逆さまにしたら ――Part5.

 心臓の鼓動が早まる中、恐る恐る、教室の隅にいるはずの希望を振り向く。

 そこで、度重なる衝撃に耐えきれず、今度こそ悲鳴が飛び出た。


「希望ちゃんっ…………!」


 椅子に腰かけた希望は、虚ろな瞳をこちらに向けてたたずんでいた。


 瞳に光がない。ただただ、化け物としか言いようがない目つきで、こちらを見ていた。

 小雪と『希望』は、しばしの間見つめ合った。

 そして――、彼女が立ち上がった。


「きゃっ」


 ゆらゆらと、おぼつかない足取りでこちらに近づいてくる。その間、一声も発することなく。

 ただ無頓着に小雪を見つめながら、『希望』が、近づいてくる。


「来ないで……!」


 おおよそ友達に発する言葉とは思えないが、この“彼女”が希望とは思えなかった。


 希望の影が小雪のところまで届く。おぞましかった。

 その陰から目が離せないでいると、突如、希望の口から声が漏れた。


「うっ……」


 そのまま、その場に崩れ落ちる。小雪はそこから動けなかった。


「希望ちゃん…………っ」


 希望が、何かにもだえ苦しんでいる。けれど、小雪にできることなど何もない。

 希望の瞳が小雪の瞳をとらえた。

 その瞬間、小雪は確かに、希望の瞳の中に光を見た。いつも通りの希望の目だった。

 

 だけど、それも一瞬。

 すぐに、虚ろな瞳に戻って、小雪のもとへと立ち上がって近づこうとする。


「いやっ」


 近づこうとして――また、苦しそうに崩れ落ちる。


 小雪の目にはそれが、希望が、自分に取り付いて支配しようとする“ナニカ”と懸命に戦っているように見えた。


「がんばれ、希望ちゃん」


 気づけば、何かの試合でもないのに希望のことを応援していた。

 がんばれ。とり憑いてる奴なんて、追い出しちゃえ。


 そんな願いが届いたのか、突然、希望の胸のあたりから何かが飛び出た。


「ひっ」


 慌ててよける。

 飛び出たナニカは、窓のほうへと一直線に飛んでいく。


「あ」


 声を上げる間もなく、ナニカは窓の外へと出て行った。

 小雪の目には、確かに、あれは――。


「うっ……」


 希望が、立ち上がった。今度こそ、本物の希望だ。


「大丈夫?」


 声をかけると、希望は一瞬びくりとして、それから小雪を視界にみとめ、「ああ」とつぶやいた。


「すごく、怖い夢、見たんだ」

「そうなんだ……。でも、今」


 夜になってるの、と告げようとしたとき、希望の目つきが変わった。

 小雪の背後にある何かに目を留め、その相貌をゆっくりを細める。


「……増えてる」


 そう、つぶやいた。


「え?」


 聞き返した小雪に返事もせず、さっきまで自分がいた机のもとへと希望が駆け出す。

 小雪も慌てて追いかけ――、机の上を見て、茫然とした。


 きちっと広げられた、小雪たちが中休みに使ったこっくりさんの紙。ここに持ってきたものだ。

 そして、その隣に。


 もう一枚、こっくりさんの紙が広げられていた。

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