第13話
第13話
夏休み半ば。半月が過ぎて夏真っ盛りのこの時期、ここ数日うだるような暑さに参っていた。
お昼はまだいい。風の魔術をシェリーとともにお互いにかけて風を送って涼しい時間を過ごすこともできたが、夜が寝苦しい。ベランダに続く掃き出し窓を開けていても、風ひとつ入ってこない暑さでなかなか寝付けないなんてこともあった。
特にシェリーは人猫だから体毛がある分つらそうで、お昼も夜もぐったりしてベッドに寝転がっていることが多かった。人間でさえ暑くてつらいのに、亜人であるシェリーの暑さはいかほどのものか想像もつかない。
今日もとても暑くて、魔術具について調べていても暑さが頭がぼーっとして中身が頭に入ってこない、と言うくらいだった。
そんな午前中のある時間に、ふと部屋のドアがノックされた。
「エルシェリー、いるー?」
「いるよー」
ぐったりしているシェリーに代わって返事をすると、ふたつ隣の部屋の同じ1年生シャルロットが入ってきた。白髪に赤い目といわゆるアルビノの容姿をした珍しい女の子で、疲れた顔をしているからシャルロットもこの暑さに参っている口だろう。
「今日も暑いわねぇ」
「そうだねぇ。シェリーなんかほら、これだよ」
ベッドで唸っているシェリーを顎で示すとさもありなんとシャルロットは頷く。
「こう暑いと何もする気が起きないわよね」
「うん。本を読んでてもさっぱり」
「そこで友達と話してたんだけどね、ドリンから半日ほど馬車で行ったところに、近くに湖があるオーシェって町があるらしいの。わたしたち、そこに遊びに行って涼もうって話になったんだけどエルシェリもどうかなって」
シャルロットは部屋が近いこともあってそれなりに仲のいい友人だ。そのよしみで誘ってくれたのだろう。
「私は行ってもいいけど、シェリーはどうする?」
「あたしも行くー。冷たい水の中で思いっきり泳ぎたいー」
「だってさ。私たちに異存はないよ」
「じゃぁふたりとも行くってことで。あと、メアリとフラタルエ、ジャスミンに声をかけてて全員の了解は取れてるから。日程は明日朝早くに出掛けてオーシェに1泊して遊び倒す。これでどう?」
「異議なし」
「あたしもー」
「じゃぁ準備しておいてね。明日になったらまた声をかけに来るから」
「わかったわ」
「はーい」
そう言ってシャルロットは部屋から出ていく。
「シェリー、湖だって」
「水遊びー。泳ぐー。涼しいー」
喋るのも億劫なのか、単語を並べるだけのシェリー。「これは相当参ってるな」と思いつつも、エルも1泊で湖に遊びに行けば涼しい時間が過ごせるだろうと思って今から元気になるようだった。
メアリ、ジャスミンは人間の女子学生で名前も顔も知っている同じ寮生だった。フラタルエは人狼の亜人でシェリーほどの大きさはないものの、平均的な男子学生くらいの身長のある女の子で、こちらも比率の少ない女子学生の、さらに人狼の亜人と言うことで顔も名前も知っていた。
同じ寮生と言うこともあって、全員が顔見知りなので気兼ねはいらない。さすがにこの世界に水着はないので、水遊びをすると言ってもせいぜい下着姿になるくらいで、たいていはワンピースなどの軽装で遊ぶことが多い。乾燥している気候だから夏の日差しと相俟って乾くのも早いから多少濡れたところで問題はない。
翌日までに1泊分の着替えを用意して準備を整えたエルとシェリーは、呼びに来たシャルロットに連れられて寮を出て、シェルザールを抜け、ドリンの門から馬車に乗って一路オーシェを目指した。
今日も暑くてシェリーとフラタルエはぐったりと馬車の中でも黙ったままで、お喋りは亜人よりもまだマシなエルたちが賑やかにする。とは言ってもどちらかと言うとあまり喋らないほうのエルはシャルロットたちの話を聞いて、途切れそうなら話の接ぎ穂を加える、と言うことをして会話を途切れさせないようにしていた。
そうして半日ほど馬車に揺られて到着したオーシェの町は、ドリンほどではないがそれなりに大きな町だった。おそらくは湖が近くにあると言うことで、夏には避暑に訪れる人が多くいるのだろう。同じような目的で集まった老若男女でオーシェの町は賑わっていた。
早速宿を探してふたり部屋を3つ確保し、遅い昼食を食べてからすぐに湖に向かった。
場所は宿の主人に聞いたが、西に行けばすぐにわかると言われたのでぐったりしている亜人ふたりを引っ張ってオーシェから西に向かうこと約10分。もう誰もが何度も踏み締めて道になったところを歩いていくと、それは広い湖に出た。
「うわぁ……、大きい……」
誰かが感嘆の声を上げる。確かに広い。湖と言うからどれほどのものかと思ったが、いわゆる現代日本でよく使われる東京ドームふたつ分くらいはありそうな大きな湖だった。
「やっと着いた!」
「ひゃっほー!」
歩いているときまでぐったりしていたシェリーとフラタルエは湖を見るなり、そのまま水辺へと飛び込んでいった。ふたりともさらしに腰布という軽装だから、濡れたところで裸と大差ない。ざっぷーん! と水しぶきがふたつ上がってすぐにふたりは浮き上がってきた。
「「きっもちいー!!」」
見事にふたりの声がハモって思わず笑みが漏れる。
「エルたちも早くおいでよー! 気持ちいいよー!」
シェリーが呼ぶのでシャルロットたちと顔を見合わせて、そのまま同じようにして湖にダイブする。4つの異なる水しぶきが上がって、それぞれ違うタイミングで水の上に顔を出したところでエルたちはぷっと吹き出した。
「気持ちいいわねぇ」
「家族連れとかたくさんいるけど、気にしてなんかいられないわ」
「そうそう。どうせ服なんて風の魔術で乾かせばいいんだから平気平気」
メアリ、ジャスミン、シャルロットの順に、口々に楽しそうな声を上げ、メアリたちは早速水をかけたりして遊び始めた。
女子高生くらいの年齢の女の子が服が濡れて下着が透けて見えるのも構わず水遊びに興じる。幼い頃のエルだったら見逃せない事態だと思っていただろうが、悲しいかな、もう女として生きてきた時間が長すぎる。それに元気な様子で遊ぶシャルロットたちを見ていればそんな邪な感情なんか湧いてくるはずもなく、どうせならと一緒になって水を掛け合いっこしたりして涼を楽しむ。
「フラタルエ、競争しよう!」
「いいわよ。絶対負けないから!」
「素早さではあたしのほうが上だもんねー」
そう言うならシェリーとフラタルエは、それぞれ猫かき(?)と狼かき(?)で湖の中程まで猛スピードで泳ぎ始めた。
「うわぁ、水に入った途端元気ねぇ」
「それだけ気持ちいいんでしょ」
「私たちはどうする?」
「涼みに来たんだし、岸辺で遊んでましょ。競争なんてのは体力のあるあのふたりに任せておけばいいわ」
「賛成!」
シャルロットの〆で思い思いに水遊びを楽しむ。すいーっとゆっくり泳ぐメアリ、ぷかぷか浮いているだけのシャルロット、岸辺から少し中に入って腰まで浸かったジャスミンは水に顔をつけて中を覗いている。
エルはと言うと小さいながらも波があるので、流されては大変とばかりに岸辺に座って足を水につけたままぼんやりと、思い思いに遊ぶみんなを眺めていた。
前世ではプールの授業があったので、その記憶を頼りに泳げないことはないだろうが、もし足がつったりして溺れそうになるとパニックになってどうにもならなくなるかもしれない。魔術を使えば水の中でも呼吸はできるが、パニックになった頭でそういう考えに至る可能性は低い。生まれ変わってからは水深の浅い小川でしか遊んだことがないから、泳ぐのはやめておいたほうがいいだろう。
みんなを眺めているとシェリーとフラタルエが戻ってきた。
「やったー! わたしの勝ちー!!」
「負けたー!」
どうやら軍配は狼かき(?)のフラタルエに上がったようだ。
「どこまで泳いできたの?」
「対岸まで行って戻ってきたー」
身体を水に浸して大の字になったシェリーに聞くと、さすがに身体能力が高く体力のある亜人である。この大きな湖の対岸まで泳いで戻ってきたらしい。
「冷たい水の中を泳ぐのは気持ちいいわぁ」
フラタルエも大の字になって水に浸かる。泳ぎ疲れてしばらく動きたくないのだろう。エルもあまり動く気にはなれなかったから、シャルロット、メアリ、ジャスミンの3人がまた水の掛け合いっこをしているのを3人で眺める。
「エルは遊ばないのー?」
「もう少しこのままでいいかな。水が冷たくて気持ちいいし、私小さいからシャルたちに混ざって遊ぶには身長不足だし」
「じゃぁお喋りしてようよー」
「いいわよ」
それからしばらく、エルはシェリーとフラタルエとともにお喋りに興じ、シャルロットたちは思い思いに遊んで夕暮れになるまで思う存分湖を満喫した。
宿に戻ってから夕食を食べ、シャルロットとフラタルエの部屋にみんなで集まって「今日は楽しかったね」なんて他愛ない話をしていた。
身体を動かすことは少なかったが、炎天下の中湖の冷たい水に浸かっているだけでも涼しくて快適だったので、この小旅行に誘ってくれたシャルロットには感謝しかない。
しかし、明日も湖で半日遊んでドリンに帰るのは面白くない。何か他に涼を感じる遊びはないものかと考えて、エルは不意に意地悪な笑みを浮かべた。
「そういえばさ、さっき用を足しに下に降りたときに聞いたんだけど、湖から20分くらい南に行った先にある林には幽霊が出るらしいよ」
「ま、まさかぁ」
「でも幽霊ってことはレイスでしょ? そんな魔物がこんな近くに出るの?」
「小耳に挟んだだけだから詳しくは知らないけど、何でもその林の木を切ろうとすると必ず高熱にうなされるんだって。だからオーシェの町に来る人にも南の林には入らないようにって注意されるらしいよ」
「でもあたしたち、何も言われなかったよ?」
「そりゃ注意する間もなく湖に遊びに行ったんだから知らなくても無理はないんじゃない? そこで提案なんだけど、今からそこに遊びに行ってみない?」
季節は夏。夏と言えば怪談。怪談と言えば肝試し。
話は当然嘘だったが、夏の定番としてこれは外せないとわざとエルはそんな話をしてみせた。
「えー、やだよぉ。レイスなんて魔物が出るなんてとこ、今から行ったら何があるかわかんないじゃない」
当然シャルロットの否定も想定内だ。
「でもただの噂話かもしれないよ? 度胸試しだと思って行ってみない?」
「それは面白そうだな」
「あたしもー」
「私はイヤ。怖いもん。メアリだってイヤだよね?」
「う、うん。魔物に出くわして無事に帰ってこれるなんて保証ないもん……」
むぅ、エルとシェリー、フラタルエは賛成、シャルロット、メアリ、ジャスミンは反対。
3対3では多数決にならない。
せっかく作り話をでっち上げて肝試しをしようと言うのにこれでは面白くない。湖でばかり遊んでいるのでは、せっかくの小旅行も面白くない。
「じゃぁ明日の午前中は? 午前中ならレイスなんて魔物も出てこないと思うけど」
日の高いうちに肝試しとは面白さも半減だが、要は肝試しができればいいのだ。
「それに明日も湖で遊ぶだけじゃせっかくオーシェの町に来たのにもったいないじゃない。何か変わったことでもやって、思い出を作るのもいいと思うけどなぁ」
「どうする……?」
反対派の3人は顔をつきあわせてこそこそと内緒話をする。
だいたいレイスの1匹や2匹出たところで冷静に対処すればこちらは6人もシェルザールの学生がいるのだ。魔術で浄化してしまうことだって簡単だろう。
「日の高いうちならアンデットも出てこないよね?」
「うん、たぶん」
「エルちゃんの言うとおり、湖だけが遊ぶ場所じゃないもんね。日が高いうちなら私もちょっと探検するのはいいと思う」
そんな3人の会話が聞こえてきて、これはいい流れだと思う。
そもそもでっち上げなのだからアンデットなんか出てくるはずがない。薄暗い林の中で肝試しができればいいのだから賛成の方向に傾き始めた3人の話を見守る。
「森じゃなくて林なんだからいいんじゃない?」
「そうね。日が高いうちなら私もいいと思う」
「みんな行くのぉ?」
「大丈夫よ、メアリ。危険なんてないわ。ちょっと探検したら余った時間はまた湖で涼んで帰りましょう?」
「ジャスミンがそう言うなら……」
結論は出たようだ。これで肝試しができる。本当は分かれて脅かし役なんかがいればいいのだろうが、過度に怖がらせてしまっても可哀想だ。思い出作りにプチ探検をしてみるのもいいだろう。
「で、どうする?」
「じゃぁ明日朝ご飯食べてからみんなで行ってみましょう」
代表してシャルロットが賛成したので、明日はミニ肝試しをすることになった。
翌日、朝食を食べてからそれぞれ着替えていったん湖のほうに向かい、そこから南に下って目的の林に辿り着いた。
全く怖がっていないシェリーとフラタルエとは対照的に、シャルロット、メアリ、ジャスミンの3人は不安そうな表情を浮かべて、フラタルエを先頭に林の中に入っていった。
天気はどうなるかと思ったが、いいのか悪いのかわからない曇天で、肝試しには薄暗くなってちょうどいいとエルは思っていた。
時折鳥の鳴き声が聞こえる林の中を進むこと30分余り。
これと言って目立ったものはなく、まばらに立つ大小様々な樹木が夏の日差しを受けて生い茂り、曇天も相俟って薄暗くて雰囲気はいいのだが、ただ林の中を歩いているだけ、と言うのがつまらなかった。
もっとも、つまらないと思っているのはエル、シェリー、フラタルエの3人で、不安が拭いきれない様子のシャルロットたちは身を寄せ合ってエルたちについてくる、と言う具合だった。
昨日の夜話したのはでっち上げなのだから、魔物が出るはずがないと思っているエルはフラタルエの後ろをシェリーと手を繋いで歩いている。シェリーも手を繋いでいるからご機嫌なのか、それともプチ探検が楽しいのか、足取りも軽くエルの歩幅に合わせて歩いてくれる。
1時間ほど歩いて、そろそろ林を抜けるだろうと言う頃になって、何事も起きず、「案外探検にもならなかったな」とエルが思い始めた頃、フラタルエが立ち止まった。
「なんか聞こえる……」
「何が聞こえるの?」
エルが尋ねると黙るように促されたので黙る。
「あたしも聞こえる」
シェリーまでそう言ったので、亜人特有の鋭い聴覚が何か不審な物音を捉えたようだった。
「な、何!? まさか魔物!?」
メアリが不安そうに震える声で言うのにも構わず、フラタルエとシェリーは黙って耳を研ぎ澄ませているようだ。
「近づいてるな……、聞こえるか? シェリー」
「うん。カチャカチャ言う音が聞こえる」
何かが近づいてきているのだろうか? エルの耳にも微かに何かが擦れる音が聞こえ始めた。
音がするほうに振り向いて、薄暗い林の中をライトの魔術で照らすと、少し遠くに白い何かが見えた。
「あー、あれはスケルトンだな」
「だねー。つまんないの」
フラタルエとシェリーがつまらなさそうにぼやいた。
スケルトンというとRPGにもよく出てくる弱いアンデット系の魔物の代表格ではなかったか。この世界のスケルトンがどれくらいの強さを持った魔物であるかは知らないが、シェリーたちの様子を見る限り、強い魔物ではなさそうだ。
「スケルトン!? どど、どうしよう……! ホントに魔物が出るなんて……」
メアリはその場にへたり込んで震え始める。
「メアリ、そんなに怖がることないよ。スケルトンなんてアンデットの中じゃ最弱の部類に入るんだから」
「で、でも魔物だよ……?」
「任せときな。シェリー、行けるよな?」
「当然」
「じゃぁここで待ってな。ちゃちゃっと蹴散らしてくるからよ」
そう言うなりシェリーとフラタルエは走り出す。ライトの明かりを頼りに、がしゃーんとか言う音がいくつも聞こえてくる。
10分もしないうちにふたりは戻ってきて、怪我をした様子もなく、息を切らした様子もなく、平然としている。
「倒したの?」
エルがそう尋ねるとフラタルエが頷いた。
「スケルトンなんて動きはとろいし、骨だけだからぶん殴って壊してしまえばそれっきりだよ。15体くらいいたけど、全部シェリーと一緒に片付けたからもう心配はいらないぜ」
「はぁ……、よかったぁ……」
その言葉にメアリは安堵に顔を緩ませる。
「幽霊って言うからちょっとは期待したのにスケルトンくらいだなんて歯応えがないな」
「なくてもいいわよ!」
「まぁまぁメアリ、シェリーとフラタルエが倒してくれたんだし、怖いなら早く林を抜けよう?」
エルがそう言うとメアリは頷いて立ち上がろうとするが、一向に立ち上がろうとしない。
「どうした?」
「あ、あはは……、腰が抜けちゃったみたい……」
「しょうがねぇなぁ」
フラタルエがメアリの脇に腕を入れ、肩を貸して立ち上がらせる。
するとシェリーが再び話の奥に視線を向けた。
「フラタルエ!」
「あぁ聞こえた。ちっ、一応普通のスケルトンじゃないってことか」
「どういうこと?」
「だいたいのスケルトンは壊してしまえばそれっきりなんだけど、ここの死霊は思いの外念が強いみたいだな。ぶっ壊したのに復活したようで近づいてくる」
「なるほど。じゃぁターンアンデットの魔術で確実に浄化したほうがいいね」
「そういうことだ」
フラタルエは仕方なくメアリをその場に下ろし、今度はエルたち人間4人の前に立つ。シェリーも続いてその横に並び、スケルトンたちを迎え撃つ準備を整える。
「シャル、ジャスミン、聞いた? 前衛はシェリーたちに任せて私たちは後ろからターンアンデットで浄化するわよ」
「えぇ!? 正気!? に、逃げようよ……!」
「逃げたら湖にスケルトンたちが来かねない。ここで浄化させないと危険だわ」
メアリの泣き言にエルは毅然と答える。
「そうね。スケルトンくらいの魔物、シェルザールの学生であるわたしたちがどうにかできない相手じゃないわよね。ジャスミン、やりましょう!」
「え、えぇ」
シェルザールの学生のプライドに火がついたらしいシャルロット、及び腰ながらもやる気になったジャスミン、そして元々怖いと思っていないエルの3人は、シェリーとフラタルエの後ろに立って近づいてくるスケルトンたちを見据える。メアリは完全に怯えてその場にへたり込んでいる。
「あいつらの動きは鈍いからあたしらで足止めするからその間に魔術でお願い!」
「任せて! シェリー!」
それを合図に俊敏な動きでスケルトンたちに向かっていくシェリーとフラタルエ。
次々と緩慢な動きで攻撃をしてくるスケルトンたちを相手にひらりひらりと攻撃を躱して骨の束にしていく。しかし、しばらくするとスケルトンたちはゆっくりと骨の形を取り戻し向かってくる。
それらに対してエルたちが行うのが各個撃破だ。
「暗き冥府を照らす光のマナよ、邪なる思いに囚われた咎人を光溢れる空へと帰したまえ! ターンアンデット!」
エルの朗々たる詠唱が終わると、今しもシェリーに骨の手を振り下ろそうしていたスケルトンの1体がその場で崩れ落ちる。
「シャル! ジャスミン!」
「えぇ!」
エルの詠唱で効果があることがはっきりとわかったので、シャルロットとジャスミンも詠唱に入る。
詠唱を続ける3人に近付けないように奮戦するシェリーとフラタルエ。
そして緩慢な動作で近づいてくるスケルトンたちをターンアンデットで各個撃破していくエルたち。
20分もする頃には全てのスケルトンが動かなくなり、事態は収束した。
「お疲れ、シェリー」
「エルもねー」
軽くシェリーの腕を叩くと、シェリーはにかっと笑ってガッツポーズを取る。さすがに人猫と人狼の亜人だけあって、これくらいの戦闘では息ひとつ乱していない。
「メアリ、もう終わったわよ。これでもう大丈夫よ」
ジャスミンが最後まで怖がって後ろにいたメアリに声をかけると、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたメアリはやっと安堵の吐息をついた。
まだ腰が抜けて動けないメアリをフラタルエが肩を貸して起こし、林を抜けて湖へと向かう。修羅場、と言うには物足りないが初めて魔物と魔術を使って戦った疲れを癒やすには湖に浸かって涼むのが一番だ。
林を抜けて湖に辿り着くと、早くも子供たちの歓声が辺りに響いていて、あそこでスケルトンを浄化させておいたのは正解だったと思う。このまま逃げて湖まで連れてきていたらオーシェの町の自警団が出てくるような騒ぎになっていたことだろう。
水辺に思い思いに座って戦闘の余韻に浸る。
スケルトンなんて弱い魔物相手だったが、ちゃんと光の魔術で浄化することができたのだから初陣としては上々だろう。怯えていたメアリはともかく、シャルロットもジャスミンも満足そうに足を水に浸しているから、このふたりにとってもいい経験になったのではないかと思う。
エルも全体講義で聴いたターンアンデットの構文でちゃんと浄化できたことがわかっただけでも収穫だ。これをもっと改良して、より強いアンデットに効果がある魔術の構文を組み立てることもできるようになるだろう。
怯えていたメアリも次第に水の冷たさと、終わった安堵感、そして平和に響く子供たちの歓声なんかを聞いていると落ち着いたようで、先の戦闘でターンアンデットを使ったことへの興奮で話が弾んでいるシャルロットとジャスミンの話に加わっていた。
「気持ちいいねー」
「そうねぇ」
曇天で日が差さない分、気温はあまり上がらず、水の冷たさも相俟って眠気さえ感じるほど落ち着いた気持ちでいられる。
「シェリーとフラタルエがいてくれて助かったわ。ふたりがいなかったらメアリを庇って私たちだけで相手をしなきゃならなかったかもしれないし」
「逆にあたしはスケルトンがあんなにしぶといなんて知らなかったよー。村の近くに出てくるスケルトンなんてぶん殴ればあっという間に動かなくなるのにー」
「そうなんだ」
フラタルエは念が強いと言っていたが、ドリンの近くに恐ろしい魔物が出没する森があることも関係しているのだろうか。故郷の村ではこんなアンデット自体見ることがないくらい、平穏な何もない村だったから逆に新鮮でもある。
確か2年生になれば遠征で魔物退治に騎士団の護衛を連れて出掛けることもあるらしいので、この経験はきっといい経験として生きることだろう。
ただ、メアリだけは臆病な性格を何とかしないと遠征でも十全の実力を発揮することはできないだろうことは想像に難くなかった。
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