89.すべての元凶は僕だ
王妃シャルロッテ様の妊娠を知ったのは、アンネと話した翌日だった。もう過去に囚われないと決めたのに、羨ましい気持ちが溢れる。吐き出すことができなくて、具合が悪いと昼間から寝室に引き篭もった。
「無神経だった、ごめん。大丈夫か?」
気遣うヴィルを怪訝に思う。彼は私が前世で死んだことを知っている。でも……エーレンフリートの話はしてないわよね? なぜ、こんな心配するの。今の言い方だと、具合が悪いと言った嘘を見抜いているみたい。
「ヴィル」
じっと見つめる私に、彼は困ったように笑った。寝室に閉じこもった私の頬を撫で、ベッドサイドの椅子に腰掛ける。迷う様子で何度か言い淀み、それでも口を開いた。
「僕は君の前世を知っている」
そうよ、断罪の場で彼は確かに呟いたわ。――覚えているなんて、と。この言葉が示す意味を、前世の記憶があると受け取った。あの場では、元夫レオナルドを断罪する方を優先したけれど、今は違う。見つめる先で、銀の瞳がゆっくり瞬いた。
「まず謝ろう。すまない、全ての元凶は僕だ。自分勝手な思いで、君を苦しめてしまった」
意味が分からないわ。だって、あなたは私を救ってくれた。あの地獄から助けたのに? 何を謝るの。
君と呼ばれた響きが突き放されたように感じて、咄嗟に手を伸ばした。彼の右腕の袖をしっかりと握る。見つめ合う私達に何を思ったか、普段は姿を消している精霊がふわりと現れた。
「ついに話すの?」
どうやら精霊も知ってることみたい。知らなかったのは私だけ? 不安が増大していく。レオナルドの凶行の裏に、ヴィルが関わってるとでも言うのかしら。そんなこと考えられない。あなたが私に触れる手は不器用で温かくて、とても優しいのに。
「君は断罪のあの夜会で、切り殺された記憶を取り戻した。でも他の死に方も覚えているんじゃないか?」
「え、ええ。私は餓死したと思ってたわ。でも後から毒殺だったと聞いて。それにアンネは火事で崩れた瓦礫で私が死んだって……なぜ? どうして私に、剣で切られた記憶があるの」
前世はすべて同じ。レオナルドの妻になってから起きた出来事だった。どの話でも必ず私は殺されている。執事やあの女が関与しても、しなくても。どちらにしろ不幸な死を迎えた。それがヴィルの所為ですって?
「僕は、呪術で……君を」
言いづらそうに何度も同じ言葉を口にして、ようやく最後まで言い切った。
「君を救おうと、時間を戻した。3回だ」
何を言われたのか、理解出来ない。時間を戻した? 呪術はそんなことができると……彼はそう言ったの? 私を救おうとしたってことは、最初の人生から彼は私を知っていた。どうしてその時に救ってくれなかったの! 理不尽な感情が吹き荒れた。
「……っ」
何かを言おうとして唇を震わせ、暴言を吐きそうになって飲み込む。辛そうな顔をしながらも、ヴィルは顔を伏せなかった。罵倒も拒絶も受け入れるとでも? 今さら私の手を離す決断なんてさせないわ。
「全部、話してちょうだい」
ああ、アンネも呼ばなくては。彼女も記憶を持つ当事者なのだから。
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