逆さまにしたら ――Part4.

 理科室は、小雪たち六年生の教室がある二階にはない。

 階段を上って、一つ階を上がった三階の、しかも校舎の反対側にある。


「ねえ小雪ちゃん」


 希望がこちらを振り向いた。


「え?」


 どうしたの、という疑問を口に出そうとして、その動きが止まる。

 前を向いた姿勢から、こちらに顔を向けた希望の瞳の中、刹那、毒々しいほどに鮮やかな赤い閃光が走った気がしたのだ。


(やっぱり、希望ちゃん、おかしい)


 思ったけど、口にできなかった。それくらい迫力があった。


「なにが起きても、友達だよね」

「うん」

「よかった」


 希望は微笑んだけど、それだって、なんだか違和感があった。

 少し距離を開けて希望の後に続きながら、違和感の正体に気が付いて愕然とした。

 いつだって自然体で、優しい希望にしては、これは不自然すぎる。


何が起きても、友達だよね。


――よかった。


 そう言って笑った希望の目の奥。

 そこには、笑みがひとかけらもなかった。



 理科室の扉を開けると、誰もいなかった。

 よかった、と思う。ここは二年生と五年生のフロアだから、もしも掃除している人たちがいたら、気まずいったらありゃしない。

 でも、殺風景な理科室を目の前に、気持ちがしぼんでいくのを感じて自分でびっくりする。

 ややあって、自分の気持ちを確信した。

 こっくりさんが、やりたくないのだ。


 希望は、教室の一番奥の机のそばに立って小雪を手招きした。


「あ、うん」


 向かおうとしたその時、背後で物音がした。

 扉が閉まっていた。


「一応、開けとこうよ」

「         」


 かすかに、希望の声が聞こえた気がした。

 それを同意と取って、小雪は扉の取っ手に手をかける。

 思い切り、左に引く。大きい物音が鳴って、それを契機に空気が元に戻ってくれることを願って。


 けれど、空気が戻ることはなかった。それはなぜか。考えなくたって分かる。

 とっさに、動けなくなる。

 胸の中から様々な感情がこみあげて、体の中枢が冷えていく。

 足元から力が抜けて、大げさだと思われるかもしれないけど、小雪はその場に崩れ落ちた。


「どういうこと?」


 扉が開かない。


 それどころか、廊下の向こうに、人の気配を感じない。明かりが見えない。

 まるで夜になったみたいだ——思って、とっさに振りかえる。

 小雪は両手で口を覆った。


 理科室の窓から、かすかに、光が差し込む。それは、今が昼ではないことを明瞭に示していた。

 

 窓から、月明かりが差し込んでいた。

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