65.肩書きが持つ重みと力

 幸せな夜が明けて、私は急に忙しくなった。様々な貴族家から、お見舞いとお茶会へのお誘いが届くようになったのだ。アウエンミュラー侯爵であり、未来のアルブレヒツベルガー大公妃。その肩書きは、彼らが擦り寄るに十分な力があった。


「国王陛下や王妃殿下にも親しくしていただいてるから」


 アンネやエルマが、大公家の基準で重要な家とそうでもない家に分けていく。失礼なようだけど、これが現実だった。貴族家はそれぞれにお互いを利用している。どの家と親しく付き合うかで、こちらの品位に関わるもの。


 アウエンミュラーはお祖父様の代まで、とても栄えていた。だからお付き合いがあった家もいくつか見受けられる。でも今後はヴィルの基準で付き合いを変えることになるわ。


「お嬢様、こちらがご覧いただく招待状です」


 仕分け終えたアンネの言葉に、エルマが「お嬢様?」と呟いて手を止めた。何かしら。告白されて婚約者の地位が固まったけど、まだ奥様ではないのよ。


「ご結婚なされば奥様ですが、現時点ではお嬢様でいいと思っております」


 不思議そうにアンネが首を傾げる。私もそう思うわ。同意するように、私も首を捻った。すると、エルマが慌てて手を振る。


「いえ、おかしいとかではなく……侯爵様とお呼びするのが正しい気がして」


「……その通りです」


 アンネも同意した。彼女達の基準がわからなくて素直に尋ねる。知らなくて恥をかくより、聞いたほうがいいわ。二人は私に悪意を持っていないんだもの。


「どうしてお嬢様ではなくなるの?」


「侍女や執事が「お嬢様」と呼ぶのは、主家のご令嬢に対してです。稀にご子息の婚約者にも使用します」


「ならばお嬢様でいいのではなくて?」


 私はこの大公家の当主の婚約者……あ! そうよ、子息の婚約者ではないわ。それに当主の婚約者で爵位持ちなら、確かにお嬢様と呼ぶのは違う気がする。


「ええ、お気づきになられたように……侯爵様とお呼びするのが一番相応しいのです」


 爵位を持つ者を、使用人が名前で呼ぶのも軽々しい。それが主家の爵位でないなら、さらに問題となる可能性があった。それだけ爵位は重んじられて来たのだ。


「でも今更、侯爵様と呼ばれても気付けないわ」


「困りました」


 アンネが苦笑いし、エルマもくすくすと笑う。でも嫌な感じじゃなくて、だから提案してみた。


「私が許可したら、名前呼びでもいいんじゃないかしら。外部の人がいる時は、侯爵と呼べばいいわ」


「でしたら、執事のベルントさんにご相談されたらいかがでしょう」


 使用人を束ねる執事に権限がある。遠回しに匂わされ、私は大きく頷いた。それが一番いいわね。もし私がいない場所で、名を呼んだ彼女達が叱られたら可哀想だもの。


 ところで、分けてもらった招待状の数が多いんだけど、これ全部お返事を書いて参加するお茶会を決めるのよね。大きく深呼吸して、素直に頼むことにした。


「お願いがあるの。返事を出すのを手伝って」


「もちろんです」


「ほとんどはベルントさんに回していいです。執事のお仕事のひとつですから」


「でも、私の執事じゃないのよ?」


「「ああ」」


 そうだった。皆当たり前みたいに接してくれてるけど、私はこの家のお嬢様じゃないんだから。そう告げたら納得したけど、直後に「任せちゃいましょう」とエルマが招待状を箱に放り込んだ。


 丸投げするんですって。ベルントの苦労を思って、気の毒になったけど……お願いできると助かるのが本音なので止めないわ。

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