逆さまにしたら ――Part2.
「言っとくけど」
小雪が差し出した自由帳の1ページに五十音を書きながら、一樹が口を開いた。
「何が起こっても、僕は知らないからね。自己責任だよ」
「何も起きないって」
莉菜子が一樹の背中をバシッと軽く叩く。ポジティブ思考を推奨するような仕草に、希望はどこか違和感を持った。
(一樹ってこんなキャラだった?)
そう思ったとき、ふと嫌な予感が脳裏をよぎった。
こっくりさんって、本当に大丈夫なんだろうか。
「一円玉かして」
莉菜子が、小雪に声をかける。
一連の様子を眺めていた小雪は、その声にぱっと顔を上げた。
「はい」
「ありがと」
莉菜子が
「始めよう」
といった。時計は10時半を指している。中休みは40分までだ。
仕方ないか……。昼間だし、何も出ないだろう。
そんなことを考え、希望は3人の指にそっと自分の指を添えた。
「こっくりさん、こっくりさん、どうかおいでください。
おいでになったら、『はい』の方へお進みください」
一円玉はびくともしない。
「もう一回 呼ぼう」
小雪が提案する。
「こっくりさん、こっくりさん、どうかおいでください。
おいでになったら、『はい』の方へお進みください」
4人は繰り返した。
動くのが楽しみなような、怖いような。
そんな気持ちになりながら、時間はゆっくりと経過していく。
今考えると、あのときどうして呼び出すきまり文句を言えたのだろうと思う。
ためらうことなく、スラスラと、流れるように。
――自分は、知らないはずなのに。
中休み終了のチャイムが鳴ったとき、4人はすっかり、呼び出すのを諦めていた。
3時間目は理科室で実験だ。
確か、水溶液の実験だ。クラスの女の子が、リトマス紙というものを使うと大興奮していたから覚えている。
今は1月。理科室はとても寒い。水道なんかまさに氷だ。
だからか、理科室での実験に乗り気じゃない人も多そうだった。
念のため、小雪は教室から薄い上着を持ってきていた。防寒具を持ってきている人は珍しくない。小雪の班は、そういった類のものを身に着けている人が特に多かった。
その風景を見ていると、なんだかみんな揃って北国にいるような気分になってくる。
が、理科室の窓際の席、震えながら肩を抱いているクラスメイトが三人ほどいるではないか。小雪の中の北国気分は消滅し、彼らをかすかに憐れむ気持ちが芽生えた。誰にも言わないけど。
先生の解説を聞きながら、そっと、気づかれないように欠伸をする。
決して授業がつまらないというわけではない。なんだか最近、眠れないのだ。部屋が北側にあるせいで寒いということも関係しているかもしれない。
班のみんなが動き出した。教室の中に活気ある声が響き始める。実験開始だ。
四人で相談して水溶液をリトマス紙につけて反応を記録したり、蒸発させて何かが残るかどうかを調べたりしていれば、あっという間に三時間目が終わる。
今日は三時間目と四時間目が連続して理科だ。
間の五分休憩中、班のみんなと談笑していると、ふと、気になる声が耳に飛び込んできた。
「前にここでずぶぬれになった時、大変だったんだよ」
「マジで? ってか○○ももう少し、配慮してくれればいいのに。なにも、やみくもに水かける必要はなくない?」
「それな?」
三人の女の子たちの声。クラスメイトたちの会話に、混乱してくる。
(理科室で、ずぶ濡れ?どういうこと?誰かが、水をかけた?)
○○の部分は聞き取れなかったけど、言い方からして男子だろう。
どうして、笑って話せるのか。いじめじゃん、それ……。
その子たちを振り向いた小雪は、あれっと声を漏らした。
「いない……」
もう、教室を出たとか?
悶々としたまま、小雪は席に向き直った。
四時間目が始まるころには、もうすっかり、不可解な会話のことは忘れていた。
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