第17話
漏れ聞くところによると、ジャクソンは白状したらしい。
この世界で騎士団がどういう取り調べをするのかはわからないが、ケントが集めた証拠を突きつけて詰問した結果、半ば自棄になって白状した、と言うところだろうか。どちらにせよ、放火殺人未遂の事件の犯人はジャクソン・ニコラウスと判断され、シェルザールは当然のように退学処分を言い渡した。そしてジャクソンはドリンを追放。殺人未遂を起こした息子を出してしまったニコラウス家もひっそりとドリンから出ていったとのことだった。
こんな犯罪者を国外追放にしないのもどうかとは思ったが、シェルザールに入れるほどの魔力を有した人間を国外追放にすると他国に渡ってしまう。それならば秘密裏に監視をつけて国内にいる様子を見張っていたほうがいい、と言う判断なのだろう。
魔術で国が安定しているトライオ王国だから他国に魔術の技術や人材が流れるのは阻止したいだろうからいくらあんなことをした犯罪者とは言っても国外追放にはできないのだろう。
ジャクソンの処分が決まってこれで平穏な生活が戻ってくると思ったエルは、春も近づいた12月になる頃には実際に平穏を取り戻していた。ジャクソンの処分が決まったことで噂も落ち着き、相変わらずシェリーとともに目立つコンビとして名は通っていたが、それだけのことで恙なく学校生活を送っていた。
後期の講義も終わり、1ヶ月の春休みに入ったこともあって学校に行かなくてすむようになったことも大きい。学校ではどうしても人と接しないといけないが、寮ならば寮生だけですむし、2年生は卒業して何かの進路を決めてその進路へ進むかの選択が待っていたこともあったからだ。
それと卒業試験もある。
12月の末のギリギリに卒業式があるから、それまでの間に卒業単位を取らないといけない。卒業単位は教師3人の卒業認定を受けられればそれでいいのだが、論文の発表なり、実技なり、座学の試験なり、何でもいいから自分で選んだ単元で卒業単位を取らないと問答無用で退学扱いになってしまう。
シェルザールに在学していたと言うだけでも十分魔術師としてはやっていけるが、きちんと卒業できたかできなかったかの差は大きい。だから春休みに入った1年生のことなどに構っていられない。
そういうこともあって、2年生は自分のことで手一杯。1年生は悠々自適な春休み。
ジャクソンの噂がどうこう言っていられる状況ではないのだ。
そして12月の末の卒業式を迎え、ほとんどの学生が卒業を手にして卒業していく中、寮では恒例の部屋割りが行われることになっていた。
新入生の入学式はまだもう少し先だが、2年生になると寮住まいの学生は1階の部屋に移ることになっていて、だいたいこのときに1年生のときとは別のルームメイトと一緒に暮らすようになる。
くじ引きで新しいルームメイトと暮らすことになるのだが……。
当然のようにシェリーが駄々をこねた。
「ヤダヤダヤダヤダ! エルと一緒がいい!!」
「そうはいってもくじ引きだから誰になるかはわからないのよ?」
部屋割りを取り仕切る寮母さんはシェリーの駄々に困ったように答える。
「ヤだよー。エルと離れ離れになるなんて卒業してからでいいー!」
集まった寮生を困らせるシェリーの駄々にエルも溜息しか出ない。
とは言え、エルもシェリーと離れて別の誰かと暮らすのもあまり嬉しくない。
一から関係を構築するより、付き合いの長いシェリーのほうが気兼ねがなくていいし、勝手知ったるなんとやらで遠慮もいらない。シェリーの駄々に同意するわけではないが、一番仲のいいシェリーとは別の誰かと暮らすくらいならシェリーのほうがいい。
「寮母さん、いいですか?」
「なぁに? エルちゃん」
「私もできればシェリーと一緒のほうが他の寮生に迷惑がかからないと思うんですけど」
「どうして?」
「きっとシェリーは別々になっても頻繁に私のところに遊びに来るでしょう。そこで騒がしくしていたら同室の人に迷惑です。私だけならこの1年間一緒に暮らしてきた経験があるからどうとでもあしらえますが、同室になった子の迷惑になるのなら、最初からシェリーと同室のほうが他の寮生にとってもいいと思うんですけど」
「エル! ひっどーい!!」
憤慨するシェリーの太腿の体毛を思いっきり引っ張って黙らせる。
「いいから黙ってなさい」
小声で黙らせても悪し様に言われてシェリーは不満そうだ。
「うーん、そうねぇ……。みんなはどう思う?」
寮母さんが他の寮生たちを見渡して意見を求める。
すると「確かにエルの言うとおりだ」と言う意見が大半を占めた。中には慣例に従うべきだと言う意見もなかったわけではないが、エルの意見の説得力のほうが勝ったようだ。
「エルちゃんはそれでいいの?」
「はい。もう慣れていますから」
「じゃぁみんなもそれいい?」
「異議なーし」
誰かがそう言うとほとんどの寮生が同じように「異議なし」と口を揃える。
「じゃぁ仕方ないからエルちゃんとシェリーちゃんはくじ引きなしで同室ってことでいいわね?」
「はい」
「え? いいの?」
「何? シェリーは不満なの?」
「不満なわけないじゃん!」
「じゃぁ黙ってなさい」
そうして部屋割りのうち、エルとシェリーは同室と言うことで決まり、他の寮生たちはくじを引いて部屋割りを決めた。
それからは簡単な引っ越しをすませて新しい部屋でシェリーと向かい合う。
「それにしてもエルってばひどいじゃない。あんなにあたしのこと悪く言うなんて」
「同室になるためにはああ言うしかなかったのよ。シェリーが手のかかる子ってのはみんな知ってるから、私に押しつけられるなら押しつけたいって気持ちもあっただろうし、シェリーがちょっと悪者になればこうやってまた同室になれたんだからいいじゃない」
「それはそうだけどさー……」
「ホントにシェリーが別の子と一緒になりたかったならあんなこと言わないわよ」
「エルがいい」
「じゃぁ少しくらい我慢しなさい。それにこれくらいの話なんてみんなあっという間に忘れちゃうわよ。今までどおり、私とシェリーで一緒に暮らすんだからそれでいいじゃない」
「なんかモヤモヤするけど、一緒になれたからいっか」
こういう切り替えの早さもシェリーのいいところである。
事実、別々になったらシェリーはエルの部屋に入り浸るようになるだろうし、そうなれば--人によるが--うるさいシェリーが一緒にいると迷惑だと思う寮生も多いだろう。それならば何かと理由をつけて同室にしてもらったほうが面倒くさくないし、気心の知れたシェリーと一緒ならばエルも今までどおりの生活ができる。それに親友なのだから同室になって嬉しいのは何もシェリーだけではない。
「2年生になったらどうなるんだろうねー」
「聞いた話だと理論と実践が主体で、ときどき遠征にもでかけるみたいね。場所によっては魔物と戦う必要がある街とかに行く学生もいるだろうから、そういう経験もさせてより実践的な魔術が扱えるようにするみたいだわ」
「また理論やるのかー。考えるの苦手なんだよなー」
「だいたい理解できていれば実践で覚えられるわよ。前にもシャルと話したときに言ったけど、シェリーは実践で覚えるタイプだから理論を完璧に覚える必要はないわ。実践できるくらいまでに覚えておけば、後は実践で試して身体を覚えていけばいいわよ」
「エルがそういうならそうするー。--でも新入生が入ってきたら先輩になるんだよねー。どんな子たちが入ってくるんだろー?」
「さぁね。まぁジャクソンみたいなのはいないと思うけど」
「あいつかー。ホントろくでもないヤツだったよねー」
「まぁもうドリンにはいないんだし、ニコラウス家もいなくなったみたいだし、もう私たちには関係ないわ。それよりちゃんと卒業できるように頑張らないと」
「そうだねー」
もう機嫌が直ったのか、ニコニコしているシェリーとそんな他愛のない話をして春休みの一日は過ぎていった。
新入生の寮生の入寮も終わり、新入生にはとうとう入学式が明日という日に、2年生は2年生で行う講義のオリエンテーションを受けた。
聞いた話通り、2年生の前期は理論と実践、そして2ヶ月に1度の遠征がカリキュラムに組み込まれていた。理論と実践は1年生の前期と後期で散々受けてきたので目新しさはないが、遠征というのが面白い要素だった。
遠征はその名の通り、1週間程度を費やして魔物の出る場所に騎士団と一緒に出向き、護衛は騎士団に任せて対魔物戦闘の実戦を行うのが主眼のカリキュラムで、これまでに習った攻撃魔術をいかに臨機応変に使いこなせるかが見られる。もちろん亜人であっても、基本的に肉弾戦はしてはいけない。あくまで魔術の実践のために行う遠征だから、いくら身体能力の高い亜人であっても魔術で攻撃しなければならない。そのために騎士団が護衛としてついてくるのだから至極当然な話である。
そもそも場所によっては町が魔物の被害に遭うようなところも多々ある。そうした場合にも魔術師は貴重な戦力として数えられるから魔物との戦闘は避けて通れない。エルの故郷の村では魔物なんて出てこない平穏な村だったが、シェリーのいた村は魔物と戦うのが日常風景の場所だったのだから魔術師にも戦闘の心得は必須、と言うわけだ。
1年生の後期での実践では手加減して魔術を行使していたが、魔物が相手ならば遠慮する必要はない。バンバン魔術を使ってガシガシ殺しても誰も文句は言わない。魔物の被害の多い町などでは遠征で魔物の数を減らしてもらえてラッキーだし、こっちはこっちで実戦での勘を掴むことができてWin-Winの関係にある。
大きな街になれば騎士団が常駐していたり、魔術師の数が多かったりするので、魔物の被害はそこまで大きくはないが、そうではない比較的小さな町などではそういうわけにもいかないから、そうした町を助ける意味でも有意義な実習だった。
オリエンテーションが終わると、すぐにどの教師に教わるのかの選定に入る。
2年生のカリキュラムは理論と実践と言っても、エルが調べてきた魔術具の製作なんかも講義にあったり、古代魔術の講義なんかもあった。1年生よりもカリキュラムの幅は広がっていたので、どれを選ぶかによって今後の進路にも影響してくる。
そのため、どの学生も教師の選定には頭を悩ませるのだが、エルはあっさりしていた。
それもそのはず、またもやシェリーに丸投げしたのである。
シェリーは「受けたい講義があるんじゃないのー?」なんて言っていたが、1年生のときに魔術具を作ったように、やりたいことがあるなら大図書館で本を借りて調べればいいし、今後のことなどまだ決まっていない。それよりもシェリーひとりで講義を受けさせて心労を増やすくらいなら一緒に受けて1年生と同じことをしていたほうが気が楽なのだ。一緒の講義ならシェリーがわからなくて泣きつかれたときに教えることも容易いし、わからなくて調べて教えるなんて二度手間をしなくてすむ。
半分本気で「シェリーと一緒がいいのよ」と言ったらシェリーはとても嬉しそうにしていたので、それだけでも丸投げした甲斐があると言うものだ。
そうしてシェリーが選んだ教師は1年生のときとは少し違っていた。
治癒魔術を極めたいというシェリーはメリンダ先生は外すことができなかったようで、メリンダ先生は同じで水のマナはこれで決まり。1年生のときは身体能力の関係から、光、闇、風のマナは古式派を選んだが、今回は光のマナに革新派を選んだ。1年生で学んだ結果、光属性の魔術は汎用性が高く、相性も闇以外特に問題にならない。攻撃、防御、補助と光属性の魔術はその適用範囲も多岐に渡るから、より実践的な魔術の勉強ができる教師を選んだようだ。
逆に土のマナについては古式派になった。組み合わせ次第では土の魔術は大きな力を発揮するが、1年生で勉強してみて特段目立った効果のある魔術はなく、シェリーの中では「畑の役に立てばいい」くらいの位置に格下げされたらしい。それならばより汎用性の高い魔術を習える古式派のほうが合っている。
残りは変わらなかった。
同じ教師に学んだほうが1年生のときの経験が生きるし、教え方もわかっている。新しい教師で一から関係を構築するより、もう慣れて話しやすい教師のほうがいいと判断してのことだった。
シェリーは選んだ教師を配布された紙に書き、エルも同じ内容を紙に書き写す。
「えへへー、これで1年間またエルと一緒ー」
「短い学生生活だもんね。有意義に使わないと」
「そうだねー」
嬉しそうなシェリーと一緒にオリエンテーションが終わっても、選定が終わるまで待っていた教師の下へ講義の紙を提出すれば今日はおしまいだ。
明日は入学式があり、新入生もとうとうシェルザールでの学校生活を始める。
学生寮に入った学生はすでに意気投合して仲良くなった人がいたりするが、そうではない学生にとっては入学式が始めの一歩だ。
きっと期待と不安に胸を躍らせて入学式に臨むことになるだろう。
1年前の入学式と言えばジャクソンに絡まれて、ルーファスにまた助けられたことを思い出す。あれからジャクソンとの関係は悪化の一途を辿り、殺人未遂なんて事件にまで発展したのだから人間とは恐ろしいものである。
まぁ2年生になってほとんどの学生とはいい関係を築けているし、エルとシェリーのふたりですでに知らない者がいないと言われているくらいの名物コンビになっている。目立ちすぎるのはどうかとは思うが、コンビとして気軽に声をかけてくる学生のほうが多く、良好な関係を築けている一因でもあるので全くの無駄ではない。
それにシェリーとは魔術具が作れたとしても、こうして顔を突き合わせて話をしたりできるのは残り1年だ。
シェリーが故郷に心置きなく帰れるように、甘えたり頼ったりしてくるときには存分に力になってあげようと決意を新たにした。
今年の新入生代表挨拶は、グラハム・ウェインと言う少年が務めた。
去年のルーファスと同様、入学試験で唯一SSの魔力判定を受けた魔力の高い少年で、おかっぱくらいの銀髪を靡かせたなかなかの美少年だった。
ウェイン家は魔術師としては母親の代からの新参者ではあったが、母親もシェルザールの出身で王都の宮廷魔術師として働くキャリアウーマンだった。
革新派に属し、ルーファスの祖父エルドリンにも認められる才女として革新派の中でも若手の有望株として名が通っていた。
そんな母親に魔術の才能を見出され、幼い頃から革新派の魔術師として修練を積んできたグラハムは、家柄は違えどルーファスと似た境遇にあった。
当然革新派の重鎮であるグランバートル家のことも知っていたし、ルーファスのことも母親から聞いて知っていた。
シェルザールで自分と同じように新入生代表挨拶をした革新派の超有望株。授業態度も真面目で、研究熱心。魔術師としての態度も学生同士同じ立場だと言う理念の元、分け隔てなく接する優等生。教師からの評判も高く、将来は祖父の跡を継いで革新派の重鎮になること間違いなしと目されている憧れの先輩だった。
そんな憧れの先輩と同じ新入生代表挨拶を任されている栄誉にグラハムは愉悦を感じていた。
絶対にルーファス先輩のような優秀な学生になってみせる!
その決意の元、立派に挨拶をこなし、答辞としてルーファスの言葉を受ける。
あれがルーファス先輩……。
金髪碧眼の好青年と言った印象のルーファスに痛く感銘し、同じ学び舎で生活できることを嬉しく思っていた。
堂々たる答辞に感動し、余韻に浸っている間に入学式が終わってしまった。
まずはルーファスに近づきたい。
その一心で壇上の脇からいつの間にか姿を消していたルーファスを探して、講堂を見渡してみるととある学生と話をしているのが目に入った。
片やどう見ても10歳くらいにしか見えない小さな人間の少女。
片やルーファスの身長を10センチ以上も上回る大きな人猫の少女。
こっそり近づいて話に耳をそばだてていると2年生のカリキュラムについて話をしているようだった。
しかもかなり親しげで、ルーファスほどの逸材に敬語を使うどころか、タメ口で堂々と話している。
ルーファスほどの逸材にタメ口とは許しがたいと思うくらいに、グラハムはルーファスに心酔していた。
だが、ルーファスと話しているあのふたりは見覚えがあった。
少し考えて同じ寮生だと言うことを思い出す。確か2年生が「エルシェリ」とまとめて呼ぶほど寮の中では有名だったはずだ。
確かエル先輩とシェルタリテ先輩だったはず。
エルの名前はフルネームで覚えていたが、シェリーのほうはあいにくと覚えていなかった。人間はたいていの場合、名前と名字で名前が構成されるが、亜人は3つ4つと名前が長い場合が多い。だから覚えきれなかったのだが、そんな些細なことより、ルーファスと親しそうにしているほうが気になった。
母親の話の中であんな小さな先輩がシェルザールにいること自体聞いたことがなかったし、その近くにあんな大きな人猫の先輩がいることも聞いたことがなかった。
それもそのはずで、ラザードの意向でジャクソンが起こした事件のことは極力伏せるように魔術省に要請があったからだった。もちろん、いくらラザードが魔術省に顔が利くとは言っても限度がある。しかし、魔術省も魔術師を志す者ならば誰もが憧れるシェルザールでの大事件と聞いて黙ってはいられなかった。シェルザールでは言うに及ばず、ドリンでも重い罰金刑を含む箝口令が敷かれていたからだった。
だからシェルザールではあんなに大きな噂になったにも関わらず、新入生であるグラハムが知らないのも無理はなかった。
しかもドリンから王都までは馬車で3週間はかかる距離にあるから、噂の詳細が漏れ伝わることがなかった。
それでも人の口には戸は立てられない。何かドリンで大きな事件があったことくらいは知っていたが、それがシェルザールで起きたことだとはまだグラハムは知らなかった。
それよりも今はあの3人の関係のほうが重要だった。
ルーファスほどの人材が何故あんな小さな先輩と大きな先輩と親しげなのか。
看過できない出来事として、グラハムの中で大きな爪痕を残した。
2年生の最初の講義の、さらに最初に行われるのが学生の魔力判定だった。
だいたい平均して18歳くらいまで魔力は成長すると言われているので、入学試験のときの合否判定、2年生になったとき、そして卒業試験のときに魔力判定を受けて、自分にどれくらいの魔力があるのかを計ることになっていた。
エルの結果はS。
入学試験のときはA判定だったので、順調に成長している。このまま成長していけばSSSを超えて、この世界で類を見ないチート級の魔力を持つまでに成長することは確実だと思えた。
ちなみにだいたいシェルザールの学生は卒業する頃にはほとんどの学生がS判定の魔力を保持していると見做されている。シェルザールに入学することを諦めきれずに、16歳のときの合否判定では満足できず、歳を重ねて入学する学生もごく少数ながらいるから、そういう学生はA判定のまま卒業することが多い。
そもそもドリンにはシェルザール以外の魔術学校はたくさんあるから、魔術師を志す者はだいたい16歳になって身の丈に合った学校を選び、そこで魔術の勉強をして世の中に出ていく。
セレナのように魔力が弱くても、村の治療院の魔術師と言ったように生活には困らないのだからわざわざシェルザールに拘る必要はないのである。
それはさておき、順調に魔力が成長していることを確認できたエルはご機嫌だった。
ちなみにシェリーもS判定。
ふたり揃って順調に魔力は成長していた。
ルーファスはと言うとSSS判定をもらったらしく、早くも2年生の間では噂になっていた。入学試験でSSだったのだから、順調に成長すれば当然SSSになるだろうことは予想できたが、エルにはそれを上回るチート級の魔力があるはずなのだ。前世のプログラマーとしての知識や音楽の知識があればルーファスなど恐るるに足らない。
もっとも、だからと言って平穏無事な学校生活をふいにしてまでルーファスと争う必要はない。
ルーファスとは懇意にさせてもらっているし、ルーファスも「エル」「シェリー」と呼んで気軽に声をかけてくる。月に1度くらいは色んな教師の勉強会にも誘われて、新たな知見を得ることができているので、いらない波風を立てて今の関係を壊すほどのことではない。
せっかくジャクソンという厄介な相手がいなくなって、平和な学校生活が送れるようになったのだから、それをわざわざ壊す理由はない。だいたいそんなことをしたって何の得にもならない。
魔術具のほうも順調に改良を重ねていた。援助金が入れば香油などの道具を揃えて、色々試してみた結果、寮の部屋と外くらいの距離では安定して話ができるようになっていた。もちろん問題もある。話をするためには定期的に風のマナを補給しなければならないのだ。そうしないとそのうち効果が切れてしまうことがわかっているので、どうにかしてこの問題は解決したかった。シェリーは忘れっぽいからこのままだと風のマナを補給するのを忘れて使えなくなってしまう可能性もある。いや、悪くても数日間くらいは保たせないといけないだろう。1日や2日くらい忘れても問題ないくらいには改良しないとシェリーが卒業して離れ離れになった後に困る。一応別れるときはシェリーの村のことも聞いておくつもりだったが、手紙ではいったいいつ届くかわからない。もし使えなくなってしまって、またエルが改良を加えたり、修復したりする時間を考えると何ヶ月、いや何年も歳月が過ぎてしまう怖れがある。
そうならないためにももっと手を加えなければならない。
シャルロットなどのシェリーの次に仲のいい寮生は、そういう魔術具を作る作業を見ているので「頑張るわねぇ」とか「うまく行くといいね」なんて言葉をかけてくれるので、それも励みになっていた。
他にも古代魔術の勉強も続けていて、講義に実践、部屋に戻ってからはシェリーの相手をしながら魔術具や古代魔術の研究などに勤しみ、とても充実した日々を送っていた。
平和が一番と思っているエルだったが、ルーファスに誘われる勉強会は全て革新派の教師たちばかりだと言うことも知らなかったし、シェリーもそもそも派閥に興味がないから知らない。
水面下では着々とルーファスが外堀を埋める作業をしていて、今のところエルはそれに全く気付いていない。
だいたいルーファスが革新派の重鎮の孫だからと言って、エルのような学生を革新派に引き入れようと画策していることなど想像だにしていない。
ルーファスは寮生以外では結構仲のいい友達、くらいにしか思っていない。
派閥の力関係に聡い学生は、ルーファスの動きに薄々気付いている者もいないわけではなかったが、学生の身で派閥争いの渦中に飛び込むわけにもいかないし、エルが革新派に入ったからと言って派閥を選ぶのは本人の意思なのだから他人がどうこう言うべきことではない。
だからルーファスの動きに気付いている者もエルに何も言わないし、エルも言われないから気付かない。
そもそもが派閥争いなんてものに興味がないのだから気付けと言うほうが無理なのだ。
逆にルーファスのほうが魔術具や古代魔術に興味を示すエルを警戒している、と言ったほうがいい。両方とも古式派が得意とする分野だけに、エルは古式派に近づいているのではないかと危惧しているのだ。
実はそれも勘違いで、魔術具について調べて試しているのはシェリーのためだし、古代魔術に興味があるのも面白いし、遙か昔にあったとされる大がかりな誰も成し得ない魔術を知るのが楽しいからだ。
そこに派閥がどうこうと言った感覚はない。
ただ純然たる興味や友情の証としてやっているだけで、他意は全くないのである。
だが、派閥に縛られているルーファスにはそうは見えていない。
それに祖父から革新派にと言われているから、是非とも革新派に引き入れなければならない相手なのだ。
ルーファスにとっては勝負の1年間。
エルにとっては今後の進路を決めるための1年間。
ともに思いのズレを抱えながらの2年生の始まりとなっていた。
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