46.こんな意地悪な面があったのね

 夜会の広間は、徐々に招待客が集まり始めたらしい。商人や功績のあった文官武官から始まり、爵位が低い順に会場入りする。伯爵家以上になると、入り口で名を呼ばれるのが慣らいだった。


 侯爵家が呼ばれ始めると、私達のいる控え室に連絡が入る。少し余裕を持って準備する方がいいのかしら。それとも私は侯爵家だから、もう入場するの? 経験がないから分からないわ。困惑した私に、シャルロッテ様が微笑んだ。


「安心して、あなたはアルブレヒツベルガー大公様の婚約者だもの。実家の爵位に関係なく、王族の手前だからまだ時間があるわ」


「ありがとうございます、シャルロッテ様」


 微笑み返す。国王夫妻と向かい合って座るソファで、私は王妃殿下の御名を呼ぶ許しをいただいた。お互いに名を呼び合うことで、急速に親しみが湧いてくるわ。恐れ多いけれど、昔からの親友みたい。


「公爵の呼び出しが始まったな」


 国王ラインハルト陛下がにやりと笑った。口調を崩しているのは、ヴィルがいるからね。その婚約者になった私にも、親しくしてくださる。本当に素敵なご夫妻だった。互いを尊敬し合い、信じているの。ヴィルはそんな二人を見て、自分達もこうなりたいと言ったわ。


「リヒテンシュタインを呼んでおいたぞ。それと……君は今からアウエンミュラー女侯爵になる。ヴィルを頼む」


 前半はヴィルに向けて、後半を私へ言い聞かせるように話したラインハルト陛下は、小声で呟いた。


「今日は退屈せずに済むな」


「あなた、不謹慎よ」


 窘めるシャルロッテ様も口元が緩んでますわ。このご夫婦、似た者同士かしら。他人の不幸を楽しむというより、騒動が起きることを期待してるんだもの。それを収める自信があるからね。少し羨ましく思った。高位貴族である侯爵家に生まれて、唯一の跡取りなのに……誰かの手を借りなければ爵位を守れない。


 悔しいけれど、これが大切な人に出会うための試練なら構わない。ヴィル、国王夫妻、アンネ。片手で足りる大切な人達の前で、胸を張って笑うために。私は誇り高く振る舞おう。


 リヒテンシュタインの家名が聞こえ、他の公爵の名も呼ばれた。ここで、ようやくヴィルが立ち上がる。胸に手を当てて会釈し、慌てて立つ私の手を取った。


「俺達は先に会場入りする。頃合いを見て援護を頼んだぞ」


 レオナルドと対峙した時の口調だわ。アルブレヒツベルガー大公としての、外交の顔が凛々しく見えた。緊張しながら手を預けた私を連れて、廊下に出る。


「大公として振る舞うけど、怖くないかい?」


 ふふっ、器用な人ね。これから、元夫のプライドを折りに行くのに、そんな弱気じゃダメよ。私ってこんな意地悪な面を持っていたのね。あの高慢ちきなレオナルドの鼻を折ってやりたくて仕方ないの。だからーー。


「大公のヴィルはとても素敵よ。強く凛々しく……やや傲慢で。必ず私を守ってね」


 信じてみたいと思った。前世も含めて裏切られ、惨めな最期を迎えた私が今度こそ幸せになれるのだと。その為の手段を、ヴィルが与えてくれるはず。


「っ、もちろんだ。効果的にやり込めてやろう」


 私や親友達にだけ甘いヴィル。強いあなたも素敵だけど、今の優しい顔も大好きよ。高鳴る胸を手で押さえる。これは期待から来る興奮かしら、それとも……。

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