21.俺は気の長い方ではないぞ――SIDEヴィル

 出来るだけ傲慢に聞こえるよう、端的に話す。短く切って、末尾を「だ」や「だぞ」に変えた。こういった印象操作は得意だ。アルブレヒツベルガー大公家は、ウーリヒ王国内にあって国王の臣下ではない。独自の文化と思想をもって、繁栄を重ねる一族だった。


 四代前に完全な独立を勝ち取り、国王と対等の地位を築く。大陸に名を馳せた呪術師の一族を領地内に置くことで、ウーリヒ王国は他国を牽制出来た。手を出せば、呪術師が報復に動くと喧伝したのだ。実際には、そのような盟約は存在しなかった。我が一族と王家の間にあるのは、不可侵条約のみ。互いを敵としない約束だけだった。


 先先代は、ウーリヒ王国の喧伝を許した。その対価として、滅ぼした小国の領地の一部を要求する。得られた山は現在、特殊な鉱石の採掘が行われる場所だ。呪術師が札を作る際に使うインクに、この鉱石が使われていた。この鉱山を手離すわけにいかない我が一族と、呪術師の名を利用したいウーリヒ王家は最高のパートナーだった。


 だから国王ラインハルトは、第二の王家を見捨てた。天秤に掛けるまでもなく、呪術師の俺を選んだのだ。滅多に外へ出ないアルブレヒツベルガー大公の顔を知る者は、ほぼいない。傲慢さを匂わせながら先に名乗った愚か者を睨んだ。


 俺から奪ったあの人を返せと、黒き一族の長として命じる。彼に逆らう余地はないが、もし俺に歯向かうなら……ラインハルトの耳飾りの権威を使うまでもない。大陸を征した呪術の恐ろしさを身をもって体験してもらおうか。


 こういう黒さが、自分の中にあることが恐ろしかった。他人の命の価値を感じず、壊すことに躊躇いはない。そんな俺が自分以上に愛したのは、ローザリンデ――君だけだから。君が望むなら、この地獄から救い出そう。


「……な、なんのことだか」


 分かっているのに、知らないフリを通す気か。舐められたものだな。精霊や友人の前では見せない、残酷な一面が顔を覗かせた。


「俺は気の長い方ではないぞ」


 気弱だった「僕」に「俺」という人格を植え付けたのは父親だ。一族を率いるに足る能力を持ちながら、偽善を口にする「僕」を壊した。友人や精霊に俺で接しないのは、彼らを大切な存在と認識するからだ。嫌われたくない。だが、「俺」の前に彼らは今いない。


「早くしろ」


 目の前の男は、処分が確定した家畜と同じだった。いつ処分するか、日時は態度次第で変わる。無駄に彼女を隠そうとするなら、苦しんで死を懇願するような呪詛をくれてやろう。もし素直に渡すなら、数年は生かしてやってもいい。にやりと笑った俺の表情に、レオナルドは悲鳴を上げた。


 黒き一族の穢れた名声は届いているはずだ。お前は愚かな選択をする羊ではあるまい? さあ、選べ。苦しみ抜いて息絶える未来か、王家に切り捨てられ滅びる現在か。どちらもお前の罪に似合いの未来だ。


 背もたれに身を任せ、足を組み直した。

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