第18話
ルーファスは自室で下級生の訪問を受けていた。
使用人にお茶の用意をするように伝え、自室で待たせている下級生の元に戻る。
ルーファスが講義から帰ってきてから夕食を食べた後、その下級生はグランバートル家を訪問してきた。グラハム・ウェインと名乗ってルーファスに目通りを願った少年に見覚えはあった。
入学式のときに新入生代表挨拶をした新入生だった。
ルーファスも任されたからわかるが、新入生代表挨拶は入学試験で最も高い魔力判定を受けた新入生が務める。ウェインという名字にも聞き覚えがあったので、夜になってこれから復習や研究に充てようとした時間だったが、それを削って会うことに決めた。
おかっぱの銀髪に整った容姿。だが、自室でソファに座っていたグラハムは緊張しているのか、ガチガチになっていた。
「待たせたね」
「いえ! そんなことは!」
勢いよく否定するグラハムに苦笑する。こうも緊張されてはまともに話ができるかどうかもわからない。
「すぐにお茶を持ってこさせる。ゆっくりくつろいでくれ」
「はい!」
グラハムがどういう気持ちでいるのかはわからないが、ここまで緊張されると本当に苦笑しか出ない。
向かい側のソファに腰掛け、グラハムを見ると背筋をピンと伸ばしてカチカチになっている。ウェインというとおそらくジャネット・ウェイン女史の関係者だろう。宮廷魔術師として革新派で有望視されている才女だ。確か彼女も銀髪の美しい女性だと言う話だから、息子か何かの血縁者だろう。
「グラハム・ウェインくんと言ったね。改めて自己紹介しよう。ルーファス・グランバートルだ」
「こ、こちらこそ! グラハム・ウェインと申します!」
「ウェインと言うとジャネット女史の関係者かい?」
「母をご存じなのですか!?」
「ほう、ご母堂だったか。君のことは入学式で目にしたよ。とても立派な新入生代表挨拶だった」
「あ、ありがとうございます!! 昨年はルーファス先輩が務められたと聞いて俺も……じゃなくて、私も頑張らないとと思っていたんです!」
「普段通りでいいよ。先輩後輩とは言え、同じシェルザールの学生なんだ。過剰に畏まる必要はない」
「は、はい!」
「お坊ちゃま、よろしいですか?」
「あぁ、入ってくれ」
そのタイミングで使用人がお茶を持って入ってくる。香りのいい紅茶がカップに注がれ、ルーファスとグラハムの前に置かれる。それを終えて使用人は邪魔をしてはいけないとばかりにすぐに退出していった。
「お茶でも飲んで気を落ち着かせるといい」
「はい! いただきます! あちっ!」
慌てて熱い紅茶に口をつけてしまってカップを落としそうになる。さすがにそれは死守したものの、恥ずかしさからか、グラハムは見るからに意気消沈した様子だった。
さすがにこれにはルーファスも笑ってしまう。いくら先輩だからと言ってもここまで緊張されると苦笑を通り越して笑えてくる。一方グラハムはくすくすと笑っているルーファスを見て、ますます恥ずかしくなったのか、縮こまっている。
「悪い悪い。グランバートルの人間として遠慮されることはよくあるが、ここまで緊張されるのは初めてでね」
「いえ! 悪いのは自分ですから!!」
「さっきも言ったがそんなに畏まられると逆にこっちも居心地が悪い。もっと気楽にしてくれていいんだよ」
「あ、はい」
緊張を解すためだろう。グラハムは何度か深呼吸して気持ちを落ち着かせようとする。
それが終わるのを待ってからルーファスはグラハムに言葉をかけた。
「で、グラハムくんは僕に何の用だったのかな?」
「あ、はい。同じ革新派としてルーファス先輩のことは耳にしていたので、是非挨拶をしたいと思い、お邪魔させていただきました」
「それはとてもありがたい話だが、僕はまだシェルザールの学生だよ? 祖父のように実績があるわけじゃない。ジャネット女史の関係で祖父に挨拶をしに来るのならわかるけど、どうして僕なんだい?」
「私……俺もルーファス先輩みたいになりたくて……。ルーファス先輩のことは母からよく聞いていました。幼い頃から勉強熱心で、魔力も高く、努力を怠らない天才だと。だからシェルザールに入学して真っ先にルーファス先輩とお近づきになりたかったんです。まだ入学したてでわからないことも多いですし、色々と教わりたいと思いまして」
「そういうことは同級生に聞いたほうがいい。1年生は1年生ならではの悩みや苦労があるだろう。それにジャネット女史の息子と言うことは王都出身だね? ……うん、そうだろうね。同じ寮生で仲のいい友達を見つけて、そうした相手と切磋琢磨していくほうがいいと思うんだが」
「でも俺と同じSSの判定を受けた学生なんて……」
「そういう偏見はよくない。魔術の才能は魔力の強弱だけで決まるわけではないからね」
「それはそうかもしれませんけど……」
「実際入学試験の魔力判定はAだったが、とても才能のある学生は僕の友達にもいる。寮暮らしと言うことは名前くらいは知っているんじゃないかな? エル・ギルフォードというとても17歳には見えない小柄な女性なのだが」
「あぁ、知ってます。寮でも有名で、先輩がすぐに教えてくれました。そういえばルーファス先輩も入学式の後にその人と親しげに話していませんでしたか?」
「あぁ、僕も親しくさせてもらっている同級生だよ。革新派の教師が主催する勉強会にも何度も誘っているくらい才能のある人材だ」
「あんなに小さいのにですか!?」
「人を見かけで判断してはいけないいい例だと思うよ。1年生2年生の違いはあれど、君と魔術で勝負をしてもきっと君が負けてしまうくらいだろうね」
さすがに新入生代表挨拶を務めるほどの高い魔力を有するグラハムもこれにはカチンと来たようで猛然と食ってかかる。
「あんなチビ助には負けません!!」
「どうかな? 僕の魔力判定は今年でSSSになったが、僕でも彼女と対決したらせいぜい五分五分と言ったところだろう。それくらい彼女には実力がある」
「評価が過大すぎませんか?」
「そんなことはない。魔力が低くても詠唱速度や技術で彼女に勝る者はシェルザールでもかなり少ないだろう。それに勉強熱心で、1年生の間に魔術具を作って成功させたとも聞く」
「1年生で!? まさかそのエル先輩は古式派の人間なんですか?」
「そうではないようだ。1年生のときのカリキュラムは古式派、革新派、どちらも満遍なく選んでいた。まだ派閥がどうこうというところまで行っていないのだろう」
「そんな相手をどうしてルーファス先輩が?」
「教えてもいいが、君は口が硬いほうかい?」
「黙っていろと言われれば」
「ならば教えてあげるが、エルは魔術の基礎を村の魔術師から教っただけで、使う魔術のほとんどをほぼ独自に編み出して会得した才能の持ち主だ。その卓越した才能から、祖父が是非革新派に欲しいと言わしめるほどの逸材なんだよ」
「エルドリン翁が!?」
「あぁ。僕の数少ない友達でもあると同時に、僕は彼女を革新派に引き入れるために色々と動いている。勉強会に誘っているのもそのためだね。革新派の教師の覚えをよくして、外堀を埋めている最中なんだ」
「とてもそんな風には見えません……」
「だが、事実として僕は祖父にそういう風に指示されている。だからあまりエルを見かけだけで判断してはいけないよ」
「わかりました……」
グラハムは釈然としない様子だったがルーファスがそう言うので無理矢理自分を納得させようとしているようだった。
「でも、このことは本当に内密に。僕が彼女を革新派に誘うつもりで近づいたとわかれば、彼女は革新派から離れかねない。ただでさえ、魔術具や古代魔術に興味を持っているのだから、古式派に取られるわけにはいかないからね」
「わかりました。気をつけます」
「ならいい。ところでやはり君も革新派に?」
「はい。やはり高い魔力を持って産まれたからには革新派の魔術師として国に貢献するのが義務だと、母からよく言われていましたから」
「確かにそうだね。お下がりを普及させるのは古式派に任せて、僕たちは新たな魔術の発展に尽くす義務がある」
「はい、その通りです」
「いい返事だ」
真面目な顔で言ったグラハムにルーファスもようやく普通の笑みを浮かべる。
どうやら尊敬する先輩としてルーファスに会いに来たみたいだが、思わぬ話もできた。エルとは同じ寮生として近づく機会も多いだろう。エルを革新派に引き入れるための力強い味方ができたと思えば悪くない出会いだ。
そう思ってルーファスは冷めかけた紅茶に手をつけた。
2年生になって約1ヶ月が過ぎて2月になった。
講義は午前が理論、午後がその実践という形式で行われ、魔術の組み合わせによる効果の増加なども理論、実践ともに教わることができていて、エルは平和且つ楽しい学校生活を送っていた。
そうして2月の上旬に入って行われるのが初の遠征である。
場所はドリンから南東に馬車で3日ほど行ったところにあるセリーシェという町だった。
ここはコボルトの生息する森が近くにあり、度々襲撃を受けているとのことで、自警団や守備隊の面々も精強で、魔術師もそこそこいるくらいの規模の町だった。
そんな日常的に魔物の襲撃を撃退している町に遠征とは歯応えがないとは思ったものの、コボルトロードと言ったコボルトたちを統率する比較的強い魔物も出てくるような場所らしく、弱すぎず強すぎずと言った場所で初めての遠征先としてはこんなところなのだろうとエルは思った。
遠征では4人一組で班を分け、野営も戦闘もこの4人で行う決まりとなっていて、組み合わせは自由。当然友達同士などで班を組んで全然構わないとのことだったので、エルは寮生の中で選んだ。
シェリーは当然エルと一緒にいたがるだろうから外せないとして、後はシャルロットとフラタルエと班を組むことにした。理由は単純で、シェリーを除けばシャルロットが寮生の中では仲がよく一緒に話をしたりすることも多いからと言うことと、フラタルエはもしものときのための前衛要員だった。シェリーがいれば十分だったかもしれないが、人狼であるフラタルエがいれば何かあったときにエルはシェリーに、シャルロットはフラタルエに任せることができる。もちろん騎士団を信用していないわけではないし、コボルト程度の魔物にまさかが起きることなどまずないだろうが、用心に越したことはない。
それに3人とも同じ寮生で気安い間柄であることもあって、班分けはすんなり決まった。
そうして2年生約40人が分乗して馬車でセリーシェに向かった。
「えへへー、エルと一緒ー」
「シェリーはホントにエルにべったりよねぇ。この1ヶ月でエルとシェリーが同室になってよかったとホントに思うわ」
「そうかな? 私はシェリーと1年以上の付き合いだから実感ないけど」
「そうだな。この調子で部屋に来られてみろ。鬱陶しいにも程があるぞ」
「ぶー、フラタルエ、言い草がひどい」
「まぁまぁシェリー、どう言われようと同室になれたんだからいいじゃない」
「それはそうだけどぉ……」
班ごとに分乗した馬車の中で、エル、シェリー、シャルロット、フラタルエはそんな他愛のない話に興じる。ちなみに馬車はシェルザールが所有しているもので、騎士団は半分が馬車、半分が騎馬と言った行軍だった。馬車に4人しか乗らないのはそれだけ狭い、と言うわけではなく、テントなどの野営機材から各々の荷物、食料などを乗せた結果、馬車1台で4人がせいぜいだと言う理由からだった。
野営もすると言うことは食事も自分たちで作らないといけないし、テントも自分たちで張らないといけない。遠征はこうした魔物討伐に魔術師が同行するときの演習も兼ねているので、何もかもを自分たちでこなさなければならなかった。
「ところで、班のリーダーを決めなさいって言われてたけどどうする?」
シャルロットが遠征に出掛ける前に教師から言われたことを訊いてきた。
「シェリーはダメだよなぁ。とてもじゃないけどリーダーって柄じゃない」
「そういうフラタルエこそ、どっちかって言うと一匹狼気取ってるじゃない」
「狼だし」
「まぁまぁふたりとも。--でもリーダーって言うとフラタルエが一番適任っぽいのよねぇ。しっかり者だし、ワーウルフだから先頭に立っても安心できるし」
「それはそうね。魔術も肉弾戦もできて、先頭に立つにはちょうどいいわ」
「ちょっと待ってくれよ! わたしはそんな柄じゃない! シャルかエルがやってくれ!」
「私は魔力がねぇ。2年生になってもA判定のままだったし」
「じゃぁエル!」
「なんで私が!? この中で一番チビで戦闘には一番不向きだと思うんだけど!?」
「オーシェに出掛けたときのことを忘れたとは言わせないぞ。あのとき先頭に立ってスケルトンを退治してたのはエルだ!」
「そういえばそうだったわね。シェリーとフラタルエが戦ってる間に素早くターンアンデットでスケルトンを撃退してたのはエルだし」
「あれはスケルトンなんていう弱いアンデットだからであって……」
「今回だってコボルトじゃないか。ロードがいるって言っても、ロードさえ倒せば烏合の衆になるような弱い魔物だ。そんな魔物に後れを取るような講義を受けてたのか?」
「それは違うけど……」
「それにシェリーだってエルの言うことなら素直に聞くでしょうしね。--はい、多数決、エルがいいと思う人ー!」
「「「はい」」」
一斉にシェリー、シャルロット、フラタルエの手が上がる。それに唖然としてエルは3人を見渡すが、決定を覆す様子は微塵もない。
エルは深々と溜息をついて仕方なく了承した。
「わかったわよ。やればいいんでしょ。どうせテントの設営とかにはほとんど役に立たないんだし、それくらいなら仕方ないわ。でもリーダーになったからには3人とも私の支持には絶対に従ってもらうわよ」
「それくらいなら別に構わないぜ」
「わたしも」
「エル、リーダーおめでとー」
めでたくないと思いつつも決まってしまったものは仕方がない。せいぜい遠征ではこき使ってやろうと思いつつ、1日目の馬車の旅は進んでいった。
順調に旅程をこなし、3日後にはセリーシェに入った。
セリーシェはシェルザールの遠征でもよく使われるのか、町長自ら出てきて出迎えてくれたし、歓迎の宴まで開いてくれた。その席で「今年も」と言う言葉を町長が使っていたから、最初の遠征先にはよく使われるようだ。
久しぶりのベッドで眠る快適さを満喫し、翌日は清々しい朝を迎えたエルは、朝食を食べた後、騎士団の連隊長に今後の行程を聞かされた。
連隊長の話では、ここから徒歩で半日ほど行った広い森にコボルトは巣を構えているらしく、その統率にはコボルトロードが当たっているとのこと。コボルトは亜人ならば素手で倒せるくらいの弱い魔物だが、とにかく数が多い。統率の取れたコボルトの集団は、精強なセリーシェの守備隊でも手を焼くくらい手強いとのことだったので、気を引き締めるように、と言うことだった。
だが、これくらい手応えがないと遠征に来た意味がない。
これまで習ってきた魔術を思い存分使うことができる遠征は腕試しにはもってこいなのだ。何せ相手は悪意を持って人類に向かってくる魔物なのだから容赦をする必要がない。攻撃魔術もバンバン使って殺したところで褒められこそすれ、怒られることがないのだ。
まずは徒歩で半日かけて森の近くまで行って野営し、その翌日から森の中に入って本格的な討伐に向かう。
だから簡単な食料と寝袋以外はほとんど何も持たずに出発することになるのだが、エルには問題があった。
徒歩で行く、と言うことは荷物を自分で持って動かないといけない、と言うことだ。
小柄なエルにとって寝袋ひとつだけでも大荷物なのだから体力が保つかどうかが心配だった。
そこでエルが取ったのがシェリーを頼ることだった。
シェリーは大柄で亜人だから力もある。極力お願いするように頼んでみたところ、「そうだよねー、エルには大変だよねー」と言ってシェリーは寝袋を持ってくれることになった。
これで荷物の件は解決した。
心置きなくコボルト討伐に向かうことができる。
そうして騎士団とシェルザールの2年生一行は目的地に向かって旅立ち、その日の日程を終えて野営をして就寝した。
翌日はいよいよ討伐が本格化する。
騎士団の先導で森の中に入り、コボルトの巣を見つけてこれを根絶やしにするのが目的だ。
いったい魔物がどこから現れるのかはわからないが、根絶やしにしたと思っても1年もすればまたコボルトは巣を作り、セリーシェに現れると言うのだからよくわからない。魔物の発生原因についても研究している教師はいるのだろうが、解明に至ったと言う話は聞いたことがない。
もっとも、それでもやることには変わりがない。
先導する騎士団から少し離れて、学生たちの中ほどにエルたちはいた。
「魔術しか使っちゃいけないんだろ? コボルトなんて殴ったほうが早いのに」
「フラタルエはそうかもしれないけど、わたしたちはそうはいかないの。それに魔術のための遠征なんだから魔術を使わないでどうするのよ」
「そりゃわかってるけどさ。わたしらを見たら逃げるような魔物だぜ? そんな程度の魔物相手に真剣になれって言われてもなぁ」
「しょうがないでしょ。そういう遠征なんだから。ほら、ブツブツ言ってないでエルたちの後を追うわよ」
「へいへい」
そんなシャルロットとフラタルエの話し声を聞きながらエルとシェリーは進んでいく。
さすがにドリンの街へ出掛けるときとは訳が違うので手は繋いでいない。シェリーは繋ぎたがったが、遊びじゃないとエルが窘めたのだ。
少し元気のなさそうなシェリーと並んで歩くこと1時間余り。
騎士団に所属する亜人のひとりが連隊長に声をかけた。
「斥候か何かだろう! コボルトの集団がこちらに向かっているとのことだ! 防御は我々に任せて学生たちは各々各自の判断で行動するように!」
「はい!」
いよいよ戦闘が始まる。
森の中だから火の魔術は使ってはいけないだろう。森を燃やしてしまっては逃げるに逃げられなくなってしまう。殺傷能力の高い他の、遠距離からの魔術となると真っ先に候補に挙がるのは風の魔術だ。ウィンドカッターのようなかまいたちを起こして相手を切り裂く魔術ならば遠距離でも使えるし、殺傷能力も高い。
魔術師を志した後、剣の腕も磨いて騎士団に入る者もいるから、そうした魔術の心得のある騎士団員がライトの魔術で周囲を明るく照らし出して視界を確保する。
くいくいっとシェリーがエルのローブの袖を引っ張ってきたので、シェリーの耳にもコボルトの集団が向かってくる音が聞こえたのだろう。近くまで来たシャルロットとフラタルエのうち、フラタルエもシェリーと同じように音を捉えたらしく、顔つきが険しくなっている。いわゆる戦闘モードと言うヤツだろう。
「シェリー、シャル、フラタルエ! 火の魔術は極力使わないようにして! メインは風の魔術で! シェリーとフラタルエは突撃したいならライトセーバー使ってもいいわよ!」
「お、話がわかるね、エル」
「いいの、エル?」
「フラストレーションを溜めるよりはいいでしょ。それにライトセーバーも立派な魔術よ」
聴覚に鋭い亜人たち以外の人間たちにも奇声が聞こえてくる。「いよいよお出ましね」と半ばワクワクしながらエルは舌舐めずりをする。
少しして森を突っ切ってコボルトの集団が先導する騎士団に襲いかかってきた。
それを大盾で防ぐ騎士団員たち。
あくまで主役は学生たちなので、騎士団員たちは防御に徹して棍棒での攻撃を盾で防いだり、剣で弾いたりしている。
パニックになる学生もいたりしたが、たいていの学生はそれぞれ後方から攻撃魔術を発動させ、コボルトの集団を屠っていく。
エルたちの班も風の魔術を中心に組み立て、後方から騎士団員の援護に徹する。
斥候と言った連隊長の言うとおり、30分もする頃にはコボルトの集団は倒しきり、辺りには魔物の流した血の饐えた臭いが充満する。
「各学生のリーダーは被害報告をするように!」
連隊長がそう声を張り上げ、次々に班のリーダーたちが「被害ありません」「魔力を使いすぎました」などの声が上がる。
エルもシェリーたちに状況を尋ね、3人とも体力、魔力ともに問題ないことを確認してから大声を張り上げて「問題ありません」と言った。
各リーダーが報告を上げるのを聞く限り、目立った被害はないようだった。魔術を乱発して魔力切れを起こした学生がいたりはしたものの、怪我をした学生はいないようで、連隊長も安堵したように息を吐いた。
「では行軍を続ける! 今のが斥候だとすれば巣は近いだろう! 皆気を引き締めるように!」
「はい!」
コボルトの集団程度ではまだまだ余裕がある学生がほとんどのようで、元気な返事が聞こえる。
それに満足したのか、連隊長は再び騎士団員たちを連れて歩き出した。
その後をエルたち学生もついていく。
おそらく巣にはコボルトロードもいることだろう。
斥候と言うからにはまだまだ多くのコボルトが巣に残っていると見て間違いはない。
だが、エルたちの班も、他の班のほとんどもまだ意気軒昂としていて、疲れた様子を見せる学生はほとんどいない。
むしろ初陣を上々の成果で終えられたことで士気が上がったように感じる。
エルたちはオーシェでのスケルトン相手の戦いが初陣だったから、むしろ他の学生たちとは違って落ち着いていた。
「さて、いよいよこれからが本番ね。少しでもいいから喉を潤しておいたほうがいいわよ。巣に近づいたらそんな暇もないだろうし、すぐに詠唱で喉がカラカラになるだろうから、今のうちに喉を潤しておいて」
「わかったー」
「了解」
「うん」
シェリーたちがそれぞれ頷いて、持ってきた水筒の水で喉を潤す。
エルも腰にぶら下げていた水筒を取って喉を潤す。
同じようにちらほらと水筒で喉を潤す学生たちがいたが、むしろ少数派だった。こういうことに気の回るリーダーが少ない、と言うことなのだろう。それと初陣の成果に浮かれてそこまで気が回らないかだろう。
だが、魔術は詠唱を伴うものである以上、喉は大事だ。
声が掠れて魔術に失敗しては危険に晒されかねない。
騎士団員が守ってくれるとは言っても戦闘に絶対はないのだ。できることは今のうちにしておいたほうがいい。
それに巣に到達すればどれくらいのコボルトがいるのかもわからない。
約40名の学生と20名強の騎士団員がもし100体のコボルトに囲まれたらそれこそ危険である。
シェリーやフラタルエのような亜人はともかく、大半が人間なのだから焦って魔術が発動できないでは身を危険に晒すだけだ。
それならば準備は万全にしておくべきなのだ。
プログラムにバグがつきもののように、物事に絶対はない。
常に最悪の事態を想定して、それに対処できるようにしておくのが大人と言うものだ。
エルは伊達に長生きしていない。
現代日本で29年。この世界で16年。生まれ変わっていなければもう45歳のいい大人なのだ。それくらいの分別はとうについている。
だが、逆に言えばエルを除く学生たちはまだ16年しか生きていない若者である、と言うことだった。
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