ちょうだい? ――Part3.

 次の日は雨だった。

 近年は温暖化、温暖化、と言っているくせして秋は本当に短い。


 もうすぐ、寒い季節になろうとしている。

 今は10月。

 華彩たちが実行委員を務める集会当日まで、あまり日がなかった。


 下校しながら、右手に傘、左手に集会のときのセリフ原稿を持つ。


「……それでは、ルール説明です。網野さん、お願いします」


 ふと前方に気配を感じた。

 顔をあげると、マンションの前に見知らぬ男が立っていた。

 こちらをじっと見る目はどこか品定めをするようで、気味が悪かった。


 直感で思った。

 これ、ヤバい。


 案の定、華彩がマンションに入ると、男はついてきた。

 心臓が嫌な音を立て始める。

 華彩が早足になると、男も歩みが早くなる。


 階段を上がって、行方をくらまそうとする。しかし、男は立ち止まってじっと華彩の行方を見て追ってくる。

 二階と三階の間の踊り場を通過した。

 華彩は3階に住んでいる。もうすぐ家が、バレてしまう。

 こんな天候のせいか、周りにほとんど人がいない。


『「名前を買い取りましょうか」って言われたらどう思う』


 莉和の声が耳に蘇る。

 まさか、そんなわけ。でも、もし――。


 華彩は小走りになった。

 男の足音が近づく。耳元に男の声が届き。


「華彩ちゃん?」


 前方から声をかけられて、華彩ははっと顔を上げた。

 あの女の子だった。

 声をかけられた瞬間、耳元の気配が消えた。


「あ…………」


 言葉に迷っていると、女の子が突然、


「ごめん!」


といった。息を呑む。続く女の子の声が泣きそうだった。


「人の名前に対してああだこうだっていうんじゃなかった。

――ほんと、ごめん」


「ハアヤも、ごめん!

 急に冷たく当たっちゃった。話題を振ったのはハアヤの方なのに」


「華彩ちゃんが謝ることじゃないよ」

「希望ちゃんが謝ることでもないよ」


 お互いに、顔を見合わせて吹き出した。

 なんだかおかしくなって、長いこと笑っていた。

 ふと、女の子――希望が、華彩の左手にある紙を見た。


「集会、頑張ろうね」


 希望が言った。


「うん、頑張ろう」


 華彩も、とびきりの笑顔でそう返した。


       ◇ ◆ ◇


 次の日の中休みは、集会のリハーサルだった。


 教室の後ろ、ロッカーの前でセリフの練習。

 はじめに、司会の小雪が真ん中に立つ。セリフ原稿をなるべく見ないようにしながら、はじめの言葉を口にした。


「今日は待ちに待った集会の日ですね。

 みなさん、楽しみましょう。

 はじめに、ルール説明です。四辻さん、お願いします」


 莉和が紙を後ろ手に、真ん中に立つ。


「人狼のルール説明をします。

 まず、四人組になり…………」


 練習が終わり、解散する。

 最初は失敗ばかりだったのに、このところどんどん、セリフをすらすら言えるようになってきた。


 そしてなにより。

 あの、ついてきた男に言われた言葉。


「ハナサちゃん、待って」



 ハナサって誰?

 おそらく、華彩が思うにあの男は、華彩の名前の読み方を間違えたのだろう。

 迷惑な話だ。



※これは意味コワです。


 つぎで、解説になります。

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