第15話
シェリーはパーティが終わった日の夜、たらふく食べて、楽しい時間を過ごせてすやすやと眠っていた。
「もう食べられないよ……」と寝言を時折呟いたりしながら、静かな秋の過ごしやすい夜に安眠を貪っていた。
しかし、鋭い嗅覚が異臭を感じてヒクヒクと動く。しばらくは眠りの中に落ちていて気付かなかったそれも、次第に強くなってきたので眠い目を擦りながら起き上がった。
暗い部屋の辺りを見渡しても異臭の原因は見つからない。
気のせいかと思っても、異臭はどんどん強くなってきて「いったい何だろう?」と不審に思っていた。
だが、次の瞬間、目を疑うような出来事が起きて一瞬固まった。
エルが寝ているベッドが火に包まれたのだ。
「エル!!」
一瞬で目が覚めてエルの側に行こうとしても火が邪魔をして近付けない。
しかしこのままではエルが大火傷を負って、もしかしたら死んでしまうかもしれない。それだけは我慢がならなかったので、とにかく何ができるかを考えた。
手っ取り早くできることと言えばようやく事態に気付いて起きたらしいエルを連れ出して逃げることだ。だが、燃え盛る火がそれを邪魔して近付けない。
水のマナで水を生み出して火を消すことも考えたが、シェリーが習った魔術ではベッドを包むほどの火を消すことはできない。
ならばと意を決して水のマナで水を生み出し、自分の身体を濡らすとエルのベッドに飛び込み、エルを救出してすぐさま逃れる。
「エル! エル! 大丈夫!?」
「う、うん……、少し身体が痛い……。どこか火傷したかも……」
エルの部屋着についた火を叩いて消して身体を見ると、あちこちが赤く腫れている。
治癒魔術をと思っても今はとにかく火を消すほうが先だ。それにシェリーの治癒魔術より、もっと治癒魔術を得意としている2年生の寮生にでも頼んだほうが確実だ。
そこまで考えてとにかく今は部屋を脱出する。
「誰か! 誰か助けて!! 火事だーーーーーーーー!!!!!」
これ以上出ないと言うくらいの大声で叫ぶと、少しして何事かと起きてきた寮生たちが部屋から出てくる。
「どうしたの!?」
「よくわかんないけど、エルのベッドが急に燃え始めたの! あたしひとりじゃどうにもならないから手を貸して!」
「わかったわ! シェリーはとにかく他にも人を集めて! 火事ならひとりふたりじゃどうにもならない」
この階は1年生が主に暮らしている。1年生の魔術で火事を鎮火させるためには人数が必要だ。シェリーは言われたとおり、とにかく近くの部屋のドアをエルを抱えたまま叩いて助けを呼ぶ。
そうして集まった1年生たちや、騒ぎを聞いてやってきた2年生や寮母さんの手助けもあり、部屋の火事は鎮火した。
学生寮が石造りだったのが幸いして類焼することがなかったのは救いだった。
だが、エルが寝ていたベッドは完全に炭化し、このままでは眠ることができない。エルの火傷はパーティで出会った治癒魔術の得意な2年生が治療してくれたおかげで事なきを得ていた。
どうするかを考えるより先に、寮母さんがゲストルームとして空いている3階の部屋を使って今日は寝るように言ってくれたので、寮母さんの案内に従って3階の空いている部屋を使わせてもらう。
いったい何故突然あんな火事が起きたのか。
まだ秋で、肌寒くなってきたとは言っても火の魔術を使うほど寒くはないので、エルが魔術に失敗したとか、そういうことはないだろう。寝言で魔術を発動させてしまったとしても、あんなふうに一気にベッドが燃えてしまうこともないだろう。
とにかく不審な点が多い。
シェリーは眠ろうとしても、この不審火が気になってその日はよく眠れなかった。
エルは火傷の治療のおかげもあって、部屋が変わってもぐっすり寝ていつもどおりの時間に起きた。
「エル、おはよー……」
珍しくシェリーが先に起きていて挨拶をしてくる。
「珍しいわね。シェリーが先に起きてるなんて」
「夜のことが気になってあんまり眠れなかったんだー」
「そっか。そういえば気付いてくれたのはシェリーだったわね。あのまま寝てたらもしかしたら死んでたかもしれないわ。助けてくれてありがとう、シェリー」
「いいよー。エルのためだもん」
「とにかく身支度を調えて朝食にしましょ。まだ秋休みだけど、たぶん色んなことがあるだろうから、食べれるときは食べておいたほうがいいわ」
「うん、そうだねー」
そうしてふたりして着替えて、朝食を摂ってから新たにあてがわれた部屋に戻ってしばらくすると寮母さんがやってきた。
「ふたりとも来てちょうだい」
「はい」
寮母さんに促されるままに元々使っていた部屋に連れてこられる。部屋の前には教師が3人ほどいて、おそらくはこれから実況見分が行われるのだろうと言うことは想像がついた。
どういう状況で火事になったのかを訊かれ、シェリーがそれを説明し、それを聞いた教師たちが部屋を検める。特にエルが使っていたベッドは重点的に調べられ、ほぼ炭化したベッドからひとりの教師があるものを見つけてきた。
それは小さな水晶玉でほぼ炭化していると言っても一応原形は留めていた。
それを教師たちは手にしてあれこれ話している。その話を耳をそばだてて聞いてみると、どうやら魔術具のようだった。
魔術具と言ってもドリンでは珍しくない時限式の発火装置らしく、これから寒くなる冬に向けてよく出回る類いの魔術具らしかった。主な用途は暖炉に火を熾すことらしい。出掛ける前にどれくらいの時間で発火するように詠唱を唱え、帰ってくる頃にはすでに暖炉の火がついていて部屋が暖まっている状態になる。古式派が研究して作り出したありふれた魔術具で、魔力がなくても正しい詠唱さえ唱えれば誰でも使える代物らしかった。
もちろん、どうしてこんなものが部屋にあるのかも問い質されたが、冬でもない、暖炉もない寮の部屋でこんなものを使う理由などなく、そもそもこんな魔術具があったこと自体知らない。
それをエルもシェリーも伝えると、教師陣は不思議そうな顔をした。
それは当然だろう。だいたい食事は食堂があるから部屋で火を使うことはないし、暖炉がないからそもそもこの手の魔術具を使う理由がない。水分補給なら食堂へ行ってお茶でも取ってくればいいから部屋で火を熾して湯を沸かすと言うこともしない。
エルとシェリーに心当たりがないのであれば、いったい誰が何のためにこんなものをベッドの下に置いたのか、と言うのが疑問らしかった。
だが、エルにはたったひとりだけ心当たりがあった。
ジャクソンである。
このところ絡まれることがなくなったとは言え、街で騒ぎを起こして止めた後のあの言葉はしっかりと覚えている。それに他の学生たちとは良好な関係を築けている中で、一番こんな犯罪まがいのことをしそうな知り合いと言えばジャクソンしかいない。
だが、証拠がない。
現代日本と違ってこの世界には粉末を使って指紋を検出するようなものなどない。それにそもそも指紋が証拠になると言う事実を知っている者などいないし、警察権を持つ騎士団も現行犯逮捕がほとんどだ。捜査という点では騎士団より、魔術に詳しい教師陣のほうが様々な知識を持っている分適任なのだろうが、炭化した小さな水晶玉では証拠になりにくい。しかもこの時期になるとよく出回るような簡単な魔術具など、手に入れようと思えば誰でも手に入れることができる。ただ恨まれているからと言う理由でジャクソンの名前を挙げたとしても、シラを切られればいくら追求したところで無駄だろう。
心当たりはあるのに証拠がなくて言い出せない。
もしシェリーではなく、普通の人間だったとしたら燃え盛るベッドからエルを助けて逃げられたかどうかなんてわからない。悪くすれば焼死してしまっていたかもしれないくらいの出来事だったというのに、証拠がなくて泣き寝入りするしかないと言うのか。
ほぼ1日かけて部屋を検めた結果、わかったことと言えば魔術具の発火でベッドが燃えた、と言うことくらいでいったい誰が何の目的でこんなことをしたのかまでわからなかった。
これはエルの想像だが、お祭りのパーティでほぼ全ての寮生が部屋にいないことを知ったジャクソンが寮に忍び込んでエルのベッドの下にこの魔術具を仕込んだのだろう。シェルザールの学生ならば寮に入ることは簡単だろうし、折しもパーティが開かれていたのだから誘われたのだと言い張れば寮生でない学生が寮に入る理由としては十分だ。そして部屋のドアの横には誰が住んでいるかの名前が書いてある。パーティは3時間あまりに渡って続いたから、エルとシェリーの部屋を見つけて魔術具を仕込むことは簡単だっただろう。部屋の鍵はおそらく魔術で開けたと考えられる。古式派の古い魔術師の家系だから、学校で習っていない魔術を知っていてもおかしくはない。
唯一幸いなのはエルは死なずにちゃんと生きていることだ。
2年生の治癒魔術で火傷も跡も残らず治療してもらったから普段通りに動ける。
だが、どうしたものかと思う。
こんなことをしでかすのはひとりしかいないと言うのに、それを追求する手立てがないのだからモヤモヤする。どうにかして証拠を掴んで殺人未遂として騎士団に突き出せれば、ジャクソンはシェルザールを退学。今後魔術師として生きていくための道は極めて狭まるだろう。
いくら恨んでいるからと言って殺そうとしてくるヤツに容赦する必要はない。
どうやって証拠を掴めばいいのか思案しているところに、ふとひとつアイデアが思い浮かんだ。うまく行くかどうかはわからないが、やってみて損はないし、証拠が掴めなくてもお願いを聞いてもらってそれですっきりする。
そうと決まれば早速行動だ。
エルは簡単に推測をシェリーに話して、翌日には目的地へ向かった。
シュードル地区へ向かったエルとシェリーは、ケント・ハーマンの屋敷に辿り着き、呼び鈴らしきボタンをシェリーに押してもらった。すると少しして以前にも出てきた老紳士が出てきて、ふたりのことを覚えていたらしく、申し訳なさそうに「ご主人様は現在立て込んでおりまして」と恐縮された。
もちろんすぐに会えるとは思っていなかったので、アポを取ってから再び訪れることにしてその日は帰った。
そうして3日ほど経ってからケントの使いの使用人が10日後なら会えると約束してくれたので、その10日後の講義が終わった後に行くことを伝えて、ケントに会える日を待った。
そうしてケントに会う日がやってきて、シュードル地区に出向いたふたりは、愛猫を助けてくれた恩人としてケントは再び応接室に通してくれて、おいしいケーキとお茶でもてなしてくれた。
ケーキに目を奪われるシェリーをよそに、エルはすぐに本題に入った。
「以前お話しさせていただいたお願いの件なのですが」
「あぁ、もちろん覚えているよ。何でも言ってくれたまえ」
「調べてほしいことがあるんです。ケントさんの人脈を使ってどうにかして調べてもらえないかとお願いに来たんです」
「調べ物か。それなら騎士団に行ったほうがいいのではないかね?」
「騎士団はもう来て、匙を投げました。証拠が少なすぎる、と。そこでもしかしたらケントさんなら何かわかるかもしれないとこうしてお願いに来たんです」
「ふむ。一応話を聞いてみようか」
ケントがそう言ってくれたので、火事の一件を包み隠さずケントに伝える。
するとケントは最初は柔和な笑みを浮かべて聞いていたのだが、事件の内容を知るに連れて険しい顔になっていった。
「……なるほど。将来有望な国の宝であるシェルザールの学生を手にかけようとは許しがたい。ドリンに住む者としても魔術師には縁が深い。商売として魔術具も扱っているからその線から何かわかるかもしれないね。君たちには恩義がある。できうる限りのことをすると約束しよう」
「ありがとうございます」
ケントが話のわかる人でよかった。むしろドリンに住む者としては魔術師とは切っても切り離せない商売をしているのかもしれない。もしかしたらそう言った線から証拠を掴んでジャクソンに辿り着くことが可能かもしれない。
「ただ少し、と言うかどれくらい時間がかかるかわからないからそれは許してくれ」
「それは構いません。おそらくですが、祭りの日のパーティという隙を狙った犯行だと思うので、普段通りに生活している分には他の寮生の目がありますから、迂闊なことはしてこないでしょう」
「ならいい。何かわかったら使いの者を向かわせるからいい報せを待っていてくれ」
「よろしくお願いします」
話が終わったので、エルもようやくケーキに手をつける。
前も思ったが現代日本でも通用しそうなパティシエになれそうなくらいおいしいケーキとお茶に舌鼓を打ち、少し世間話をしてからハーマン家を後にした。
寮に戻って、無事だったものを新しい部屋に移し替えたエルとシェリーは部屋でくつろいでいた。無事だった品物はあまりなく、魔術具でもある制服と金属であるお金くらいで、残りはあまり使わないようにしていた援助金をはたいて新しく買い揃えていた。残念だったのは入学試験のときに使った、母親のアンナが誂えてくれたワンピースも燃えてしまったことだった。
「エルー、あれで大丈夫なのかなー?」
「今はケントさんの人脈を頼るしかないわ。あの手の商人は人脈も広いし、独自の情報網を持ってるはず。もし何もわからなくても厄介なお願いを聞いてもらってそれで金貨とかそういう話にならなくてすむし、何かわかればジャクソンを追い詰めることができるわ。もう学校も始まってパーティのときみたいなことはできないでしょうから、ジャクソンが寮に入ってくるようなことがあれば逆に好都合だし、今度何かあれば寮生じゃないジャクソンが疑われるのは必至よ。そこまでバカなんだったらそれまでだし、大人しくしていてもケントさんが情報を掴んでくれれば儲けものくらいの気持ちでいましょう?」
「エルがそういうならわかったー」
これでできることはやった。
現状で証拠が出てこない以上ジャクソンを追い詰めることは不可能だ。ならば一縷の望みにかけてケントを頼るしかない。ダメでもともと。活用できるものは活用して、それでもダメならまた別の方法を考えればいい。もしかしたらまた何かをやらかして、ボロを出すかもしれないのだから今はとにかくジャクソンとケントの出方を待つしかない。
シェリーは疑いが濃厚な相手がわかっているのに、どうしてこんな回りくどい方法を採らないといけないのか、少し不満そうだったが、証拠もないのに犯人扱いをしようものなら逆にこちらの立場が悪くなりかねない。
そう言ったことは極力避けて、今までどおり生活して証拠が揃うのを待つのがいいとシェリーを説得したところ、シェリーはエルがそこまで考えているのならばと不満を抑えてくれた。
後期の講義は教師を替えることができる。前期では合わなかった教師を替えて、新しい教師の下で勉強をする、と言うこともできたが、ほとんどの学生は前期と同じ教師を選ぶ。
それも当然で前期から教わってきた教師のほうが慣れているし、合っているのならばわざわざ替える必要がない。
理論がほとんどだった前期と違って、後期は実践も行う機会がたくさんあり、それは研究室で魔術具に魔術をかけると言うやり方から、実験場に出て実際に魔術を発動してみると言ったことまで、後期は前期で習ったことの実践を主体に行われるからだった。
それなのに教師を替えるのはよほどのことでもない限りしないほうが得策なので、ほとんどの学生が前期と同じ教師を選ぶ。
エルとシェリーも同じで前期と同じ教師を選択し、より実践的な魔術の講義に励んでいた。
それと前期と後期で違いがあるのは、午前中の講義が全体講義の一般教養に充てられることだった。
歴史や数学、音楽まで幅広い分野を学べるとあって、こちらも面白かった。
特に音楽の講義は今まで知らなかった楽器や音楽の知識を学べるとあって、とても楽しみにしていた。
まだ後期になって1ヶ月ほどしか経っていないが、その間に音楽の講義で知ったことは、この世界にもオーケストラが組めるほどの種類の楽器がある、と言うことだった。
そのほとんどは宮廷楽士と呼ばれる音楽の道を志した者が、王都に程近いリンネルという街で楽器を習い、だいたいは宮廷楽士として王宮で開催される式典、貴族が主催する個人的なパーティなどで演奏するのが主な仕事になるようだった。
他にも作曲をしたり、貴族の要請を受けてその貴族が主催するパーティなどでも演奏するのが主な仕事内容で、現代日本で言えば古典派の時代の作曲家に近かった。
現代日本では知らない者がいないと言えるモーツァルトでさえ、貴族の要請を受けて仕事をしていた半ば公務員のような存在だったわけで、職業作曲家として成り立つのはベートーヴェンの登場を待たなければならないくらいだった。ならば古典派の時代に近い音楽様式を持つこの世界にあっては、室内楽などはポピュラーな演奏形態で、王宮などで催される式典などではオーケストラ並みの規模の楽団が演奏する、と言うのが楽士の役割だった。
だが、エルにとって何より重要なのはこれで旋律の重要性をこの世界の音楽になぞらえて説明することができるようになる、と言うことだ。オーケストラ並みの規模が揃えられる楽器があるのであれば、現代日本でのオーケストラの知識が役に立つし、旋律の重要性を説くために「この楽器の旋律で」と行った説明も可能になる。
この世界の音楽の知識があれば、現代日本で培った音楽知識でなければ説明できなかった今までと違って、この世界での音楽知識で説明することができるので、もしクルスト先生のような相手に出くわしたときにも説明がしやすい。
一般教養なんて退屈な講義もあったものだと最初は思ったものの、聞いてみればこの世界をより深く知るためには不可欠な講義がほとんどで、むしろ魔術以外の講義で退屈そうにしているシェリーよりもエルのほうが楽しく講義を受けていた。
つまりシェルザールの1年生の講義は、前期で基礎から応用まで幅広く理論を学んで、後期に入ってその実践を主に行う。だから前期はとにかく理論ばかり教わったし、一般教養の単元なんてものもなかった。
理論の講義は時間がかかるから1日1単元の講義になっていたが、後期は実践を主体にするため、午後からの講義でも十分時間が取れる、と言ったところだろう。
この日の一般教養の講義は歴史だったため、歴史なんてものに全く興味のないシェリーは午前中はずっと退屈そうにしていて、前期の全体講義とは逆に寝そうになるシェリーを起こしながら受け、午後からは光のマナのグランデ先生の講義だった。
「今日の実技なんだっけー?」
「確かホワイトバリアって言ってなかったっけ?」
「なんだっけ、それー?」
「光のベールで属性魔術の効果を防ぐ魔術よ。防御魔術の基礎じゃない」
「そうだっけ? グランデ先生、優しくて丁寧でいい先生なんだけど、喋るのがゆっくりだからすぐ眠くなるんだよねー」
「まぁ歳も歳だし仕方ないんじゃない? それより研究室でやるのか、実験場でやるのか聞いてないからどうするつもりなんだろ?」
「どっちでもいいんじゃない? 魔力と成功か不成功かを見るなら研究室でいいし、実際に攻撃魔術を防ぐためにやるんだったら実験場だろうしー」
「どうせなら実験場でやりたいわね。実際に攻撃魔術の効果が防げる体験ができるならそっちのほうがありがたいし、効果もわかりやすいしね」
「あたしはどっちでもいいやー。歴史の講義も眠かったし、グランデ先生の話し声聞いてたらまた眠りそう……ふわぁぁぁぁ……」
手を繋いでいないほうの手でシェリーは大欠伸を隠す。
秋も過ぎてそろそろ初冬と言ってもいい時期になるのだが、ちょうど体毛の生え替わりの時期になっているシェリーは夏用のローブでちょうどいい気温なのだろう。エルは冬用のローブと外套を羽織って防寒対策をしている。
「いいわね、シェリーは。体毛があるから冬でも暖かそう」
「人間みたいに少なくとも暖炉とかはいらないかなー。今の時期があったかくも寒くもなくてちょうどいいんだよー。だから余計眠い……」
「いくらグランデ先生が怒らないからって眠っちゃダメでしょ。しかも実技なんだから失敗したら成功するまでさせられるわよ」
「それはヤだなー。1回でパパッと終わらせて寝てたい」
「実験場でやるなら立ってなきゃいけないから寝られないでしょうに。まさか立ったまま寝るつもり?」
「さすがにそれは無理だなー。なら研究室でやってくれたほうが助かるー」
「そんなこと言ってると実験場になっちゃうわよ」
そんな他愛のない会話をしながらグランデ先生の研究室に向かうと、すでに3人ほど研究室には来ていた。グランデ先生の研究室で講義を受けるのは6人。多くもなければ少なくもないちょうどいい人数だった。
エルとシェリーが来たのでこれで5人。後ひとりとグランデ先生が来れば講義が始まる。
クルスト先生の勉強会のときと同じで、乱雑に魔術具や本が置かれた研究室の隣に部屋があり、そこに円卓や黒板があってそこで講義を受ける。
少しして最後のひとりがやってきて、さらに送れてグランデ先生が研究室に入ってきた。
そこで告げられたのは実験場でホワイトバリアの実技を行う、と言うことだった。
内容はグランデ先生が弱い攻撃魔術をかけるので、それを各々がホワイトバリアを使って防ぐ、と言う実習内容だった。シェルザールの制服はこのホワイトバリアの効果を付与した魔術具でもあるので、もしホワイトバリアに失敗しても学生の身体に怪我をさせるようなことはないとのこと。この辺は熟練の魔術師でもある老齢の教師だけあって、魔術の強弱はお手の物らしかった。
グランデ先生が「ついておいで」と言うので研究室に来ていたエルたち6人は後ろをぞろぞろとついていく。
「あーあ、実験場かー」
「いいじゃない、眠らなくてすんで」
「でも眠いー」
「寝そうになって魔術に失敗しないようにね」
「気をつけるー」
また大欠伸をして今度はそれを隠そうともしない。
しばらく歩いて実験場に到着したグランデ先生とエルたちは空いている場所を確保して、等間隔に並ぶように指示される。それに従って並び、次にまずはホワイトバリアの魔術を発動するように言われる。
言われたとおりにホワイトバリアの魔術を発動させると、身体の周囲に淡く白い膜が殻のように発生する。これが基本のホワイトバリアの魔術で、一度発動させると全方位からの魔術の効果を防御することができる。例えばこれに土のマナを組み合わせると、物理防御に強いホワイトバリアになり、魔物と戦うときの心強い防御障壁として汎用性の高い魔術となっているとのことだった。
ただ今回は魔術を防御するだけなので組み合わせを行う必要はない。光のマナは汎用性が高く、各属性に効果のある防御障壁を生み出すことができる。ただ、闇のマナの魔術とだけは相性の問題で効果が相殺されて消えてしまうことがよくあるらしいので、闇の魔術についてだけは魔力総量が上回っていないと簡単に消えてしまう。
とは言え、弱い攻撃魔術を防ぐだけなら闇の魔術であっても相殺されることはないだろう。シェルザールに合格できるだけの魔力を持っているのであれば、弱い魔力の魔術くらいならどうということはない。
グランデ先生は全員がホワイトバリアを発生させたのを確認すると、短い詠唱を唱えて、火、水、風、土、闇の攻撃魔術を次々と学生たちに向けて放っていく。しかし弱い魔力の魔術では闇の魔術であってもホワイトバリアが消えることはなく、その悉くを防いでいく。「うんうん。みんなちゃんと実技もできているようだね。じゃぁ次はもう少し強めに行くからしっかり集中するように」
「はい」
全員が返事をして、それを満足そうに頷いてからグランデ先生は再び詠唱に入る。
確かに1回目よりは衝撃が強かったが、ホワイトバリアを破るほどではない。
「わぁっ!」
「おっと、大丈夫かね、シェルタリテくん」
気付いて隣を見るとシェリーが尻餅をついていた。淡い白の殻は纏っているから怪我はないようだ。となると単に眠気に負けて集中力を切らして衝撃を受け止めきれなかっただけだろう。
「もう、何やってるのよ」
「ごめーん」
エルの手を借りて立ち上がったシェリーを見て、大事ないとわかったグランデ先生は他の学生に向けて魔術を放っていく。他の学生たちは逆にシェリーの尻餅を見て、それなりに集中しないと同じ目に遭うとわかったのか、放たれる攻撃魔術を見事に防いでいく。
光を除く各属性の魔術の詠唱を6人にそれぞれ行ったので、それなりに時間が経っていた。シェリーが尻餅をつくという失態はあったものの、怪我はなくきちんとホワイトバリアの魔術の効果は発揮できていたので問題ないと判断されたようだ。
「うんうん。みんなきちんとできているね。ホワイトバリアは対魔術、対魔物との戦いで大いに役に立つ汎用性の高い魔術だ。しっかりとこの基礎を身体に叩き込んで、今後の勉強に活かすように」
「はい」
「それじゃぁ今日は少し早いがこれで終わりにしよう。次の講義ではライトセーバーの魔術について実技を行う予定だから時間があったら予習しておくように」
「はい」
「じゃぁ解散」
「ありがごうございました」
全員が一礼したのを見てからグランデ先生は満足そうに実験場を後にした。
エルとシェリーもグランデ先生を見送ってから、まっすぐ寮に戻ることにする。
「ねーねー、エルー、ライトセーバーってどんな魔術ー?」
「簡単に言えば光の剣ね。魔力を集積させて剣のように扱う魔術。基本的に物理攻撃はしないけど、そういう場面に出くわす可能性がないわけじゃないからね。そういうときのための武器としてライトセーバーがあるの」
「そうなんだー」
「シェリーもちゃんと覚えてなさいよね。--まぁでもシェリーならライトセーバーの魔術は必要ないか。ワーキャットとしての力があるから、その辺の弱い魔物なら武器なんていらないだろうし」
「うん。ゴブリン程度なら朝飯前だよー」
「人間にはそういう武器がないから生まれた魔術でしょうね。ただ、魔力を物理的に維持するために集中力を必要とするから、今日みたいに寝そうになってたらすぐに消えちゃうわよ」
「うー、あれは恥ずかしかったー……」
「午前中の座学はいいとしても、実技くらいは寝ないようにしないとね。いくら制服が魔術具だったとしても、そんなことじゃいつかケガしちゃうわ」
「うん、気をつけるー」
「じゃぁ寮に戻りましょうか」
「今日は大図書館はいいのー?」
「まだこの前借りた魔術具の本読み終わってないからね。1週間の貸し出し期限のうちに読んでおかないといけないし」
「魔術具かー。早くエルが作れるようになればいいなー」
「そこは気長に待っててもらうしかないわね。どうも一朝一夕にはできそうにないし」
「そうなんだ。うーん、離れてても話ができるなんていいアイデアだと思ったのになー」
「私もそれは叶えたいから頑張るわよ。とりあえず今借りてる本を読み終えないことには先に進めないわ」
「頑張れっ、頑張れっ」
「応援してくれるなら読んでる間に邪魔しないこと」
「えー!」
「ふふ、ウソよ。シェリーだって今日のおさらいしないといけないでしょ? その間に読んでおくから話しかけても平気よ」
「そっか。ならいつもどおりだねー」
「そうね」
そんな話をしながら日が傾くのが早くなった初冬の夕暮れの中を歩いていく。
繋いだ手のぬくもりがとても温かいのは、シェリーの友情の証なのかもしれないと柄にもないことを考えてしまった。
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