脱出のため、走れ!

 廊下を走る。懸命に走る、ただそれしかできなかった。ここは容赦ない。雲田やほかのみんなを消して理科室に閉じ込めたみたいに、容赦ない世界だ。絶対に脱出しないと、確実に一生出られない運命は免れない。


 もともと足が遅いことがコンプレックスである理恋は、泣きそうになりながら出口を目指す。この中で一・二を争う足の速さの持ち主、長橋と雲田は、もう階段を下りきっていた。それを見て自分だけ取り残されたらどうしようと、加速する。


「理恋!」


 ふと、砂代が前方から叫んで振り返った。それに救いを感じながら、砂代が走りながら伸ばした手を、つかむ。


 瞬間。砂代は思い切り理恋を引っ張って自分の前方に放ると、背中を押して走った。


「砂代…!」


 感謝を伝えたい。でも、息が切れて感謝が言葉にならなかった。今まで砂代は四位くらいの順位で走っていたのに、理恋を助けたせいでビリだ。もし自分のせいで砂代も一生閉じ込められる羽目になったら。


 そんなことを考えたくない一心で、理恋は砂代の背中を押してくれる力に別れを告げ、自分の力で加速した。しかし、砂代は理恋の手を引いて駆ける。


「砂代」

「感謝はあと!閉じ込められたくなかったら、走りなさい!」


 一喝され、尤もなお言葉です…と思いながらも、頭の中のカウントが五秒を切ったのを感じる。


あと四秒――階段を下りきった――。

あと三秒――ホールを過ぎた――。

あと二秒――下駄箱を過ぎ――。


あと一秒――扉を出ていた絢と鈴が、こちらに手を伸ばした――。


「ゼロ!」


 絢が叫んだ。ちょうど、砂代と理恋が学校の外に出た時だった。


 八人が学校を見上げる。その学校からは、なにも嫌な空気を感じなかった。呪いを破り、いつもの学校に戻った。


「あたしたち、助かったんだよね…?」


 理恋がつぶやいた。砂代、鈴、絢、雲田、竹山、一樹、長橋の順に視線を移す。皆うなずいた。満面の笑みだ。

 助かった――。

 

 そう思った、瞬間。


 キィーン、キィーン。


 突如、耳鳴りがした。


「うわ、なに……??」


 慌てて耳を抑える。

 オシロスコープに映された波形がどんどん直線になっていくみたいに、耳鳴りは頭の中で、澄んだ一つの音になる。


 周りを見ると、他の皆も、耳を抑えていた。


(まさか、まだ呪いが……?)


 空恐ろしくなった、その時だ。

 まるでドラマのワンシーンのようだった。

 時間が早戻しされていくみたいに、空が明るくなっていく。

 校舎につけられた時計の針が、どんどん、巻き戻されていく。


 理恋たちはそれを、言葉もなく見つめていた。

 やがて、戻されていく速度が遅まり。


 耳鳴りがやんだ。

 目に写ったのは、下校するたくさんの生徒たち。

 校舎の時計は、3時40分。


「これで、なかったことになった……そうだよね?」


 いつの間にか理恋の後ろに来ていた絢が、悟ったように言った。


「忘れよう。もう、帰っていいよな?俺、チョー眠い」


 長橋と竹山が、ほぼ異口同音に言った。

 およそ先ほどピンチだったとは感じられない口調に、思わず他の6人は苦笑いする。

 まったく、変わってないなぁ。


「じゃあな」


「じゃあねー」

「また明日」


 今度こそ8人は、家に帰っていく。

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