第14話
夏休み終盤は慌ただしかった。
エル自身は慌ただしくなかった。ふたつ出た宿題も早々に終わらせ、夏休み明けの発表に向けておさらいをするくらいしかすることがなかったのである。
では何故慌ただしかったかと言うと、当然と言うか何というか、シェリーである。
夏休みの宿題はふたつ。ひとつは個別講義で習っている各属性のマナや教えを受けた内容の深掘り。もうひとつは何でもいいから個別テーマを決めて、それについて調べてきて発表する、と言うものだった。
エルは深掘りについては古代魔術を、個別テーマは魔術具についての発表をするつもりだったので、今まで半分趣味で調べたことをまとめて発表するだけだった。夏休みの宿題は趣味と実益を兼ねたもので簡単に終わってしまった。
だが、シェリーはそうはいかず、深掘りについては治癒魔術のことをテーマにしたものの、個別テーマのほうがなかなか決まらず、夏休み終盤になっても何をテーマにしていいのかわからない、と言った状況だったのでエルに泣きついてきたのだった。
こうなっては仕方がない。幸いエルとシェリーは個別講義を同じものにしている。おまけにルームメイトとして一緒に暮らしているから共同作業にしてしまえばいいとエルは結論付けた。
そこで魔術具についての勉強を夏休み終盤に集中的に行う、と言うことで乗り切るつもりだった。
共同作業と言うことにするのでもちろんシェリーも発表しないといけない。そのためには魔術具についての知識を一通りは覚えておかないと話にならない。だからひとりで発表する予定だった内容をふたつに分割し、片方をとにかく発表ができるくらいまでシェリーに覚え込ませる、と言う作業で夏休みの最後は過ぎていった。
「エルー、あたし、大丈夫かなー?」なんてことを夏休み最終日になって言い出すシェリーに、「私もサポートするから安心して」と宥めて夏休みは終わった。
個別講義は各教師の研究室で行われるから、多くて8人、少ないと5人程度しか学生はいない。学校であると同時に学究機関でもあるシェルザールは、教師の数も多いからそれでも全く困らない。むしろ不人気な教師だと教鞭を執ることがないくらいなので、噂ではあえて厳しい態度を取って不人気な印象を与えて、研究一筋で生活する教師もいるとのことだった。
そして夏休みが明けて発表する日がやってきて、エルは恙なく、シェリーは何とか合格を勝ち取る成果を上げることができて、ホッとしていた。
これから秋休みまでの1ヶ月間は再び個別講義を受け、前期の最後には試験がある。
試験と言っても大したものではないらしく、これまで勉強してきた魔術の実践をようやくやらせてもらえるとのことで、各研究室で教師が使う魔術具の水晶玉に魔術をかけて、これまでの勉強の成果を見る、と言うものだった。
これは特に失敗したからと言って赤点というものはなく、今まで理論ばかりを教わってきた学生がどれだけ実践を行うことができるかを見るためのものらしい。よほど不勉強な学生でもない限り、理論通りの構文を組み立てれば魔術は発動するので、これに失敗する1年生はごくごく稀だと言うことだった。
夏休みが明けて少し経ち、夏休みボケも大分治って個別講義に集中できるようになった頃、週の初めのメリンダ先生の講義にシェリーと一緒に向かっているときに、ジャクソンを見かけた。
あれからジャクソンは大人しくしているようで、夏休みの間も特に騒ぎを起こすこともなく、夏休みに入ったから会うこともなく、ほとんど存在を忘れかけていたくらいだったのだが、すれ違う瞬間、背筋を怖気が走るほどの気配を感じて立ち止まった。
振り返ってもただ絡まれるでも睨まれるでもなく、去っていくジャクソンからどうしてあんな気配を感じたのか不思議だったが、理由がわかるはずもなく、シェリーが「早く行こうよー」と急かすのでそのときは急かされるまま、ジャクソンのことは頭からすぐに消えた。
クルスト先生も1ヶ月も会わなければ諦めたのか、独自に旋律の重要性について気付いたのか、はたまた別の理由か、見かけることもほぼなくなったので、平穏な学校生活は過ぎていった。
ルーファスとはあれからも顔を見かけて時間があれば立ち話をしたり、別の教師の勉強会にたまに誘われたりしてついていくくらいで、取り立てて変わったことはなかった。
他の学生たちとも比較的仲がよく、昼食に寮の食堂で席が近ければ他愛ない話に興じたりと、「平和が一番だなぁ」と思わせられるくらい、何事もなかった。
そうして半月が過ぎ、ようやく前期最後の試験を教師たちから告げられる時期になっていた。
これは各属性のマナの個別講義ごとに行われ、試験の日はただ実践する順番を待って、水晶玉に魔術をかける。そしてそれが終わればそれで個別講義は終わり、と言う簡単なものだった。
シェリーは少し不安そうだったが、エルは幼い頃に散々実験してきた経験があるので何の心配も、不安もなかった。むしろ、不安そうにするシェリーを、「ちゃんとふたりで勉強してきたんだから大丈夫よ」と元気づけるくらいだった。
そうして試験の日がやってきて、ふたりとも無事合格して秋休みに入った。
秋休みと言っても「試験お疲れ様」と言うくらいの意味合いしかなく、期間も10日ほど。
では何故この時期に秋休みなんかがあるのかというと、お祭りがあるからだった。
故郷の村では収穫祭が秋に行われて、冬を迎えると言うのが定番だったが、ドリンでは主神であり、学問の神様でもあるイライダイルが亜人を含む人類に言葉という文明を授けたのが秋休みの間の日にあるので、これに対するお祭りが学問の街らしく、盛大に行われるのだ。
昔は秋休みなんてものはなかったとのことだが、このお祭りがあると言うことで浮ついた学生が勉強に身が入らない、なんてことが多発したため、60年ほど前から秋休みを設けてお祭りの間だけは勉強のことは忘れて楽しんでいいよと言う学校の計らいらしかった。
シェルザールがそういう日を設けたので、他の魔術学校もそれに倣い秋休みに入るので、この時期はどこの魔術学校でも秋休みに入り、思う存分お祭りを楽しむことができる。
ドリンに暮らす多くの学生は祭りを楽しむために街へ繰り出すのだが、シェルザールはちょっと違っていた。
寮の食堂を使ってささやかなパーティが開かれるというのだ。
もちろん、街に出てお祭り騒ぎに混じるのもいいのだが、援助金で暮らす学生には街に出て散財するより、学校が全ての経費を負担してくれるパーティのほうがお得と言うこともあって、2年生を含む寮生はほとんどがこのパーティに参加するらしかった。
もちろんエルもシェリーもパーティに参加することにしていた。
いつ何があってお金が必要になるかわからない。極力援助金は手元に残しておきたいから、学校側が用意してくれるパーティは渡りに船だった。--船だったはずだった。
「パーティなんてワクワクするねー」
「シェリーはそうでしょうけど、私はあんまり賑やかが過ぎるのはちょっとねぇ……」
「どうして? 夏休みにはシャルたちと旅行に行ったりしたじゃない」
「あれは避暑という名目があったからであって、こういうパーティみたいなのはあんまり好きじゃないのよ」
「騒がしいの嫌い?」
しゅんとなってシェリーが上目遣いに尋ねてくるので慌てて否定する。
「シェリーが嫌いってわけじゃないのよ? ただ、大人数で賑やかなのが苦手なほうってだけだから」
「エルが楽しめないんじゃあたしも楽しめないー」
「シェリーは好きなことをして楽しんでくれればいいのよ? 私に遠慮する必要なんてないんだから」
「でもぉ……」
「ふふ、そんなこと言ってても、いざパーティが始まったらおいしいものたくさん、楽しいことたくさんですぐに楽しめるようになるわよ」
「そうかなー」
「きっとそうよ。シェリーだって私の他に仲良しの寮生なんていくらでもいるでしょ? そういう子たちと一緒になってお祭りを楽しんでいいのよ」
「エルはどうするのさー?」
「私は食堂の隅っこで大人しくしてるわ。ほら、シェリーのお目付役がいないとだしね」
「ぶーぶー、あたしはそんなに子供じゃないやい」
「そういう風に言うからまだ子供なのよ。--まぁでも、シェリーが楽しんでるのを見てるほうが私も楽しいわ。だから変な遠慮はしないこと」
「はーい」
もっとも、シェリーの心配はしていない。
きっとパーティが始まれば、言ったとおり、おいしい食事に楽しいお喋り、小さなイベントを楽しんでくれることだろう。そういう子供心を忘れないシェリーを見ているのは本当に楽しいし、寮にいてパーティに参加しないのも無粋だ。16歳になってお酒が飲めるから、酒も振る舞われるだろうが、そこは学校主催のパーティである。過度な飲酒は止められるだろうから、前世の飲み会みたいに絡まれることもないだろうという予想もあった。
それに生まれ変わってこの世界に馴染んできて、いくらか賑やかな場所でもどうすれば目立たないでいるかもわかっていた。現代日本の狭い居酒屋のような場所ではとにかく人と接しないといけない距離があるが、この世界では遠く離れて眺めていれば近寄ってくる者はあまりいない。誰もがお祭りなどに夢中になって、ひとりで眺めている子供なんかに構ってはこない。
もちろん、パーティは食堂でやるからある程度の距離感は仕方ないだろうが、それでも食堂は広い。どういうパーティの形式になるにせよ、食堂の隅っこで大人しくしていれば、比較的仲のいい同級生の寮生くらいしか話しかけてきたりしないだろう。放っておいてくれさえすれば、パーティに参加して眺めている分には問題がない。
しかも強制参加ではないのだから街に繰り出す寮生のことを考慮すれば、食堂に集まる人数は、夕食時になると大勢の寮生で賑わう食堂とはまた違うだろう。
そうしたことを考えると参加してもシェリーの楽しそうな様子を見て満足して、ただそれだけで終わる可能性だってないわけではないのだ。
そうなればひとりでただ賑やかなパーティを眺めているだけ、と言う理想的な構図になるのだから、多少話しかけられるかもしれないリスクを考えても気にはならない。
シェリーだって子供っぽいとは言っても、エルが望まないことを無理強いするほど他人の機微に疎くはない。それにエルに懐いているからこそ、エルの望まないことを進んでするような女の子ではない。
もし、そんなエルの気持ちがわからない無神経な女の子だったら短い間でこんなにも仲良くなれなかっただろう。
手のかかる妹のような存在ではあったが、前世でも妹のことは溺愛していたし、この世界でも弟がいた。年上という立ち位置に慣れていたから、シェリーのことは案外簡単に受け入れられたし、シェリーもまた色んな意味でエルを慕ってくれていたから今の関係が築けたのだと思う。
現代日本では人間関係が疎ましくてフリーになったが、この世界では人間関係に恵まれて、今のところはうまくやれていると思った。
祭りの日、グランバートル家では家族が揃ってささやかなお祝いをするのが慣例になっていた。
最初は単に祭りに興味がない祖父エルドリンが、祭りの日でも家で研究に没頭していたために家族で過ごすようになったのだが、いつの間にか祖父母、両親、兄、ルーファスの6人で食卓を囲むのが毎年のことになっていた。
この日ばかりは王都から長い時間をかけて両親や兄も帰省して、さらにルーファスは師匠と弟子という立場も忘れて、いつもより豪勢な食事に舌鼓を打ちつつ、他愛のない話に花を咲かせるのが通例になっていた。
祖父は革新派の重鎮だが、祖母は魔術の才能がない。だが、陰に日向に祖父を支えるよき妻として祖父からは愛されていたし、魔術省のナンバー2である父も政略結婚にしては不満のない妻を迎えてそれなりにいい関係を築いていた。
兄は魔術の才能がなかったので、父について魔術省で働いていて、まだ下っ端とは言え、父の才能を受け継いだのか、有望な若手として目されているようでルーファスにとっては別の意味で尊敬できる兄だった。
幼い頃は祖父に目をかけられているルーファスを煙たがっていた兄だったが、自分の道を見つけてからは兄弟の仲は良好で、今では父と並んで魔術界の状況を教えてくれるいい兄だった。
新入生代表を務めるほどの魔力を持ったルーファスはやはり両親の期待も大きく、ルーファスの話題になると自然シェルザールでの話題になる。
ルーファスは魔力に目覚めてからは祖父から厳しく魔術と、魔術師としての振る舞いを叩き込まれて育ったからジャクソンのように魔力の強弱によって人を判断することはしない。
入学試験のときのエルへの対応がそうだったように、いくら魔力が弱くても使い方次第では立派な魔術師と言えるほどの才能を持つ者がいる。逆に魔力が高くてもジャクソンのように人間性に問題があれば見下されてしまうこともあることを祖父からしっかりと教えられていた。
だからエルを革新派に欲しいと言った祖父の考えも理解できるし、ジャクソンが街で騒ぎを起こした噂から知ったエルとシェリーの活躍から、祖父はますますエルを革新派に引き込むことを望むようになっていた。
エルの魔力がシェルザールの合格基準である最低のA判定だったことは知っている。
しかし、独学で様々な魔術を扱えるようになったその頭脳は確かに革新派にふさわしいと思っていた。
さらに「歌」と言う概念を独自に発見した観察眼も見逃せない。
魔力はルーファスに到底及ばないとしても、これまでの様々な出来事からルーファスはエルのことを買っていた。打算的に見れば互いに切磋琢磨できる相手として申し分ないとすら思っていた。
もし容姿があれでなければ結婚相手として考えてもいいくらいなのだが、いかんせん見た目が子供すぎる。
16歳のいい大人が10歳くらいにしか見えない女を相手にするなど異常性癖者だ。
だが、見た目とは裏腹にシェリーはよく懐いているし、実際見た目を裏切るくらいに中身は大人っぽい。
そのギャップがまたエルの存在が面白いと思えるところだった。
「どうしたんたい? 思い出し笑いだなんて気持ち悪い」
笑いながら兄がそんな風に言ってきたので軽くかぶりを振った。
「ちょっとシェルザールのことを考えていただけです」
「おや? 気になる女子学生でもいるのかい?」
「そういうんじゃありませんよ」
気になると言えば気になるのだが、兄が笑って振ってくるような色っぽい話ではない。
「違うのか。残念だな。魔術一筋で生きてきたルーにもやっと春が来たのかと期待したのに」
「なんで残念そうなんですか。そういう兄さんこそ、そろそろ結婚相手を見つけても言い頃じゃないんですか?」
「おっと、手痛い反撃を喰らってしまったね。だが、あいにくとまだでね。候補がいないわけではないけど、今は仕事で手一杯なんだ」
「兄さんがまだなのに、僕にそんな相手がいるわけがないでしょう。ただ、面白いと思う学生はいますよ」
「へぇ、ルーほどの魔術師が目をかける人材ね。どういう人なんだい?」
「外も中身も見た目通りではない、と言ったところですね」
「やけに抽象的だね」
「本当にそう言うのがふさわしい人物なんです」
「ふぅん。気になるなら手を回してあげるけどどうする?」
「いえ、今はいいです。シェルザールでも良好な関係を今のところは築けていますから」
「頼ってもらえないのは残念だがそう言うのなら仕方がない」
「何かあれば頼らせてもらいますよ」
「うん」
兄は頷いてワイングラスを傾けた。
そう、今は祖父の意向を汲んで革新派に近付けるように仕向けるのが先だ。今のところ外堀を徐々に埋めつつあることに気付かれている様子もないし、シェルザールでの2年間で革新派に引き入れることができればいい。祖父も急いて事をし損じるのだけは望まないだろう。
話の内容から祖父も兄との話がエルのことだとはわかっているのだろうが、祭りの日の晩餐に師匠として振る舞うのは無粋だとわかっているので、食事をしつつ、祖母と会話を交わしている。
いつもは厳しい師匠である祖父だが、たまにはこういう何でもない家族のひとりとして接することができる機会は楽しいものだ。
せっかくの祭りの日の晩餐なのだ。
ルーファスも楽しまなければ損とばかりに、ようやく味に慣れ始めたワインを口に含んだ。
パーティに参加する寮生で食堂を簡単に飾り付け、主神イライダイルの像を倉庫から引っ張り出してきて、食堂の中央に安置すれば準備は終わりだ。
この日のために食堂のおばさんたちは張り切って料理を作ってくれるらしく、シェリーは今からパーティのご馳走に胸を躍らせているようだった。
そうして始まったお祭りのパーティは、寮生の約3分の2が参加する大規模なものになった。
やはり街に出て散財するより、学校主催のパーティのほうがお金がかからず、生活に余裕が出ると考える学生のほうが多いと言うことだろう。
ブッフェ形式の料理と、乾杯のときにだけ配られるワイン。それらを手に、寮母さんが簡単な挨拶と乾杯の音頭を取ってからパーティは始まった。
エルは乾杯のときにだけワインを一口だけ口に含んで残りはテーブルの上に置いておく。誰かが残りを飲んでくれればいいし、残っても問題はない。やはり学生と言うことでお酒は乾杯のときだけ振る舞われ、後はソフトドリンクしか配られない。これならよほど他人のワインを横取りしたり、酒に弱い人間でない限り酔っ払って絡まれると言う心配もない。
「エル、ホントにいいのー?」
「いいわよ。私は部屋の隅っこで大人しくしてるから、シェリーはパーティを楽しんできて」
「エルが一緒じゃないとつまんないよー」
「大丈夫よ。他のみんなだっているんだから、すぐに楽しめるようになるわ。それに、食べたいんでしょ?」
「そりゃぁまぁ……」
肉、魚、野菜、果物、デザートと多種多様な料理が並ぶブッフェ形式の料理に、大食漢のシェリーはチラチラと目を向けている。
「私はここにいるから、好きなだけ食べて、好きなようにしてきたら? 見ててあげるから」
「じゃぁすぐに戻ってくるねー」
そう言ってシェリーは早速料理を取りに行った。
エルも料理を少しだけ取って、部屋の隅っこに陣取り、食べながらパーティの様子を眺める。
人が多いので賑やかではあるが、乱痴気騒ぎとまで行かない穏やかな賑やかさで、これくらいなら故郷の村での収穫祭くらいの雰囲気だろう。広い食堂はテーブルだけが置かれ、立食形式のパーティになっていて、寮生たちは思い思いにお喋りに花を咲かせ、料理に舌鼓を打っている。
シェリーもフラタルエと言った同じ亜人の寮生に掴まってお喋りをしていて、料理を平らげながらニコニコとご機嫌そうな様子が目に入る。
これならシェリーもエルがいなくても問題ないだろう。シェリーはエルにはとても懐いているが、他の同級生の寮生ともやはり仲がいい。特に数少ない同じ亜人同士ではエルには想像もつかない絆ができているのか、それとも同じ亜人同士話が合うのか、すぐ戻ってくると言った割には散々声をかけられて戻ってくる気配はない。
だが、人懐っこいシェリーにはこれで十分だろう。
むしろ比較的仲がいいとは言ってもエルにべったりなシェリーはもっと他の学生とももっと仲良くなってもいい。
エルばかりではなく、他の学生とも交流して、視野を広げて、魔術の知識も蓄えて卒業すれば、村に帰った後もその経験は財産となって生きるだろう。
そうした意味でもこうしたパーティに参加して、他の学生たちと交流を深める場があってもいいのだ。それにルームメイトなのだからエルに甘えたいときはいくらでも甘えさせてあげられる。
「エル」
「あら、シャル」
夏休みに一緒にオーシェの町に避暑に出掛けたシャルロットがエルを見つけて声をかけてきた。
「シェリーと一緒に混ざらないの?」
「正直こういう賑やかな場所は苦手なの。だから今日はシェリーが羽目を外しすぎないようにお目付役」
「あはは。でもシェリーなら大丈夫でしょ」
「私もそう思ってるけど、何があるかわかんないからね。シェリーは敬語を使うのも苦手だから先輩にもタメ口だし、何かあったときのためにここで見てるってわけ」
「ホント、エルシェリって姉妹みたいよね」
「そうね。手のかかる妹がいて困っちゃうわ」
「その割にはいつも一緒で楽しそうにしてるじゃない」
「楽しいよ。シェリーはとてもいい子だから甘えられてもイヤな気持ちにならないし」
「ホントにいいコンビよねぇ。よっ! シェルザールの名物コンビ!」
「よしてよ。目立ちたくてシェリーと一緒にいるわけじゃないのに」
「でも寮生から伝わって、シェルザールの中じゃ知らない人のほうが少ないくらい有名なの知らないの?」
「何それ。初耳だわ」
「子供みたいなのにお姉さん気質のエルと、大きいのに子供っぽくていつもエルの後ろをくっついてるシェリー。これで目立つなって言うほうが無理よ」
「うわぁ……。あんまりいい話にならなさそう」
「そうでもないわよ。仲のいいコンビで微笑ましい、って見方が大半みたいだから」
「それならいいんだけど。ところでシャルは混ざらないの?」
「さっきまでメアリやフラタルエたちと話しててあんまり料理を食べてないから食べに来たの」
「そうなんだ。じゃぁまったりしていきなよ。私はここでシェリーを見守ってるからさ」
「うん、そうする」
そこで会話が途切れ、料理を食べ終わったエルは色んな人に声をかけられて、それでも料理を食べる手を休めないシェリーを眺める。
食堂の料理はおいしいからパーティに出された料理もおいしい。普段は遠慮しているのか、お代わりは1回しかしないシェリーも料理がなくなればすぐに次の料理を取ってきて、お喋りをしながらもりもり食べている。
気持ちいいくらいの食べっぷりについつい笑みが零れてしまう。
そんな光景を眺めていると、ふと前のほうで人が離れてステージのように広間になった。
何かイベントでもやるのだろうかと思っていると、おそらくは2年生だろう寮生が、魔術を使った大道芸を披露し始めた。
水のマナを使って出した水玉をジャグリングし始める学生や土のマナを使って作り出した小さなゴーレムを次々に乗せていく学生などなど。
おそらくは2年生になって組み合わせの魔術の実践を行っている学生が、相性のいいマナ同士を合わせて作り出したもので芸を披露していく。
それをエルは「ああいう組み合わせであんなことができるのか」と感心しながら眺めていた。
そんな大道芸を眺めているとシェリーが戻ってきた。
「お帰り、シェリー」
「ただいま。はー、食べた食べたー」
「満足そうでなりよりだわ。普段よりも多く食べてなかった?」
「たくさんあるんだもん。食べられるだけ食べてきちゃった」
「もう満腹?」
「まだまだ行けるよー。その前に少しお腹を落ち着かせようと思って」
「相変わらずよく食べるわねぇ。逆に感心するくらいだわ」
「食べられるときに食べる。これが村で生きていくための秘訣だよー」
「お喋りも弾んでたみたいで何よりだわ」
「うん。エルと一緒じゃないお喋りも楽しかったよ。2年生かな? 治癒魔術に詳しい先輩がいて、色々教えてもらえたりして面白かった」
「有意義な時間を過ごせてるならいいわ」
「エルはずっとここにいるのー?」
「うん。私の分までシェリーがパーティを楽しんできて」
「了解!」
ビシッと敬礼するシェリーに笑みが零れる。
これでシェリーもエルだけでなく、他の学生たちとももっと仲良くなれるだろう。エルも比較的他の学生たちとも仲がいいほうだが、どちらかというと人付き合いを苦手にしているのでシェリー以外とあまり積極的に関わろうとは思っていない。
シェルザールの学生はそれぞれ夢や進路を持ってここにいるのだし、シェリーのようにもう卒業した後のことまで決まっている学生も多い。まだどういう道に進むか決まっていないエルにはそう言った進路のことを話すのはちょっと気が引ける。
シェリーには遠慮なく言えるが、どちらかというとふらふらしているエルには明確な目標がある学生たちが眩しい。もちろんそういう進路のことを聞いて参考にするのもありだとは思うが、まだ入学して半年しか経っていないのだ。2年生になってから進路のことを考えても遅くはない。
しばらくエルとお喋りをしてお腹が落ち着いたのか、シェリーは再びブッフェのほうに向かっていって食事を再開した。
それを微笑ましく見ながらエルはパーティを眺めるだけの時間を、それなりに楽しんでいた。
寮生のほとんどがパーティに参加するか、そうでない寮生は街に繰り出して遊んでいるかで、寮のどこの部屋にも誰もいないと言う状況があんなことになるとは、シェリーが楽しそうにしているのを眺めて楽しんでいるエルには想像もつかなかった。
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