逆さまにしたら ――Part3.
再びこっくりさんをやらないかという話になったのは、昼休みの時間のことだった。
かの新型ウイルスが流行する前は、昼休み十五分間の後の掃除が十五分間だった。ところが、それが「新しい生活様式」とかなんやらで、一日おきになった。
小雪たち六年生の場合は、月曜日・水曜日・金曜日が掃除をする日。火曜日・木曜日が昼休みの日。
他の学年がどうなっているのかは知らないけれど、二パターンあり、片方が『月・水・金 掃除』、もう片方が『火・木・金 掃除』だということは知っていた。
掃除係の中に、一年生の手伝いをする係がある。
一年生は後者のパターンだから、その係になった人は実質、一週間昼休みがなくなる。――ということは、誰も口に出さないだけで全員が知っていた。
前置きが長くなったが、今日は、小雪の「一年生手伝い」係の週が終わった後の昼休みの日。
つまり、火曜日だった。
校庭から聞こえる子供たちの声を聞いていた小雪は、希望の提案に目を丸くする。
中休みの一件から感じていたことだが、希望はどこか、こっくりさんに消極的な感じだった。
「希望ちゃんが提案なんて珍しい」
正直に口にすると、希望は微笑んで、窓際の低い棚の、小雪の隣に腰かけた。
「なんか、中休みはこっくりさんが怖くて乗り気じゃなかったけど、気になりはじめて」
「へえ」
やってみない?
希望の提案に、小雪はぼんやりとうなずいた。
と、その時――。
唐突に、右のこめかみを鋭い痛みが襲った。
「うっ」
「小雪ちゃん?」
見覚えのない風景が、フラッシュバックされる。誰かの記憶をのぞき見している感覚。それが、十数秒間、続いた。こめかみの痛みが、耳鳴りに変わっていく。
◇ ◇ ◇
暗い空間。
部屋。
その隅に、複数の人影が見える。
真剣な話し合いをしているみたいに、ある者の声は毅然として、またある者の声はおびえたように震えて。
必死に身振り手振りで声を発する女の子のシルエットが目に飛び込んだ時、小雪は息を吞んだ。
この子知ってる――。
知ってるどころじゃないのに、つい、そんな薄っぺらい感情を持ってしまう。
「まさか」
「どうするの?」
会話にはノイズがかかっているみたいに、聞こえる言葉もとぎれとぎれだ。
「なにそれ……りたくない」
「どうするつもり」
「だん……どう思う……いけど」
「……ってか、……じてるわけ?……」
「どうおもう」
「僕は賛成……」
「…ありがとう」
ミュージックビデオの最後みたいに、目の前がどんどん、暗くなっていく。
耳鳴りが強くなる。小雪は頭を抱えた。
◇ ◇ ◇
「小雪ちゃん!」
周りが一気に明るくなって、小雪は目を瞬く。
気づくと、希望が心配そうに小雪をのぞき込んでいる。
普通の教室。普通の昼休み。
「大丈夫? こっくりさん、やめとく?」
一瞬前まで、「うん、大丈夫」と答えようとしていた小雪は、最後の一文を聞いて戦慄した。
自分でも理由が分からないくらい、大きな声を出して否定する。
「ううん、やる!!」
言った後でハッとした。希望が、不可解そうに眉をひそめる。
「小雪ちゃん……?」
「あ、ごめん。でも大丈夫。こっくりさん、やろうか」
どう考えても「大丈夫じゃない」のは確かだけど、希望に見たことを言うには、気が乗らなかった。第一、小雪自身が状況を消化できていない。
「うん、教室でやるのもなんか恥ずかしいし、理科室に行こう」
「え、理科室?」
驚いて聞き返す。希望は屈託なく、うなずく。そのまま、小雪を待たずに教室を出て行ってしまう。いつもの希望らしくなかった。
「どうしたんだろ……?」
不思議に思いながらも、追いかける。
カレンダーが目に入った。
今日は、一月二十五日。卒業式まで、あと五十二日。
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