七不思議の七つ目

      (一)


「普通の教室って、なんか出ると思うか?夢太」



 薄暗い四階の廊下。


 疲れた体に夜の冷気が気持ちいい。怖いという感情がほぼ麻痺すると言うことは、今やもう違和感をも麻痺させていた。


 竹山の問いかけに、雲田はさぁと、曖昧に首をかしげる。そのまま顔を上げると、教室を覗き込んだ。


「なんもいねぇよ。ったく、俺ら本当にここから出られるのか?」


「どういうことだよ?」


 ちょっぴり驚いて雲田を見た竹山は、彼の目に浮かんだかなりのうんざりした色に少し戸惑いを覚える。雲田は本当にうんざりした口調で、ため息をつきながら言い放った。



「だってさ、こうは考えられないか?

 ここに俺らを集めたやつは、どうせ俺らを出すことなんか考えてない。

 だから、俺らが七つ目を見つけることはそいつにとってはあまり芳しくない状況だ。


――つまり、もともと七不思議の七つ目なんて存在しねぇんだよ」



 雲田の持論は、竹山の頭にはいる。妙にしっくりくる持論だ。


 竹山がうなずき返そうとした時、妙な違和感に襲われた。その違和感をつかみたいとばかりに、気持ち悪さから竹山は目を閉じる。


 七不思議、顔のない少女。


「なぁ夢太」


 ハッとして竹山が声をかける。


「こうは考えられないか?――七不思議の七つ目は、ここに集めた『その人』」


 竹山の予想では、雲田はあっ!と気づいて納得するはずだった。

 しかし、肩透かしの即答だ。


「いや、違うだろ」


「なんでだよ?」


 少しむきになって尋ねると、雲田は構わず「だって、違うだろ」と繰り返し、続ける。


「ピアノの音もこっくりさんも、『その人』がもとから存在していたものを具現化して利用した。でも、『その人』の存在は、今回限りのものじゃないのか?


 『その人』を生み出した奴は、今回だけ、何か強い思いがあって俺らを集めた。


 だから、今回限りのものだと思うんだよ。


 七不思議の七つ目は、『その人』じゃないと思う、俺は」



「まぁ、夢太の言うこともわかるな」



 竹山は壁にもたれ、考える。

 雲田の言うことも、筋が通っている。


 ただ、そう認めると、得体のしれないやるせなさに襲われるのだ。

 じゃあ、いったい七不思議の七つ目は何なんだ?


 いらいらしながら考えたところで、結論が出るというわけではない。


「いったん六の四に戻るか」


 雲田を誘うと、雲田はああとうなずいてついてきた。

 二人は階段を下り始めた。


      (二)


「ねぇ、いったん教室に戻ろうよ」


 三階のホールで。

 薄暗さと寒さに体を震わせながら、理恋は前方を歩く長橋に声をかける。しかし、長橋は相変わらうジャンパーを腰巻にした状態で


「もうちょっと探してから」


という。

 元来、人に激しく口答えをしたり、異常事態に冷静でいたりする勇気を持ち合わせていない理恋は、とにかく一人になりたくなくて長橋に追いついた。


「七不思議の七つ目って、見つかるの?」


「今更ヒステリーになってどうすんだよ。探すぞ」


「うん…」


 しかし、薄暗い廊下を歩いているうちに、理恋は違和感にたどり着く。


「ねぇ、長橋」


「うん?」


「あのさ、期限って、『次の三時三十三分』だけど、それって午後なの?午前なの?」


「ああ、確かにな。こっくりさんに俺たちを一生閉じ込める権限が与えられてることから考えると、ここが本当の学校かどうかも怪しい。異次元空間かもな」


 『異次元空間』、その言葉に、長橋の発言の文脈とは不似合いなものを感じ、理恋は長橋を問いただす。


「異次元空間って、あんた意味わかってる?」

「異次元空間は異次元空間。意味はねぇだろ」

「あるよ」

「どうでもいい」

「どうでもよくない」

「問題ない」

「もうっ」


 おかしいのかおかしくないのか分からないような会話をしながら二人は反対方向の廊下へと進む。


「そういえば、頭、大丈夫?」


 突然、理恋が口を開いた。


「はぁ?お前、ケンカ売ってる?」


 長橋が怪訝に聞き返す。


「あ、そういう意味じゃなくて。さっき、いきなり頭抑えてしゃがみこんだでしょ」


 理恋が慌てて、しかし心配そうに聞き返す。


「ああ、あれか。すぐに収まったから、大丈夫」


 理恋に言われて、長橋はやっとさっきのことを思い出す。別に緊急性はないと思った。しかし、理恋は厳しい表情で「やっぱり教室に戻ろうよ」と言った。


「何で」


「何でって。あんたは別に大したことじゃないって思うかもしれないけど、顔のある『その人』がいたって、結構大変なことだよ?

 しかも、なんかの陰謀があるみたいに、そのあと思い出せなくなったんでしょう。

 だったら、それって絶対に今回のことと関係あるから、教室でみんなに言った方がいいって、絶対」


「ああ、もう、うるせえな。言えばいいんだろ」


 長橋は説教がうるさいというように耳をふさぎ、理恋を軽くにらむ。


「行こう」


 二人は教室に戻った。


       (三)


 明かりのついた、教室の扉をノックする。


「入ってもいい?」


 砂代が問いかけると、中から絢と鈴の声で


「いいよ」


と返ってきた。

 教室に入ると、砂代と一樹はほっと緊張がほぐれるのを感じる。


「なんだ、全員そろってたの」


 黒板の下に座って神経質な目つきをしているのは理恋だし、その隣で黒板にもたれかかってこちらを見ているのは長橋だ。


 絢と鈴は教卓の近くで座り込んでいるし、竹山と雲田は教卓の前のクラスメイトの机に腰かけている。


「さっき、理恋ちゃんと長橋が、言いたいことがあるって」


 鈴が状況を説明する。


 砂代は一樹を連れて理恋の近くに移動し、座る。


 それと反対に、理恋は立ち上がって長橋が見たという少女のことを説明しようとした。


 が、しかし。


ガ――ン


「痛い…」


 黒板の存在を忘れていたのか。理恋は立ち上がった拍子に思い切り頭をぶつけてしまう。


 涙が出るくらいの痛さに、理恋は今何を言おうとしていたのか忘れてしまった。


 しかし、長橋が説明する。


長橋は立ち上がるときに、こちらをからかいめいた表情でちらりと見た。きっと、


「わぁー、ドジな人」


とでも言いたいのだろう。


 しかし、絢や砂代の目の前ではからかう気が起きなかったらしい。何も言わずにそのまま続ける。


 長橋の説明の間、誰一人として口をきく人はいなかった。


「俺たちから報告することは以上だ」


「ねぇ、そいつって誰なの」


 砂代がおびえたように口を開いた。


「知らねぇよ。覚えてねぇんだから」


 長橋がうっとうしそうに返事をする。


「でもさ、これで敵が四人いることが分かったよね」

「四人?」


 絢の発言に理恋が引っ掛かって聞き返す。


「だって、顔のない『その人』と、理科室のケラケラ女と、体育館のボールの少年と、顔のある『その人』」

「そっか…」


 理恋は考え込む。


「タイムリミットまであと四時間を切ったのに、どうすればいいんだろう」


 眠気も襲ってきたせいで、まともに考えることが難しい。


「サヨ、怖いんだけど」

「それは僕もだよ」


 砂代と一樹は、顔を見合わせ、そしてうつむいた。


「あっちゃん、もう一回だけ探しに行こう」


 鈴と絢が立ち上がる。

 そして、二人が教室を出て行った。


 竹山が鈴と絢の背中を目で追っていると、突然変なものを見た。


 教室の窓ガラスに、一瞬見知った顔が映った――。


 目を見開く。

 しかし、一瞬ののち、その顔は消えた。


 見間違いか、と、竹山は目をそらした。


      (四)


 計算ドリルを解いていた時に使っていた大きな音の出るタイマーを、偶然理恋は持っていた。


 全員がそろい、そのタイマーを使って少し仮眠を取ろうという形に決定した後、皆は眠れそうな場所を探す。


 結局、全員一緒に保健室で眠ることになった。


 友利小の保健室にはベッドが三つあり、長椅子も四つある。


 じゃんけんで決めた結果、理恋、一樹、砂代の三人がそれぞれ離れたところにある、カーテンで仕切ることが出来るベッドで寝ることになった。


 鈴、絢、雲田、竹山の四人は、長椅子でそれぞれ寝ることになった。


 タイマーを保健室の冷蔵庫にマグネットを利用してくっつけ、一人だけ先生のいつも使っている椅子で無理やり寝ることになった長橋は、不服そうに舌打ちをする。


「舌打ちしないでよね、長橋。少しくらい、我慢してよ」


 カーテンの中からくぐもった砂代の声が聞こえてきて、長橋は少しムッとしながらも黙る。


「おやすみなさい」


 おどけているのか、いないのか。

 少し調子に乗ったような理恋の声が聞こえてきて、長橋は黙れよ、と思う。しかし今口論になっても体力を消耗するだけなので、「おやすみ」と全員に返すと、長橋は椅子に座って頭からジャンパーをかぶった。


 月が南に浮かんでいる。


     (五)


 『その人』が皆を集めた理由は、特にないと、『その人』は思っている。卒業まであと少し。この場所は『その人』が支配するわけでもないし、『その人』がしたことは、実質皆をここに集めた事だけということになる。


 どうなるのかは、『その人』にも分からない。


 ただ、皆に出てほしい、今は単純にそう思う。


 早く自分の正体に気づいてください。


 少しわがままな自分の、卒業前の遊びに付き合ってください。


 タイムリミットまで、四時間を切った。


 最後の七不思議は、彼らのすぐ近くに存在しているのに、彼らは気づかない。


 つくづく、彼らは間抜けである。

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