破られた呪い

      (一)


 七不思議の七つ目は、「ピアノにとりつく顔のない少女」。


 つまり、顔のない『その人』はこの幽霊なのである。


 六の四に集められたのは、本当の、顔のある『その人』の正体に気づけた、三人だけ。


 理恋はテープを見た。

 テープは、階段の上につながっていた。二人を振り返るのも時間の無駄に感じられ、理恋は階段を駆け上がる。走った分、テープが左手首の芯に巻き取られた。何しろ時間がない。こうして追跡している間に、ひょっとしたら十分を切っている可能性があるのだ。


 出られなかったらどうしよう。


 そんな悪い考えが脳裏をかすめたその時、三人は階段を上り切った。

 三階につくと、テープはもうそれ以上階段の上にはつながっていなかった。三階の、体育館とは反対側の廊下の方に伸びている。

 それを見た瞬間、皆がどこにいるのかわかった気がした。


「行くよ!」


 後ろの二人と自分、両方に呼びかけるつもりで、理恋は叫ぶ。そして廊下を猛スピードで駆けだした。

 ピンと伸びるテープの先を目で追うと、廊下の奥の方でテープが教室の中につながっているのが見えた。


「やっぱり」


 つぶやき、加速する。

 後ろから聞こえる足音で、砂代も一樹も走っているのが分かった。

 理恋はテープが示す教室まっしぐら、駆ける。そして、上履きで急ブレーキをかけた。

 目の前の扉には、札がかかっている。


『理科室』


 覚悟を決めたように、つばを飲み込む。追いついた砂代と一樹が、扉の取っ手に手をかけた。


ガラガラガラ!


 扉が開く。

 一瞬、何が起こったのかが吞み込めなかった。中の様子を見る前に、すさまじい大きさの声が聞こえたからだ。


 三人は叫び声をあげる。また、お化けが現れたのかと思ったからだ。

 しかしその声は、歓声だった。三人が来たことに対し、もとから中にいた鈴、絢、長橋、雲田、竹山が、喜んで歓声を上げたのだ。


「理恋ちゃん!砂代ちゃん!」

「一樹!」

「カズ!」


 歓声を受けて、三人は微笑むより前に、叫ぶ。


「時間がないよ!急いで外に出て!」


 しかし。皆動かない。困ったような泣きそうな顔をしている。


「どうしたの」


 理恋が尋ねると、絢が口を開いた。そして言った。


「理恋ちゃん――、私たち、まだ外に出られないよ」


       (二)


 言われた途端、なにを言っているんだと思った。


「何で?ちゃんと、七不思議見つけられたんだよ。七つ目は『ピアノにとりつく顔のない少女の霊』で合ってるんでしょ?」


 再び頭が真っ白になりながら砂代が絢に問いかける。理恋と一樹が皆を見ると、皆困ったように、かすかに首を横に振っていた。


「まだ、こっくりさんの呪いが残ってたんだ」


 鈴が絢の代わりにつづきを話す。


「どう言うこと?」


 一樹が急き込んで尋ねた。するとまた、皆は泣きそうな表情で顔を見合わせる。


「いつまでも顔見合わせてないで、教えてよ。ねぇ、どうしてなの?」


 理恋の切羽詰まった声に、絢が口を開いて説明した。


「私、こっくりさんの紙を燃やし切れてなかったの。だから、燃やそうとしたら、理科室が火事になっちゃって」

「火事…???」


 理恋と一樹と砂代は、ちんぷんかんぷんだ。

 絢は、竹山を見た。竹山が、一番あのことをよく理解しているはずだ。

 竹山は絢の視線を受け取ると、うなずいて皆の注目を集める。

 口を開き、説明を始めた。


         (三)


 竹山の話を聞いている間、三人は声が出なかった。


「――で、結局その紙切れがなくなっちまったから、探すしかねぇってわけだ。以上」


 ややあって、砂代が言った。


「何それ。タイムリミットまであと九分しかないんだよ?!どうやって見つけろって言うの。サヨたち、出られないかも入れないんだよ?!どうすればいいの」

「砂代、落ち着いて」


 一樹が隣から声をかけて懸命になだめるが、砂代は呼吸が浅く乱れていた。それを見て、理恋も吐き気がしてくる。


 結局、自分たちは出られないのか。そう思って項垂れる。床に向けた視線が、棚の下部をとらえた。年季があるのかして、もともと白かったであろう塗料がはがれ、さびている。その横の壁紙ははがれかけて、そこに何から小さな紙片まで挟まっている――。


「あっ!!」


 理恋は小さく叫び声をあげた。

 素早く動き過ぎて、自分でも自分の行動が把握できていない。

 とにかく、理恋はしゃがんでその壁紙に手を伸ばす。そして、紙片をつかみ取った。裏返すのももどかしく、書かれている内容を見た理恋は、叫び声をあげる。


「うるせぇな」


 いつの間にかスズランテープを取ったらしい長橋が、理恋の持っている紙片を覗く。と、目を見開いた。


「西野、これ、どこにあった?」


 尋ねる長橋の声に、理恋は呆然としたまま、


「あそこ」


と言って壁紙を指さす。この質問に何の意味があるのだと思っていると、長橋が屈んで、壁紙のはがれている部分に手を突っ込む。


「何してるのよ」


 声をかけるが、長橋は反応しない。すると突然、目を見開いた。彼の口からつぶやきが洩れる。


「あった」

「何が?」


 いぶかしげに眉を寄せる皆の前、長橋は壁紙の中から指を抜き出す。その指と指の間に、金属特有の光り方を見た気がして、理恋は声をあげた。


「十円玉……………!!」

「うん、西野が紙を見つけたし、同じところにあるんじゃないかと思ってさ」


 満更でもなさそうに答えた長橋に、砂代が興奮して声をかけた。


「長橋、やるじゃん!」


 調子に乗ってさらに口を開こうとした長橋だったが、絢と理恋に一にらみされて口をつぐんだ。


「タイムリミットまで、あと六分!」


 鈴が悲鳴のような声を上げる。


「見つけたはいいけど、燃やしたってまたさっきと同じことになるだけ…」


 絢が絶望的な声を出す。すると、砂代が叫び声をあげた。


「鳥居だけ除いて、またこっくりさんの紙を書き直せばいいんだよ!」


「それだ、それだよ!砂代天才!」


 理恋が感嘆の声を上げ、黒板前の机に近づく。そして、紙とマーカーを手に走って戻ってきた。


「私、書く」


 短く言って、絢が理恋の手からマーカーと紙を受け取る。理恋はうなずいて、「ありがとう」と言った。

 タイムリミットまで、あと四分。


         (四)


「できた!」


 絢が急いで言って、紙を机の上に置いた。

 なるほどそれには、鳥居の絵だけが描かれていない。


「そっちは?」


 理恋が後ろを振り返ると、ちょうど長橋が鳥居の描かれた紙に糊を塗り終わったところだった。長橋がそれを、無言で理恋に渡す。理恋はそれをうなずいて受け取り、次いで絢に渡した。


「ありがとう」


 短く礼を言い、絢が紙を、正しい向きで紙に貼り付ける。


「できた!」


 すかさず砂代が、先ほど長橋から受け取った十円玉を紙の『はい』と『いいえ』の間に置いた。


「タイムリミットまで、あと三分!」


 十円玉に指を置きながら、皆に向かって理恋が叫んだ。その声に皆が反応し、押し合いへし合い十円玉に近づき、指を置く。


「せーの、で唱えるよ!」


 砂代と絢が、ほぼ異口同音に言った。


 鈴、理恋、長橋、一樹、竹山、雲田。その六人が、二人の声に、緊張したようにうなずいた。


「せーの…」



『こっくりさん、こっくりさん、どうかお帰り下さい』



 心臓の鼓動が、ここに来てから一番早くなっている。一同は、十円玉の返事を待つ。しかし、いくら待っても、十円玉が動かない。



『こっくりさん、こっくりさん、どうかお帰り下さい!!』



――タイムリミットまで、あと二分を切った。


 すると――。


スゥ――


 十円玉が突然、意思を持ったかのように紙面を動き出した。

 そして、一瞬の沈黙。


 十円玉が、鳥居をくぐり――、消えた。


「やった――!!!!!」


 歓声が爆発音のように響いた。十円玉から八人が指を離す。

 瞬間、紙と十円玉がキラキラと輝き――、砂絵のように淡くなって消えた。

 ホッと胸をなでおろす一同の脳裏に、この展開の説明が浮かぶ。


――こっくりさんの呪いは、破られた。


「タイムリミットまで、あと一分を切った!」


 突然、絢が叫んだ。

 その声に、歓声が一気に鳴りやむ。

 見上げると、一同ははっと息を吞む。そして、硬直してしまう。

 秒針が、5を過ぎた。


「あと三十秒で、学校からでなくちゃ!」


 こっくりさんが消えたからと言って、校舎から出なくていいわけにはならない。


「走れ!」


 長橋が叫んだ。

 その声が合図になったかのように、皆金縛りが解け、出口に向かう。

 こっくりさんの呪いが破れたおかげで、出口である扉が再び現れたのだ。


「逃げなきゃ!」

「あと二十五秒!」


 果たして一同は、脱出できるのだろうか。

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