こっくりさん

      (一)


「ああ、もー、砂代、叫ぶなよ、うるせぇから」


 啞然としている一同に気の利いた一瞥もくれず、長橋が入ってくる。その後ろから、鈴と絢も入ってきた。

 鈴が扉を閉める。


「…なんだ、どうしてみんな俺のことみてるんだよ。化けもん見たみたいな顔してさ」


 長橋が首筋に手をやり、顔をかすかにしかめながら皆を見る。


「どうしてここにいるの?」


 砂代が長橋に向かって言った。長橋があぁ?と砂代を見る。


「雲田から『タスケテ』ってメッセージが来た。何かあったんじゃないかと思って俺が連絡を取っても、繋がったのは鈴の家の固定電話だけ。西野の家の電話番号知らねぇし。それで、鈴と絢を誘って、何かあったんじゃないかと思って学校に来たわけだ。そしたらビンゴってわけ。それだけだ」


「どうやって昇降口から入ったんだ?」


 雲田が絢に尋ねる。絢はきょとんとして、


「え?普通に扉から入ったんだけど…それが何か?」


とだけ言った。先にいたメンバーの混乱ぶりを見て、絢も同じように混乱したらしい。


「ちょっとついて来いよ、絢、鈴、長橋。昇降口が変なんだよ」


 雲田が竹山を誘い、竹山が三人を誘って、教室を連れ立って出ていく。

 扉が閉まると、中には理恋と砂代と一樹だけが残された。


「ねぇ、雲田からの謎のメッセージって、何?」


 理恋が早速、砂代に聞く。

 砂代は理恋を見て、「あ、そっか、知らなかったのか」と言って説明を始めた。

 それを聞きながら、一樹はのんびりとあくびをする。それを見て、理恋が


「一樹、よくあくびなんかできるね」


と、ストレートに突っ込みを入れる。しかし一樹は


「だって、眠かったから…」


とだけ言うと、もう一つ大きなあくびをしていた。


      (二)


「ねぇ、こんなもの見つけたんだけど」


 みんなで、どうやってここから出るかを考えていた時だった。先生の机の裏の棚をあさっていた長橋が、ふいに声をあげた。


 みんなが長橋を見る中、長橋は先生の机に一枚の紙を置く。みんな集まり、ゆっくりを目を見開いた。


「これって…」


 理恋が失声する。


「ヤダっ、長橋、何でこんなもの持ってくるの?これ、こっくりさんの紙じゃん」


 砂代が悲鳴のような声を上げ、紙を指さす。


 鳥居の絵、『はい』と『いいえ』、五十音、数字。


 机の上に置かれていたのは、こっくりさんの紙だった。古びていないようで、まだ新品そのままだ。


「まさか、先生が作ったとか、ないよね…?」


 ひきつった顔で絢が言い、直後に鈴と理恋と一緒に「まさか、まさか、まさか…」と手を横に振って否定する。


「これ、どうするの?戻しとく?」


 理恋が長橋からみんなに視線を移す。みんな首をかしげるばかりで、問いかける理恋を見つめ返すだけだった。


「俺さ、思いついちゃったんだけど」


 不意に、長橋が声をあげた。みんなが長橋を見ると、長橋は少し眉を寄せながら、さばけた口調でいった。


「こっくりさん呼び出して、ここから出るにはどうしたらいいのか、聞いてみないか?」


 誰一人口を開く者はいなかった。ややあって、砂代が言う。


「なにそれ、嫌だよ。サヨ、やりたくない」


「第一、十円玉が必要でしょ?どうするつもり」


 理恋が尋ねると、長橋はポケットから丸い小銭を一枚、取り出す。


「十円ならある。お小遣いの残り」


「…じゃあ、その気になれば問題ないってわけか」


 理恋が顎に手を当て、神妙な顔で言う。絢がかすかに震えた声で尋ねた。


「男子陣はどう思うの?さっきから全く発言がないけど」


 絢の言うとおり、長橋以外の男子たちは、全員黙ったままだった。最初に口を開いたのは、雲田だった。


「っていうか、みんなこっくりさんとか信じてるわけ?あのさ、現実的に考えたら?結局骨折り損になるのが落ちじゃね」


「はぁ?雲田あんた、この期に及んで非科学的なものを否定するわけ?もうこの事態自体が、非科学的な物の典型じゃん」


 砂代が雲田を横目でにらむ。

 雲田は口を開いて反論しようとしたが、鈴に「ちょっと、今はこっくりさんをして聞くかどうかの論議でしょ。論点ずれてない?」と指摘され、黙ってうつむいてしまった。


 その様子を見て、理恋はなんだか雲田を少しかわいそうに思った。でも、この期に及んで非科学的なものを信じようとしない頑固者がいると言うことは、今後の物事の動きが少しスローペースになる可能性を示唆しており、ちょっと危機感を持ったのも確かだ。


「一樹は?どう思う」


 理恋に聞かれて、一樹はこっくりさんの紙に落としていた目線をゆっくりとあげ、理恋を向く。そのまま周りのみんなに目線を移した。


「僕は…、正直どうしたらいいのか分からない。けど、ずっとここにいるのは嫌だよ。もしこっくりさんに聞くことでここを出ることが出来るのなら、僕は賛成かな」


「ありがとう、一樹」


 理恋が言って、砂代に向く。


「砂代、どうする?」


「えっ、でも…。それって間違えたら大変なことになるんだよね?やっぱり怖い」


「そっか…」


 理恋は途方に暮れた。たとえ砂代以外のみんなが、理恋も含め長橋の『こっくりさん』案に賛成しても、理恋は砂代の意見も尊重して決めたかった。これは緊急事態だ。多数派が必ずしも正しいとは限らない。


「竹山は?」


 絢に聞かれて、竹山はあっけらかんとした口調で言った。答えは簡潔だった。


「俺?賛成で」


 ということは、只今のところはっきりと賛成が分かっているのは、長橋、理恋、一樹、竹山、絢、鈴の六人だ。


「雲田と砂代ちゃん、どうする?」


 鈴が二人の方を向く。

 砂代はゆっくりと顔を上げ、みんなを見る。その目は、どこか迷いがちな印象を与えていた。


「みんながやるって言うんなら、サヨやってもいいけど…」


「雲田は?」


 絢が瞬時に雲田を向く。雲田はしばし何かを思案していたが、右手を挙げて一言だけ告げる。


「俺も賛成で」


「全員意見が一致で賛成か。決まったな」


 長橋が言って、皆を見渡した。そして、手にしていた十円玉をゆっくりと紙の上に置いた。


      (三)


「いいか?」


 長橋が言う。

 十円玉の上に、七本の指先が置かれている。


「みんなで一斉に言うんだぞ」


「みんな、何があっても、終わるまで絶対に手を離しちゃダメだよ」


 理恋がくぎを刺すように、皆を見渡した。

 理恋の声で、砂代がぎくりと身を引くのを見た。しかし、指先を十円玉から離そうとはしなかった。それを見て、理恋は安心する。

 絢と鈴も、ゴクリと唾をのんだ。


「せーの…」


 薄暗い教室の中、長橋が小声で促す声が聞こえる。


『こっくりさん、こっくりさん、どうかおいでください。おいでになったら、「はい」の方へお進みください』


 七人の声が重なり、多少の誤差を含め、冬の冷たい空気の中に吸い込まれていく。

 緊張の一瞬、そして――。


スゥッ――


「きゃっ」


 全員がはっと息をのんだ。

 十円玉が移動し、「はい」の上に来ていた。


「本当に、誰も動かしてないんだよな…?」


 震える声で竹山が尋ねる。皆言葉もなく彼を見つめ返し、コクリとうなずいた。


「じゃあ、質問しなきゃ」


 小声で理恋がせかし、反射的に隣にいた絢を見た。絢はその視線を受け取り、すっと息を吸うと、質問を口にした。


「こっくりさん、こっくりさん。私たちはここから出られますか?」


スゥッ――


 全員がはっと息をのむのが気配と音で伝わってきた。あらかじめうすうす分かっていたことだったが、理恋もあっと息をのんだ。しゃがみ込みたくなるような答えだ。


『いいえ』


「こっくりさん、こっくりさん。私たちがここから出るには、どうすればいいですか?」


 絢が再び質問する。緊張した一同の目は、すべて十円玉に注がれていた。舞台に出るのを渋っている役者のように、こっくりさんからの答えはなかなか返ってこない。


「やっぱり駄目だったのかな」


 十円玉から視線をそらして理恋のことを見た砂代の顔が、はっと凍り付いた。皆の顔もそうだった。


スゥッ――、スゥッ――、スゥッ――、スゥッ――…。


 十円玉が、紙面上をあわただしく移動していた。その文字らをつなぎ合わせてできた文は、衝撃的で、何か肩透かしを食らったような気分にさせた。

 その答えはこうだった。


『と』『も』『り』『し』『よ』『う』『の』『な』『な』『ふ』『し』『き』『を』『み』『つ』『け』『ろ』


 こっくりさんの紙にあるのは、清音表記だけだ。

 それを、濁音をつけて漢字に直すとこうなる。


――『友利小の七不思議を見つけろ』。


 こっくりさんの答えには、まだ続きがあった。


――『もしできなかったら、永遠に出られなくなる』。


「こっくりさん、こっくりさん。それはいつまでですか?」


 続けて質問した絢の声は震えていた。皆もかたずをのんで見守る中、こっくりさんが示した期限は、むしろ理恋たちをもてあそんでいるかのようだった。


『次の三時三十三分まで』


      (四)


「そんな…」

 砂代が泣きそうな声で言った。


「サヨたちこんなの出来るの?一生出られないってヤダよ。どうするの、どうするの!」


「とりあえず、こっくりさんを帰さないと」


「せーの…」


「こっくりさん、こっくりさん。どうかお帰り下さい」


スゥッ――


 十円玉が鳥居をくぐり、やがて――、消えた。


「今、消えた…」


「消えることってあるの?」


 そんな声は少なかった。皆少し衝撃を受けたことは確かだが、昇降口のことにしろ、こっくりさんのことにしろ、非科学的なことに関してもうあまり驚かなくなってきた。


「七不思議を探さないと」


 絢が言う。ちょっと待って!と、理恋が言った。


「こっくりさんに使った紙は、終わったときから四十八時間以内に四十八枚に破って燃やしてしまわないといけない決まりがあるの」


「破るのなら、私に任せて」


 いつになく明るく絢が言い、直後に紙を破り始める。


「燃やすのは、理科室で燃やせるか」


 理恋が絢に確認し、彼女が小さくうなずいたのを確認する。


「で、どうやって探す?校舎から出られない以上、校内で七つ全部探すしかないよね」


 鈴が皆に同意を求める。皆うなずき、鈴につづきを促すが、鈴が言いたかったのはそれだけだったらしい。口を開いたのは、紙を破っている途中の絢だった。


「この校舎って四階建てだから、ここにいるのは八人だし、一つの階に二人ずつで探さない?」


「うん、そうだね」


 皆も賛成する。と、雲田が口を開いた。


「七不思議のうち二つは、ピアノの音とこっくりさんで良くね」


「確かに!」


 探す手間が省けた嬉しさからか、砂代が弾んだ声を出す。鈴が先生の机の上から鉛筆と付箋を取り出す。


「これに記録して覚えておこうよ」


「そうだね」


 理恋が鉛筆を受け取って、箇条書きで出た二つの七不思議を書いた。


「あと五つ。一つの階に、最低でも一つの不思議は見つけたいよね」


 独り言のようにつぶやく。


「二人一組で探そうよ」


 理恋が提案した。反射的に砂代を見ると、砂代は理恋の視線を受け取り、


「えー、サヨ、一樹とがいいなぁ」


と言った。


「え、何で?」


 意外に思って聞くと、砂代は少し申し訳なさそうな顔で、しかしきっぱりと言い切る。


「だって理恋だと、何か見てて怖くなるんだもん」


「えぇー、どーゆー意味」


 軽く抗議すると、砂代はあわてて


「あ、そういう意味じゃないよ、砂代が理恋を嫌いって意味じゃ。ただちょっと、女子同士よりも男子といた方がまだ安心できるかなって」


 砂代の隣で一樹がうなずいたのを見て、理恋は目ざとくその魂胆を見抜く。


「一樹は逆に、砂代に守ってもらおうとしてるでしょ」


 耳元でささやくと、一樹は


「あちゃ、ばれました?」


と軽く流す。もう、と言って、理恋は絢と鈴を見た。しかし、二人一組だから、そうすると三人になってしまう。


「ま、あたし一人でもいいけどさ」


 怖いけど、仕方ない。ちょっと寂しく思いながらも自虐的につぶやくと、絢がなぜかにやにやして、長橋を見ながら言い放つ。


「砂代ちゃんと一樹、私と鈴ちゃん、雲田と竹山で、残った理恋ちゃんと長橋で組めばいいんじゃない?」


「えぇぇ?!」


 長橋と?いやだいやだ、三人でも絢ちゃんと鈴ちゃんとが良いっ!心の中で猛反対するが、その場には納得の雰囲気が流れるばかりでなかなか抗議しずらかった。


 怒りのはけ口に長橋をにらむと、長橋も混乱した面持ちで絢を見る。


「えーと…」


 理恋が声をかけようとしたが、絢が大声で言った。


「それじゃ、砂代ちゃんと一樹が二階で、竹山と雲田が一階、私と鈴ちゃんが三階で、長橋と理恋ちゃんが四階ってことで良い?」


「いいよ」


 砂代が言い、周りも賛成する。理恋と長橋もだったが、理恋はしぶしぶだった。


「じゃ、探しに行こう!」


 まるで冒険みたいな空気だ。ただ単に、都市伝説のお化け的には飛んで火にいる夏の虫、のような…。そう思いながらも、理恋は絢の袖をぐいと引っ張ってとめる。


「どうしてあたしが長橋となの?」


「ごめんごめん、ただ、砂代ちゃんと一樹が一緒ってなると、竹山と雲田が組みたそうにしてたし、鈴ちゃんに一緒がいいよねってさっき二人で確認しちゃったし、そんなこんなで」


「そん、な…」


 長橋に聞こえないよう小声で抗議すると、絢はくすっと笑って


「もしもほかの男子と長橋を組ませると、今度誰かが竹山か雲田と組まなきゃいけなくなるでしょ。頼りにはなるかもしれないけど、あの二人をばらばらにするってなるとそれもまたかわいそうで」


「でも…」


「しょうがないよ。耐え難かったら、すぐに三階に来て」


「うん…」


 仕方がない。理恋は長橋の方へと向かう。長橋は既に、入り口付近で待っていた。

 理恋が教室を出ると、長橋は無言でついてくる。


 なんだかよそよそしい空気が流れるが、それも一瞬で崩れ去った。理恋が転び、いつものように長橋に思いっきりからかわれたからだ。


「わー、転んだぁー」


「うるさい」


 蹴るをしてから理恋が進むと、長橋はそれをひらりとかわしてついてくる。

 なんだか不思議な探検になりそうだ。

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