進路として宮廷魔術師になることは伝えたので、後のことは家族に任せれば大丈夫だろう。

 またエルがいなくなることにはなるが、年に1度は帰ってこられるとわかって家族やセレナは安心していたし、治療院は跡継ぎができたことでエルも心置きなくまた旅立つことができる。

 王都に向かうまでの短い期間はとにかく故郷での安穏とした日々を満喫することにして、もう日課となったシェリーとのペンダントを通じての会話をしたりしながら、久しぶりの故郷での暮らしは過ぎていった。


 約1ヶ月、エルは故郷の村での生活を満喫した。

 家ではもちろんアンナの手伝いをして家事をしたり、畑仕事に精を出すクレイやジルにお弁当を届けたりと家のことも積極的に手伝った。春になって18歳になったから、幼なじみのほとんどは16歳を超えて村の仕事を手伝ったりしていたし、エルも家にいる間は家族との繋がりを大事にしようと積極的に動いていた。

 そうして王都に旅立つ日、トランクケースに衣類とシェルザールでの援助金を貯めて作った路銀を持って近くの宿場町から馬車に乗って王都へ旅立った。

 故郷の村ジャーナからは約3週間西に行ったところに王都トレイルはある。

 ジャーナでは王都に行ったことがある者はいないが、きっとシェルザールのような多種多様な人種が大勢いる街なのだろうという想像はついた。トライオ王国が建国されて、魔術で発展してから国が大きくなったので、何度も遷都が行われているらしい。だからきっと整備された街並みと賑やかな場所なのだろうと想像がついた。

 相変わらず子供に見られるエルだから一人旅を心配する旅人も多かったが、シェルザールの卒業生だと聞いて信じられないと言った顔をする旅人もたくさんいた。

 そういうときは簡単な魔術を見せて納得させて、恙なく王都への旅路は過ぎていった。

 トレイルに到着したエルはまずその大きさに目を瞠った。

 ドリンの街も大きかったが、シェリーと探検してだいたいのところは回れたくらいの大きさだったが、トレイルはその倍以上はあるように見えた。

 整備された石造りの街並み、石畳で舗装された道路、軒を連ねる数々の商店、王都で暮らす人々の集合住宅などなど。高く堅牢な城壁で囲まれた長方形のトレイルは、まさに王都と呼ぶにふさわしい街だった。

 いくら援助金を貯めて作った路銀があるとは言っても無限ではない。なるべく安い宿屋を探してそこで宮廷魔術師になるまでの間の生活の拠点を構えて、まずは物珍しさも手伝って王宮へ向かった。

 王宮はトレイルの街の北に位置していて、内務省や魔術省と言った各役所の中心もここにある。宮廷魔術師が働く場所も王宮の隣に広い敷地を持っていて、そこで宮廷魔術師は日々の仕事をしているとのことだったので、王宮に向かうのは合理的だった。

 さすがに整備された街並みなので迷うことなく王宮に辿り着き、近衛騎士団が護衛する正門などを見て回り、次いで宮廷魔術師が仕事をする一角を見て回る。

 その間に宮廷魔術師であろう赤と白を基調としたローブを着た人たちとも何度もすれ違ったし、近衛騎士団の鎧も赤と白がメインだったから、王宮でのメインカラーは赤と白なのだろうと想像がついた。

 その日は王宮と宮廷魔術師が仕事をするガザートと呼ばれる場所を見て、宿に戻り、その日は夜にシェリーと王都に着いたことを報告して終わった。

 シェリーは「とうとう宮廷魔術師だねー」なんて言っていたが、どうなることやら。

 シェルザールの入学試験でもこの小柄な体格のせいで衛士に止められた不愉快な思い出があるから、シェルザールの卒業生ですと言って素直に通してもらえるかどうかわからない。

 何せシェルザールでは卒業証書なんてものがないからだ。

 卒業を証明するものがないのだから魔力判定でそれを証明するしかないのだが、そこに至るまでどんな紆余曲折があるかわかったものではない。

 だが、魔力判定ができればシェルザールの卒業生であることは証明できる。2年生のときの魔力判定はSだったのだから、S以上の魔力を持つ魔術師はそうはいない。ルーファスでさえSSSだったのだから、18歳でSと言うことはどんな魔術学校に入学したとしても、だいたい18歳までには魔力は成長が止まるから、16歳の時点でそれなりに高い魔力を有していたと言う証になる。

 もちろんチート級の魔力があるはずだと思っているので、まだまだこれから一気に魔力は成長していくだろうことは想像に難くない。

 早速翌日にはガザートに向かって宮廷魔術師になるための一歩を踏み出すことにする。

 紆余曲折はあるだろうが、めげずに話をすれば証明はできるだろうと思って、初夏にふさわしい水色のワンピースを着てガザートに向かった。

 ガザートも王宮に負けず劣らず広い敷地を持っていて、いかに国が魔術を重要視しているかがわかる。正門にも近衛騎士団が警備をしていて、簡単には中に入れそうにない。

 ここからが正念場とばかりに、正門に陣取る近衛騎士団のひとりに声をかける。

「あの、すいません」

「ん? なんだい、お嬢ちゃん」

 にこやかに声をかけた近衛騎士団のひとりがそう言ってきたので、やはり子供にしか見えていないことがわかる。

「えっと、宮廷魔術師の試験を受けに来たんですけど、どうすればいいですか?」

「お嬢ちゃんが宮廷魔術師? ははっ、これは面白いジョークだ。ここはお嬢ちゃんが入れるような場所じゃない。さぁ家に帰って手伝いでもしていなさい」

 やはり信用してもらえない。

 だが、これは想定内だったのでなおも食い下がる。

「違うんです。本当に宮廷魔術師になるためにここに来たんです。見た目はこんなですけど、この春に18になった立派な大人です。それに魔術学校はシェルザールでした。魔力判定をしてもらえればそれが証明できるはずです」

「お嬢ちゃんが18? とてもそうは見えないけどなぁ」

「でも本当なんです。ここにもシェルザールの卒業生で、去年入った人がいるはずです。その人に私の名前を言ってもらえればきっとわかるはずです」

「じゃあお嬢ちゃん、名前は?」

「エル・ギルフォードと言います」

「ふむ……」

 話をした近衛騎士団のひとりは、正門の逆方向に立っていたもうひとりの近衛騎士団のひとりと何事か話をしている。

 とそこで思い出す。ルーファスも宮廷魔術師になっているはずだった。ルーファスはドリンに家を構えているから、一足先にこのガザートに来ている可能性は高い。ルーファスならば同級生だし、エルのこともよく知っている。ルーファスに証明してもらえば話は早い。

「あの、すいません」

「ん? なんだい?」

「ここにルーファス・グランバートルという宮廷魔術師はいませんか?」

「ルーファス・グランバートル? 何故君がその名前を知っているんだい?」

「だから言ったでしょう。シェルザールの卒業生だと。ルーファスは同級生です。ルーファスにエル・ギルフォードが来たと伝えてくれればルーファスが同じシェルザールの卒業生だと言うことを証明してくれます」

「なるほどね。--どうする?」

 またもうひとりと話をし始めた近衛騎士団たちを見守る。

 ルーファスの名前を出すことで風向きは少し変わったようだ。グランバートル家は名門だと言うし、魔力も高い有望な人材として宮廷魔術師でも噂になっていることだろう。卒業生ではなく、最初からルーファスの名前を出していればよかったと思いつつ、近衛騎士団たちの話が終わるのを待つ。

 近衛騎士団たちは「本当なのか?」とか「グランバートル家は名門だから魔術師を志す者が知っていてもおかしくはない」などと話している。

 どうも話は一進一退と言った感じで、信じるべきか信じないかで意見が分かれているようだ。

 そんなとき、不意にペンダントから声が聞こえた。

「エルー、無事に宮廷魔術師にはなれたー?」

 突然聞こえた、ここにはいない女性の声に近衛騎士団たちはびっくりしてエルを見下ろす。

「い、今の声は何だね?」

「あぁ、すいません。ちょっと待ってください」

 そう言って振り返るとペンダントを取り出してシェリーに話しかける。

「今宮廷魔術師のいるガザートってとこの正門で近衛騎士団と押し問答してるとこ。夜にはまた連絡するからしばらく黙ってて」

「はーい、わかったー」

 シェリーの了承の声が聞こえて静かになる。

 エルはまた近衛騎士団たちに振り向いてぎこちない笑みを浮かべる。

「驚かせてすいません」

「な、何だったんだね? 今の声は」

「あぁ、このペンダント、魔術具なんです」

 胸元から取り出していたペンダントを見せる。

「魔術具?」

「はい。風のマナを送ることで遠く離れた場所にいる相手とも話ができるペンダントです。自分で作りました」

「お嬢ちゃんが?」

「はい。シェルザールにいた間に作って友達と話せるようにしたんです」

 信じられないと言った様子で近衛騎士団たちは顔を見合わせる。

 だが、いいタイミングでシェリーは話しかけてくれたようだった。こんな魔術具を作ること自体は信じられないが、魔術具を持っていること自体が見た目ほどの年齢ではなさそうだと言う方向に傾き始めたのだ。

 魔術具は汎用性の高い発火式の魔術具のようなものならば、ドリンの街では簡単に手に入るくらい安いが、それもドリンが魔術師の街だからであって、王都では魔術具は高級品に当たる。そんなものを持っているエルが聞いたとおりの年齢ではないにしても、これほどの高級品を持てる家柄の人間だということの証明になった。

 ならばグランバートル家と繋がりがあってもおかしくはないと判断されたようで、少し待っているように言われた。

 近衛騎士団のひとりが、正門のすぐ後ろにある詰め所に話を通し、詰め所から別の近衛騎士団が出てきてガザートに向かっていく。

 それを見送ってしばらく待っていると、ガザートに向かっていた近衛騎士団の騎士が戻ってきて正門を守る騎士に何かを耳打ちした。

 そして話を聞いた騎士はこほんとひとつ咳払いをすると言った。

「エル・ギルフォードと言ったね? 今し方ルーファス・グランバートルに確認が取れた。確かに君はシェルザールの卒業生で間違いないようだ。--で、宮廷魔術師になるための試験を受けに来たと言ったね?」

「はい」

「では別の者がガザートに案内しよう。おい」

「はっ」

 詰め所にいた別の騎士が現れ、敬礼する。

「このお嬢ちゃん……じゃなくて、エル・ギルフォードという魔術師をガザートの人事部に案内してくれ」

「はぁ、いいんですか?」

「構わない。この女性が見た目通りの年齢ではないことは確認が取れた。人事部に通しても問題はない」

「わかりました」

 まだ入団して間もないと言った様子の若い騎士はエルを見下ろして、半信半疑な様子でついてくるように言ってきた。

 それについてガザートの中に入っていく。

 シェリーとのために作った魔術具と、遠慮のないシェリーの声が思わぬ効果を発揮したなと思いつつ、エルは案内の騎士についてガザートの敷地に足を踏み入れた。


 案内された建物は木造の3階建ての建物だった。瀟洒な、目立たないが意匠を凝らした建物で相当お金がかかっていると思わせられる建物だった。

 そこの1階のとある部屋に案内され、案内してくれた騎士は部屋のドアをノックした。

「失礼します」

 騎士はドアを開け、エルを伴って部屋に入った。

 そこではいかにも事務仕事、と言った仕事をしているローブを着た魔術師たちが20名ほどいて、机にはたくさんの書類が積み上げられていた。紙は貴重品だと言うのに、これほどまでに紙が大量にあるのはシェルザールの大図書館くらいだっただろう。

 騎士とエルが部屋に入ると、騎士は近くにいた魔術師と話をして、すぐに退出してしまった。

 残されたエルはこれからいったいどうすれば? と思っていたら、騎士と話をしていた魔術師が声をかけてきた。

「ようこそ、ガザートへ。君が宮廷魔術師の試験を受けに来たと言う女の子だね?」

 まだ若い。20歳くらいだろうか。にこやかに笑う笑顔が爽やかな好青年と言った印象だ。

 女の子、と言う表現には引っかかったがここで余計な波風を立てても仕方がない。

「はい、そうです」

「ぼくはこの人事部で働いているスイールと言う魔術師だ」

「エル・ギルフォードです」

「エルさんと言うんだね。見た目は……まぁいい。ルーファス・グランバートルが証言してくれたと言うから君はれっきとしたシェルザールの卒業生なんだろう。とにかく試験について話をしたいから別室に行こう」

「わかりました」

 スイールに連れられて、人事部の部屋を出るとすぐ隣の別室に案内される。

 そこは刑事ドラマに出てくるような取調室と言った感じで、簡素な机と椅子が2脚置いてあるだけの小さな部屋だった。

「どうぞかけてくれ」

「はい」

 相変わらず大人サイズの椅子はエルには大きい。座っても足が床につかない。

 スイールは机を挟んでエルの正面に座り、話を始めた。

「では宮廷魔術師になるための試験だけど--」

 そうしてスイールから語られた宮廷魔術師になるための試験はこうだった。

 まずどの学校でどのような講義を受けてきたか、卒業試験には何をテーマにして、何をしたのか、得意な魔術はどのマナか、どのような仕事をしたいのかの質疑応答をしてから、最後に魔力判定をするとのことだった。

 試験官は3人。それぞれ人事部の魔術師がスイールが言った内容の答えを審査し、魔力判定の結果を見て、宮廷魔術師になれる人材かどうかを判断するらしい。

 ルーファスの証言があったので、年齢と出身校の証明はしてもらえたが、ここからが正念場だ。これに受からなければ宮廷魔術師にはなれない。もちろんシェルザールの卒業生と言うことで多少の色眼鏡はあるだろうが、だからと言って気を抜いていいわけではない。

「……話は以上だ。何か質問はあるかい?」

「じゃぁひとつだけ。宮廷魔術師になるとどんな仕事があるんですか?」

「ふむ、それは難しい質問だね。宮廷魔術師と言っても様々な仕事がある。ぼくのように人事部で事務仕事を中心にしている魔術師もいれば、研究に熱心な魔術師もいる。近衛騎士団と一緒になって魔物討伐に出向く活動的な魔術師もいる。もちろん自分の好きなことが必ずできるというわけではない。ぼくは今は人事部にいるけど、本当は実戦が好きだから騎士団と行動を共にしたいと試験では言ったけど、今はこの通り、人事部で事務仕事に追われている。試験で君にどんな適性があるか判断して、それに沿った配属先を決められると言うわけだ」

「なるほど。わかりました」

「他に質問は?」

「いえ、ありません」

「今はアパートでも借りているのかい?」

「いえ、宿住まいです」

「ふむ。それじゃ連絡が取りづらいな。ちょっと待っていてくれ」

 そう言うとスイールは部屋を出ていった。仕方がないので足をブラブラさせながら待っていると30分くらいしてからスイールは戻ってきた。

「待たせたね。じゃぁ4日後にまたここガザートに来てくれ。そこで試験を行う。正門の騎士には話を通しておくから、今日みたいなことにはならないだろう。幸運を祈っているよ」

「はい、ありがとうございます」

 会釈をしてエルは部屋を出ていった。

 4日後に試験、か。

 どうか面倒な配属先になりませんように、と思いつつもエルはガザートを後にした。


 宿に戻り、夕食を食べてから部屋に戻ったエルはペンダントに風のマナを送ってシェリーと会話をできるようにした。この風のマナを補給しなければ使えない、と言う問題だけは解決できなかったのだ。だが、片方に風のマナを送れば声は相手側に通るので、シェリーがペンダントをつけている限り、すぐに会話にはなる。

「シェリー、起きてる?」

「起きてるよー。どうだったー? 宮廷魔術師にはなれそう?」

「うーん、どうだろ。シェルザールの卒業生ってことで多少有利ではあるとは思うけど、どうなるかわかんないしね。それにまた正門で騎士に子供扱いされたわよ」

「あははー、エルはちっこいもんねー」

「まぁシェルザールでのこともあって、2度目だったから何とか耐えたけど」

「でも大丈夫だよー。エルは頭いいから宮廷魔術師になってもやっていけるよー」

「でもどこに配属されるかもわかんないから、面倒なとこに配属されないといいんだけどね。もちろん研究するとこに配属されるのが一番なんだけど」

「魔術具作っちゃうくらいだからそういうの話せば研究させてもらえるんじゃないの?」

「でもこれはシェリーとこうして話すために作ったもので、他の魔術具なんて考えたこともなかったしなぁ。話してもいいけど、だからって研究職に配属されるとは限らないわ」

「そっかー。いったいどうなるんだろうねー」

「試験の結果を受けてみないことにはわからないわ。それよりシェリーはどうなの? 順調?」

「うん。毎日大変だけど充実してるよー。村には魔術師はあたしだけだから色んな頼み事をされて、毎日てんてこまいだよー」

「ふふ、でもシェリーはそのほうが楽しいんじゃない?」

「うん、楽しい。村のみんなの役に立ってるー、って実感があるからねー」

「それは何よりだわ。シェルザールで一緒に頑張った甲斐があったってものね」

「うん。それにこうしてエルともお喋りができるし、毎日楽しいことばっかりだよー」

「元気なのは相変わらずね。でもシェリーが突然話しかけてきてくれて、助かったのよ」

「えー、どういうことー?」

「実はね……」

 ガザートの正門で騎士たちとのやりとりをシェリーに話す。

 「そうなんだー」とか、「思いがけず役に立ったんだねー」などと感心するシェリーと話しながら夜は更けていった。

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