逆さまにしたら ――Part6.

「どういうこと?」


 小雪はつぶやいた。細長い字体に、まったくと言っていいほど、見覚えがなかった。

 背筋がうすら寒くなる。右隣を見ると、希望も呆然としていた。

 が、それからの希望の動きは速かった。

 見覚えのないこっくりさんの紙を手にすると、折り始める。


「あ」

「燃やす」


 短い言葉を告げ、希望は大仰な音を立てて、紙を破り始める。

 その光景を啞然として眺めていた小雪は、希望の一言に、現実に引き戻される。


「どっかのクラスで使ったのかな。ライターが置いてある。使おう」

「え、ちょっと」

「ルールなんて守ってる場合? 何かが近づいてきてる」


 え、という言葉が、息を吐きだすつもりが吞み込んでしまって消える。

 耳を澄ませた。


 静かな、耳が痛くなるほどの静寂――

 刹那、悲鳴が聞こえてきた。

 長い長い悲鳴――耳をつんざく、ほとんど叫び声に近い悲鳴。背筋を逆撫でて、その悲鳴は、突如聞こえなくなった。


「聞こえたでしょ」


 希望が、もうすっかり破り終えたこっくりさんの紙の束を手に持ちながら、淡々と言った。


「ここには、今、ノゾミたち以外にナニカがいる」


 言葉をなくした小雪の耳元に、悲鳴がフラッシュバックされる。ビクンと肩が震えた。


 それもつかの間、視界に赤いものが映る。

 顔を上げると、希望が窓の外にこっくりさんの紙とライターを出していた。


「もう、終わり」


 シュボ、紙束に火が燃え移る。

 希望はそれを見ていた。


「危ないよ、希望ちゃん」

「大丈夫」


 次の瞬間、紙束が炎に焼き尽くされながら、宙に投げ出された。


 そして――。


 授業でテレビを鑑賞した後、蛍光灯がつけられるときみたいに、あたりが明るくなった。

 扉の向こうから子供たちの声が聞こえる。


「元に戻った……」

「うん」


 いつの間にか、希望の手元からライターが消えていた。


「帰ろう」

「そうだね」


 二人は理科室を出る。

 同時に、昼休み終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。


 小雪が見た、希望から飛び出たナニカ。


 こちらを睨む女。

 この世のものとは思えない肌の色をした、細長い女――。

 窓を抜ける直前、シャッと笑った女。


 それが、希望から飛び出た。


 あの経験が一体何だったのか、卒業した今でも、全くわからない。


                         Fin.

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